阿木燿子さんが毒蝮三太夫に教えてくれた「義父の介護を救ってくれた言葉」とは?「連載 第22回」
人は言葉で傷つくこともあれば救われることもある。介護という「極限状態」では、なおさら言葉が大きな意味を持つ。宇崎竜童さんの父親を長く介護した阿木燿子さんが、毒蝮さんに教えてくれた「私に介護を続けさせた3つの言葉」とは? そしてその言葉は、介護を受ける人だけではなく、誰にとっても大事だとマムシさんは言う。(聞き手・石原壮一郎)
親を心配しているという気持ちを伝えることが大切
今年はいったいどうしちゃったんだろうな。コロナ禍はぜんぜん落ち着かないし、あちこちで豪雨災害が起きてる。テレビで現地の様子を見ると、気の毒で胸が詰まるよね。離れて暮らしている高齢の親は、まだまだ元気だとしても、ニュースを見てきっと心細い思いをしてる。こっちが東京に住んでたりすると、今はそう簡単に顔を見に行けないしな。
とりあえずは電話して、「変わりないかい。今年は水害が多いけど、何かあったら早めに避難するんだよ」って言ってやってくれよ。山や川が近くにある場合はもちろんだけど、災害なんてなさそうな平地に住んでても、そんなことは関係ない。気にかけてるよ、心配してるよっていう気持ちを伝えることが、何よりの元気の素になるんだ。
言葉っていうのは不思議なもんで、目に見えないし腹の足しにもならないんだけど、すごく大きな力がある。以前、阿木燿子さんが「介護を受ける側が口にしてほしい3つの言葉」について、俺に教えてくれた。前回は「介護の場面で避けたい3つの“いじ”」の話だったけど、今回は積極的に口にしたい「3つの言葉」の話だ。
阿木燿子さんが教えてくれた3つの言葉
阿木さんは、夫の宇崎竜童さんのお義父さんをずいぶん長いあいだ介護してた。お義父さんは遠洋の船に乗ってて、粋な人で、若い頃はモテたらしい。歳をとって寝たきりになって、阿木さんが介護することになったんだけど、なんせ昔の男だからワガママなところもあったみたいだ。
たいへんだっただろうし、腹の立つこともいっぱいあったと思う。だけど彼女は「私はお義父さんの3つの言葉で救われた」って言うんだよ。
その3つの言葉っていうのは「ありがとう」「すまないね」「惜しいなあ」。
この3つの言葉のおかげで、苦労と思わずに介護を続けられたとも言ってたな。
何かしてもらったら「ありがとう」って言うのは当然なんだけど、テレ臭いのか当たり前と思っているのか、口にしない人も多い。笑顔で「ありがとう」って言うことで、介護している側がどんなに救われて、どんなに力を与えられることか。俺はあちこちでジジイやババアに、嘘でもいいから口に出せって言ってる。言ったほうも元気になるんだよ。
「すまないね」は、ねぎらいの言葉だよな。こう言われたら、相手はホッとする。あなたがたいへんな思いをしていることは、ちゃんとわかってますよ、しっかり受け止めてますよっていう気持ちも込められてるわけだ。「いつもお世話になってます」と同じ意味だけど、それだけだとよそよそしいし長いから、心を込めて「すまないね」って言えばいい。
3つ目の「惜しいなあ」は、介護する人が失敗したときに、笑顔といっしょに言いたい言葉だな。食事にせよお風呂にせよ着替えにせよ、されてる側は身体が思うように動かないんだから、ちょっとした失敗は付きものだ。「何やってんだ!」って怒ったら、失敗したほうはますます萎縮しちゃうし、お互いに気まずい思いをすることになる。
そういうときに「惜しいなあ」って言えば、「もっと君は上手にできるはずなのに、今回は惜しかったね」っていう意味になるし、ちょっとした笑いも生まれるよね。そういう雰囲気を作ったほうが、気持ちよく介護してもらえる。ちょっとしたユーモアや気遣いっていうのは、相手も自分も幸せにしてくれるんだ。言ってみれば、生きる知恵だな。
阿木さんのお義父さんは、昔気質だったかもしれないけど、粋な人だったからこうした言葉が自然に口にできた。俺はこの話を聞いてから、介護施設とかに行くとそこにいるジジイやババアに「いいか、3つの言葉を言うんだぞ」って伝えてるんだ。「さっそく、お世話になってる職員さんに『ありがとう』って言ってみよう。せーの」って呼びかけて言わせたりもする。そうすると、職員さんたちが涙ぐんで喜んでくれるんだよね。
だけど考えてみたら、この3つの言葉が大切なのは、介護してもらっている人たちだけじゃない。元気に暮らしている年寄りも、年寄りじゃなくても、夫婦や親子でお互いにどんどん使いたいよな。距離が近くて気心が知れた関係だからこそ、言葉に手を抜いちゃいけない。言葉に手を抜くっていうのは、相手に甘えてるってことなんだ。
介護っていうのは、お互いにとってある意味「極限状態」だから、人間にとって何が大事かを教えてくれる。年寄りってのは、まったくありがたい存在だよ。
毒蝮三太夫(どくまむし・さんだゆう)
1936年東京生まれ(品川生まれ浅草育ち)。俳優・タレント。聖徳大学客員教授。日大芸術学部映画学科卒。「ウルトラマン」「ウルトラセブン」の隊員役など、本名の「石井伊吉」で俳優としてテレビや映画で活躍。「笑点」で座布団運びをしていた1968年に、司会の立川談志の助言で現在の芸名に改名した。1969年10月からパーソナリティを務めているTBSラジオの「ミュージックプレゼント」は、現在『土曜ワイドラジオTOKYO ナイツのちゃきちゃき大放送』内で毎月最終土曜日の10時台に放送中。84歳の現在も、ラジオ、テレビ、講演、大学での講義など幅広く活躍中。
取材・文/石原壮一郎(いしはら・そういちろう)
1963年三重県生まれ。コラムニスト。「大人養成講座」「大人力検定」など著書多数。この連載では蝮さんの言葉を通じて、高齢者に対する大人力とは何かを探求している。
撮影/政川慎治
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