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「親に“若き日の失敗”を尋ねてみたらいいよ」毒蝮三太夫がアドバイス【連載 第26回】

 たくさんの経験を積んできた人生の先輩たちにも、必ず「駆け出し時代」がある。日野原重明先生がマムシさんに語った「初めて執刀医になったときの失敗談」、そしてマムシさんが「今でも思い出すと冷や汗が出る」と言う人気演芸番組での初めての漫談。それらを通じて、若い頃のエピソードを高齢者に尋ねるススメを説いてくれた。(聞き手・石原壮一郎)

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日野原先生は初手術で違う臓器を切りそうになった

 この記事が公開されるときには、新しい総理大臣が決まってるわけか。誰がなってもいいけど、とにかくこれ以上「正直者が馬鹿を見る」っていう世の中になってほしくない。正直に真面目に働くことに対して、夢と希望を持てる世の中に戻してほしいね。

 俺たちが働き盛りだった頃は、いつか家を建てて自家用車を持つっていう夢をかなえることができた。今の若い人は「家を建てるのが夢です」なんて誰も言わないよ。会社だっていつどうなるかわからないから、将来の希望もない。結婚にも夢が持てなくて、子どもは金がかかるから無理って話になっちゃう。ホントに気の毒だよ。

 最近の政治家は、何のために政治家をやってるのかね。俺は昔からノンポリでどこの政党を支持してるとかはないんだけど、近頃はみんな自分が甘い汁を吸うことばっかり考えているように見える。与党にしても野党にしても、見事に小粒なヤツばっかりだ。

 だけど、そんな政治家を選んで、そんな政治を許しているのは、結局のところ俺たち国民だからね。見え見えの嘘をつかれても、コロナ禍の非常時にマヌケな対応をされても、ぜんぜん怒らない。戦後75年たって、日本人はすっかり平和ボケしちゃったのかな。

 とにかく新しい総理大臣には、世の中が少しでも良くなるように頑張ってほしいもんだ。こういう時代を生きている若者も、めげずに夢を持って楽しくやってくれよ。これは元若者から今の若者へのエールだと思ってくれ。

 そう、どんなジジイもババアも、遠い昔は「純真な若者」だったんだよ。今はふてぶてしくなってても、初めての仕事に緊張したりオロオロしたりした経験がある。失敗だってたくさんしてきたんだ。

 初仕事での緊張っていえば、聖路加国際病院の名誉院長を105歳まで務めてらした日野原重明先生に、こんな話を聞いたことがある。

 あるとき「先生、初めて手術したときのことって覚えてますか?」って尋ねたら、ちょっと嬉しそうな顔になって「もちろん覚えてますよ。あぶないところでした」って言うんだよね。京大にいたときか聖路加に来てからかはわからないけど、とにかく初めて執刀医としてメスを持つことになった。

 緊張して前の日はよく眠れなかったらしいんだけど、手術台の前に立ったら堂々としてなきゃいけない。まわりには看護師や研修医がたくさんいるしな。患者のお腹を開いて、いよいよ患部にメスを入れようとしたら、看護師長さんが「先生違います、先生違います」って小声で言ってる。「左側、左側です。右側ではありません」って。もうちょっとで違う臓器を切っちゃうところだったんだけど、師長さんのおかげでミスを未然に防げた。

 それにしても、天下の日野原先生に「初めての手術はどうでしたか?」なんて聞くヤツは、俺ぐらいしかいないらしい。「初めて話しました。今まで誰も聞いてくれませんでしたからね。家族にも話してないんです」って喜んでた。「あのときに、看護師さんには感謝しないといけないなと学びました」とも言ってたな。

テレビ番組で初めて漫談をやったときに…

 いっしょに並べるのは図々しいんだけど、俺も『笑点』の座布団運びを辞めたときに、談志の紹介で『大正テレビ寄席』っていう番組に出ることになった。当時の超人気番組だ。そこで7分間漫談をやれって言うんだよ。もちろん漫談なんてやったことないし、内容も自分で考えなきゃいけない。談志としては、次々に試練を与えて俺を鍛えようとしてくれてたんだよな。

『談志殺人事件』って話をやったんだけど、7分って長いんだよ。家や多摩川の河原で何度も練習したな。本番では残り3分になったら、タイムキーパーが合図を出してくれることになってた。ところが、時間が押してたのか緊張して俺の時間感覚がおかしくなってたのか、まだ話し始めたばかりのところで、いきなり「3分前」って出ちゃってさ。頭が真っ白になって、そっから先は何を話したか覚えてない。俺にもそんな時代があったんだよ。

 自分の親にしても近所のジジイやババアにしても、仕事や子育てで「初めてのことに緊張した経験」は必ずあるはずだ。昔の話になったら「初出勤の日はどうだった?」「授業参観って親も緊張するものなの?」なんて聞いてみるのもいいんじゃないか。

 自分が歩んできた道のりに興味を持ってくれるのは、年寄りとしちゃ嬉しいもんだ。恥ずかしがって答えてくれなくても、初々しかった頃の自分を思い出して、きっと気持ちが若返るよ。

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毒蝮三太夫(どくまむし・さんだゆう)

1936年東京生まれ(品川生まれ浅草育ち)。俳優・タレント。聖徳大学客員教授。日大芸術学部映画学科卒。「ウルトラマン」「ウルトラセブン」の隊員役など、本名の「石井伊吉」で俳優としてテレビや映画で活躍。「笑点」で座布団運びをしていた1968年に、司会の立川談志の助言で現在の芸名に改名した。1969年10月からパーソナリティを務めているTBSラジオの「ミュージックプレゼント」は、現在『土曜ワイドラジオTOKYO ナイツのちゃきちゃき大放送』内で毎月最終土曜日の10時台に放送中。84歳の現在も、ラジオ、テレビ、講演、大学での講義など幅広く活躍中。

取材・文/石原壮一郎(いしはら・そういちろう)

1963年三重県生まれ。コラムニスト。「大人養成講座」「大人力検定」など著書多数。この連載では蝮さんの言葉を通じて、高齢者に対する大人力とは何かを探求している。

撮影/政川慎治

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