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日曜夜に中年男性の心を掴む戦略!?「丘の上の向日葵」あらすじ考【水曜だけど日曜劇場研究】第4回

「日曜劇場」を歴史をさかのぼって紐解くシリーズ第4回は『丘の上の向日葵』の後半を斬る。物語構造を時代に結びつけて解析するライター近藤正高は「すっきりしない」と思った。だがそれは必然だった? 今だからわかる名作の担った宿命を解き明かす。

→第3回を読む山田太一のファンタジーが心を揺さぶる『丘の上の向日葵』

すっきりしない結末なのはなぜか

 何だか、もやもやする……。『丘の上の向日葵』(山田太一原作・脚本、1993年)全12話を見終えたとき、筆者がまず感じたのが、それだった。そんな感想は、ほかの山田太一のドラマ、たとえば、『丘の上の向日葵』の16年前の作品である『岸辺のアルバム』(1977年)を観ても抱かなかった。

『岸辺のアルバム』は、東京郊外の新興住宅地に暮らす家族を描いた点で、『丘の上の向日葵』の先駆ともいえる作品である。『岸辺のアルバム』では前半、八千草薫演じる一家の妻が不倫に走り、当時の視聴者に衝撃を与えた。その後、長女や夫にもさまざまな問題が生じ、家族は崩壊寸前にまで陥るのだが、そこへ来て住んでいた家が、すぐそばを流れる多摩川の氾濫で失われてしまう。ドラマは、家族がマイホームを失ったことで逆に再生の糸口をつかんだところで幕を閉じる。途中で起こるできごとはことごとくショッキングではあったが、最後には希望を見出せる終わり方だった。

 これとくらべると『丘の上の向日葵』の結末はどうもすっきりしない。なぜか? 以下、ドラマの後半のあらすじを振り返りながら説明してみたい。

『岸辺のアルバム』とは違って

 前回(第3回)、説明したように、『丘の上の向日葵』は、企業の研究所で働く主人公の柚原孝平(小林薫)が、19年前に一夜だけともにした矢部芙美(島田陽子)という女性と再会し、自分の子供をひそかに育ててきたと打ち明けられたところから始まる。やがて孝平は家族に隠れて芙美とその息子の肇(筒井道隆)と会っては、ひと時をすごすようになり、のちにはそこへ孝平の娘・信江(葉月里緒菜=現・里緒奈)も加わって、擬似家族的な団欒を持つまでになる。しかし、そこで置き去りにされてしまったのが、孝平の妻・智子(竹下景子)だ。

 ある土曜日、芙美たちの家ですごした孝平と信江は夕方少し遅くなって帰宅する。しかし智子はどこかに出かけたのか、なかなか帰ってこない。2人が心配するなか、しばらくして彼女は何事もなかったかのように帰宅するのだが、深夜、異変が起こる。智子は急に孝平を起こしたかと思うと、きょう帰りが遅かったのは、孝平に別に女がいるのではないかと胸騒ぎがして怖くて家に帰れなかったからだと告白した。図星を指された孝平は、とうとう芙美のことを話すのだが、事情を飲み込めない智子は激しく取り乱す。別室で寝ていた信江も起き出してきて説明するも、とても聞き入れられる状態ではなく、ついには車で家を飛び出してしまう。

 智子は港の突堤に停車して夜明けを迎えたかと思うと、その後、ある人を訪ねる。それは、孝平の会社の部下の蓮谷(野村宏伸)だ。蓮谷は同年代の女性と結婚する予定で、孝平夫妻に仲人を頼み、あれこれ相談に乗ってもらっていたが、やがて婚約を解消。その後どういうわけか智子に惹かれ、告白までしていた。もちろん智子はやんわりと拒否するのだが、蓮谷はどこか気になる存在になっていたのだろう。ただ、このときは結局、彼とは茶飲み話をしただけで、気持ちが落ち着いたところで帰宅するのだった。

 その後、智子は、孝平が芙美と関係を持ったのはあくまで結婚前のことだと理解し、そのうえで孝平と話し合った末に、芙美と肇に会うことを決意する。ここから孝平は芙美とあらためて家族ぐるみで交流するようになるのだが、今度は彼のなかで違和感が生じ始める。

 芙美との関係は非日常的なものだったのが、そこへ娘が、さらには妻が介入したために、近所づきあいの次元に落ち着いてしまった。それならそれで満足すればいいものを、孝平のなかではこんなはずではなかったとの思いが募る。ついには芙美と2人きりで会って、再び男女の関係になりたいという欲望が湧き起こる。芙美もまた同じ思いを抱いていた。とうとう終盤、孝平と芙美はホテルで密会し、2晩を一緒にすごすにいたる。

 そうとは知らない妻と娘は、孝平が帰ってこないので何か事故や事件に巻き込まれたのではないかと大騒ぎとなる。彼の会社の同期の東郷(大地康雄)や蓮谷も駆けつけ、心当たりのあるところに片っ端から連絡して、孝平を探した。一方、肇は、母の芙美がなかなか帰ってこないので、孝平と会っているのだと薄々気づいていた。そこへ信江から電話を受け、とっさに孝平は来ていないが、母はいつもどおり勤務先から帰ってきたとウソをつく。

 2日後、孝平は芙美と別れてから家族と同僚の前に現れると、一昨日夕方からの記憶がないと訴え、どうにか納得してもらう(そういえばこのドラマが放送される2年前の1991年には、俳優の若人あきら[現・我修院達也]が行方不明となり、3日後に記憶喪失状態で発見されるという事件があったのを思い出した。ただし、ドラマの原作である山田太一の小説はそれよりもさらに前、1988年に発表されている)。しかし東郷だけは、芙美と会っていたと感づいていた。肇も、芙美が帰ってくると、孝平ともう会わせないため、この家を引き払うよう説得する。結局、肇は一人だけで信江に会って別れを告げると、母とともに遠くへと去っていった。後日、孝平が丘の上にある芙美たちの家まで来ると、すでにもぬけの殻だった。このとき、彼は信江から「お父さん、あの人と何かあった?」と訊かれ、「何もない」と否定する。それでも「じゃあ、どうして急にあいさつもしないでいなくなっちゃったの?」としつこく訊いてくる娘に、こう返すのだった。

「やっぱり、うちとあの家が何でもなくつきあうというのは無理だったんだ。いろんな気持ちねじ伏せて、ただニコニコとつきあうのは不自然だった。お母さんもおまえも俺も、うんと気持ちねじ伏せなければならなかった。たぶん向こうもそうだった。いなくなるとは思わなかった……でも、あの人たちの親切だと思わなくちゃいけないと思ってる。どこ行ったのかとか探しちゃいけないと思ってる」

 孝平がまるで自分に言い聞かせるようにそう話していたころ、智子は意表を突く行動に出ていた。蓮谷を誘い、車で2人きりで出かけたかと思うと、何とラブホテルに入ったのだ。しかし、部屋に入ってキスをしただけで、それ以上の関係を持つことはなかった。

『岸辺のアルバム』の八千草薫演じる妻とくらべると、『丘の上の向日葵』の智子は同じ専業主婦とはいえ、自分で車を運転するし、翻訳のバイトをしていたりと、けっして家庭に閉じこもっているわけではなく、自由度は高い。しかし彼女は、『岸辺のアルバム』の妻とは違い、ついに一線を踏み越えないままに終わる。

新生「日曜劇場」の第1作としての『丘の上の向日葵』

 筆者がもやもやするのは、欲望のままに突き進み、非日常を味わい尽くす孝平に、妻と娘が終始振り回されっぱなしだった点だ。前回、本作を「中年男のファンタジー」と呼んだ理由もそこにある。おそらく当時このドラマを見ていた世の多くの中高年男性は、孝平の行動に、自分たちにはかなわぬ夢を託したはずだ。ラストで智子が、孝平と芙美の関係をおそらく察して不倫に走ろうとするシーンが出てきたのは、夫にだけ都合のいい展開のまま終わらせまいとしてのことなのだろうが、それにしては中途半端ですっきりしない。

 都合がいいといえば、孝平の同期の東郷がまた輪をかけてご都合主義的な態度を見せ、もやもやさせる。本社の営業マンである東郷は、社内でもトップの業績を誇ったが、強引に相手の懐に飛び込んでいくやり方で周囲からは「古くさい」と陰口を叩かれ、傷ついてもいた。それでも表面上は調子よく振る舞い、女子社員とコミュニケーションをとるため、ときにセクハラまがいの言動を繰り返す。あるときも、孝平の勤務する研究室を訪ねた際、若い女子社員の桂子(大西智子)のお尻を触って大騒ぎになるのだが、どういうわけか彼女は東郷と関係を持ち、子供を身ごもる。

 東郷は、妻の奈津(高畑淳子)と子供はつくらないと決めたうえ、互いの異性関係には口を出さない代わりに、それを家庭に持ち込まないと約束をしていた。だが、東郷はあろうことか桂子の妊娠を知ると、産んだ子供を引き取って、夫婦で育てたいと都合のいいことを言い出す。これに奈津は発奮し、高齢初産すると宣言。はたして後日、彼女も妊娠し、東郷は2人のあいだで右往左往したまま、ドラマは幕を閉じる。最後の最後で女性側からしっぺ返しを食らうとはいえ、やっぱり「中年男のファンタジー」ともいうべき展開で、どうにももやもやしてしまう。

 しかし、こうなったのもすべては、「日曜劇場」が連続ドラマ枠へと移行するにあたり、中年男性層を視聴者に取り込むべく狙ってのことではなかったか。明日からまた出勤する男たちに、日曜の夜、束の間のファンタジーを見せながらも、ときには家庭も省みるようそれとなくほのめかす。新生「日曜劇場」の第1作として『丘の上の向日葵』はそんな役目を果たしていたのではないかと想像する。そしてこの役目は、その後の「日曜劇場」の作品の多くにも引き継がれているように思われる。

 余談ながら、『丘の上の向日葵』では、新人だった信江役の葉月里緒菜が注目されるとともに、デビュー4年目だった肇役の筒井道隆も車椅子の青年を好演して評価を高めた。本作のプロデューサーの堀川とんこうは、筒井との出会いに触発され、かねてより構想していた松本清張原作の『或る「小倉日記」伝』のドラマ化を決意し、彼を主演に抜擢。単発ドラマとして『丘の上の向日葵』が終わってまもない1993年8月に放送される。

 筒井は同年中には、さらにフジテレビの月9『あすなろ白書』で石田ひかりとともに主演を務めたほか、NHKの連続テレビ小説『かりん』にも出演している。2作とも青春群像劇ともいうべきドラマだが、このうち『あすなろ白書』にはSMAPの木村拓哉も出演し、一躍俳優として脚光を浴び、スターへの足がかりをつかんだ。その後、木村は『ビューティフルライフ』(2000年)をはじめ、日曜劇場でもたびたび主演を務め、この枠の看板俳優の一人として現在にいたっている。この連載でもいずれ、日曜劇場における木村拓哉の位置づけについて考察してみたい。

→第1回を読む「コロナ延期のドラマ半沢直樹を待ちながら」

→第2回を読む「名作『丘の上の向日葵』と堺雅人『半沢直樹』の意外な縁」

●『丘の上の向日葵』は配信サービス「Paravi」で視聴可能(有料)

前の話を読む ▶次の話を読む

文/近藤正高 (こんどう・ まさたか)

ライター。1976年生まれ。ドラマを見ながら物語の背景などを深読みするのが大好き。著書に『タモリと戦後ニッポン』『ビートたけしと北野武』(いずれも講談社現代新書)などがある。

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