今こそ『逃げるは恥だが役に立つ』を見るべき理由
コロナでこもりがちな今、夢中になれて元気が出るドラマレビューをお届けする。今回は”うちで踊ろう”をネット配信して話題の星野源主演で話題となった『逃げるは恥だが役に立つ』。いまなら無料配信で楽しめる。
4月10日スタート予定だった綾野剛、星野源主演のドラマ『MIU404』(TBS系)が新型コロナウイルスの影響で放送延期となった。『逃げるは恥だが役に立つ』、『アンナチュラル』(いずれもTBS系)などを手がけた野木亜紀子がオリジナル脚本を担当するということで注目を集めている作品だ。
『MIU404』がどんなドラマを見せてくれるのかは放送を楽しみに待つとして、ここでは、ドラマ好きライター・大山くまおが「野木亜紀子ドラマ」がなぜ面白いのかを作品ごとに振り返る。まずは『逃げるは恥だが役に立つ』からどうぞ。
※ネタバレ注意!
→『MIU404』第2話|1話の「動」と対照的な「静」でも魅せた綾野剛&星野源に涙腺崩壊
「恋ダンス」も爆発的に流行
新垣結衣、星野源主演の『逃げるは恥だが役に立つ』。通称『逃げ恥』。放送されると尻上がりに視聴率を伸ばし、最終回は最高視聴率20.8%を記録。星野源によるエンディングテーマ「恋」と演者たちが繰り広げる「恋ダンス」も爆発的に流行し、社会現象とも言われるヒットドラマとなった。
原作は海野つなみによるコミック(講談社『Kiss』連載)。主人公の森山みくり(新垣結衣)と津崎平匡(ひらまさ)(星野源)が雇用関係に似た「契約結婚」をして、同居生活を始めるところから物語がスタートする。自尊感情がとてつもなく低い2人(みくりは就職の失敗によるもの、平匡は恋愛経験がないことが原因)が、不器用ながらも徐々に距離を縮めていき、「契約結婚」を本物の恋愛にしていく過程が描かれた。
みくりと平匡の接近やすれ違い、それにまつわるコミュニケーションを丁寧に描いたことでストーリーはスローペースで進んだが、新垣結衣、星野源の圧倒的な愛らしさと、みくりの妄想として登場するさまざまな番組のパロディー(1話冒頭の『情熱大陸』から最終話の『東京フレンドパーク』まで)などが話題を呼び、5話で描かれた「ハグの日」と6話の温泉旅行からのキスで視聴者の悶絶がピークに到達。「ムズキュン」という呼称が完全に浸透した。
野木亜紀子が描く女性の生きづらさ
とはいえ、『逃げ恥』の魅力は「恋ダンス」と「ムズキュン」だけではない。就職難と派遣切り、女性の社会進出と主婦の家事労働など、女性の「生きづらさ」が重要なテーマとしてちりばめられていた。原作者の海野は、もともと少女漫画に社会的なテーマをとりこんでいく実験を行っており、「『逃げ恥』でもその手法を応用したところ、物語の進展と相まって作品全体が社会性を帯びた」と振り返っている(引用/朝日新聞デジタル 2019年2月10日)。
自尊感情は低いが、とてつもなく理性的な主人公2人の丁寧なコミュニケーションと折々に挟み込まれる社会的なテーマを、重くならず、軽やかに表現できたのは、演者、演出、脚本のアンサンブルがこれ以上なく上手くいったからだ。
とりわけ、緻密な構成とユーモアをたたえた会話の応酬、まっすぐに表現されるフェアな視点、端々の登場人物にまで行き渡った愛情などを特徴とする野木亜紀子の脚本の貢献度は高い。
たとえば、平匡の会社の同僚でゲイの沼田(古田新太)に対して平匡が「男目線と女目線の両方を持っている」と評すると、後輩の風見(大谷亮平)が「沼田さんは単に沼田さんなんですよ」とさらりと否定する場面などは、登場人物をステレオタイプとして捉えず、一人の人間として描こうとする姿勢を端的に表している(平匡がすぐに「どうして人は偏見を持ってしまうのでしょう」と反省するのも良かった)。
それは『好き』の搾取です
『空飛ぶ広報室』(TBS系)、『図書館戦争』シリーズ(TBS系、映画)、『掟上今日子の備忘録』(日本テレビ系)など、原作ものを実写化する脚本の手腕に定評があった野木亜紀子だが、『逃げ恥』はその到達点だろう。これ以降はオリジナル作品を手がけるようになっている。
『逃げ恥』というドラマの独自性が一気に加速するのが8話だった。視聴率もこのエピソードから跳ね上がっている。平匡のセックス拒否からギクシャクした2人だが、実家に帰ったみくりは母親(富田靖子)や義妹(高山侑子)、親友のやっさん(真野恵里菜)らと「激論!働く女性の育児問題」という討論をしてみたり(『朝まで生テレビ』のパロディー)、母親から夫婦について「愛してるわよ、お互いに努力して」「意志がなきゃ続かないのは仕事も家庭も同じじゃないかな」というアドバイスをもらう。愛情があればすべて解決、という話にはならないのだ。
10話ではついに2人が初夜を迎え、幸せいっぱいの平匡は高級レストランでみくりにプロポーズするが、話はそこでは終わらない。調子に乗った平匡は、これまでみくりに支払ってきた主婦業に対する給与を貯蓄に回すシミュレーション図を見せていた。みくりはこれに対して敢然と反旗をひるがえす。
《結婚すれば給料を払わずに私をタダで使えるから合理的。そういうことですよね?》
《みくりさんは僕と結婚したくはないということでしょうか?》
と問題をズラす平匡に対しても、みくりは容赦しない。
《それは『好き』の搾取です》
《好きならば、愛があれば、何だってできるだろうって、そんなことでいいんでしょうか》
《私、森山みくりは、愛情の搾取に断固として反対します》
ここから再び2人は問題解決に向けてコミュニケーションを重ねていき、最終回では「雇用関係」から「共同経営責任者」へ関係を再構築する。結婚をゴールとし、「愛があれば、何だってできる」としてきたこれまでのドラマと一線を画したストーリーについて、早稲田大学教授・演劇博物館館長の岡室美奈子は『逃げ恥』を「ドラマ史上の事件」と評している(引用/エキレビ! 2017年8月3日)。
「小賢しい」と言われ続けて恋愛からも仕事からも疎まれてきたみくりだが、ちゃんと最後まで賢くあり続けた。「小賢しい」は人を見下すときに出てくる言葉だ。人を見下したりしない平匡は、いろいろとすれ違いつつもみくりをまるごと受け入れた。2人には常にお互いへの感謝と敬意がある。
最終回にはもうひとりの主人公、アラフィフで独身のキャリアウーマンの伯母・百合(石田ゆり子)による名台詞も登場した。若さを武器に挑戦的な態度をとるOL・杏奈(内田理央)に対して、こう言うのだ。
「私たちのまわりにはね、たくさんの呪いがあるの。あなたが感じているのもそのひとつ。自分に呪いをかけないで。そんな恐ろしい呪いからはさっさと逃げてしまいなさい」
杏奈がこだわる若さも、女とはこうあるべきという考えも、誰かが押し付けてくるものはすべて「呪い」。人はもっと自由に自分の幸せを追求できるはず、というメッセージである。原作にもあるこのセリフを有効に見せるために、野木は逆算して百合のエピソードを紡いでいった(引用/日経doors 2017年4月4日)。
「多様性を大切にしたい」と宣言
みくりが奔走して実現した「青空市」にメインキャストが集結。沼田(古田新太)と百合の部下でイケメンの梅原(成田凌)が出会い、家族思いの日野(藤井隆)は妻(乙葉)や子らと仲むつまじく過ごし、百合は17歳年下の風見と結ばれた。そして、彼らが見守る中、自尊感情が低い契約結婚カップルのみくりと平匡は堂々と抱き合ってみせる。みんなちょっとずつ世の中の常識とはズレているかもしれないけど、それはそれでいいじゃないの、と肯定してくれるような、多幸感あふれる最終回だった。
野木はドラマ制作の顔合わせの際、集まったスタッフ・キャストに対して「多様性を大切にしたい」と宣言したのだという。
2019年に連載が再開した原作コミックは、今年2月にみくりが平匡との子を出産して最終回を迎えた。育児を含めた諸問題を小賢しさで乗り越えようとする2人の姿が描かれているが、いつか新型コロナウイルスの問題が落ち着いた頃に、またドラマでも『逃げ恥』の続編ができるといいな、と思う今日この頃である。
なお、いま『逃げ恥』はTverにて全話無料配信中だ。改めて最終話まで見直して、“恋ダンス”をマスターするのも運動不足解消になり、この時期の過ごし方の一つになるかもしれない。
文/大山くまお(おおやま・ くまお)
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