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島田陽子が謎の美女を演じた名作『丘の上の向日葵』と堺雅人『半沢直樹』の意外な縁

 7都道府県に緊急非常事態宣言が発令されて、わたしたちの日常は変わってしまった。リアルタイムの情報を浴び続けることよりも、懐かしい「ドラマ」を振り返ることで、安定した心を取り戻せる気がする。1956年に始まったTBSのドラマ枠「日曜劇場」をライター近藤正高が紐解くシリーズ第2回では、名作『丘の上の向日葵』のキャスティングを考察する。

→第1回を読む「コロナ延期のドラマ半沢直樹を待ちながら」

第1作の主演が小林薫

 TBSの「日曜劇場」は1956年に「東芝日曜劇場」として始まって以来、単発ドラマ枠だったが、1993年4月より連続ドラマ枠へと生まれ変わり、現在にいたっている。同枠の連続ドラマ第1作は山田太一作、小林薫主演の『丘の上の向日葵』だった。

 いまにして思えば、連続ドラマ化第1作の主演が小林薫というのはなかなか渋い。たしかに小林はこのときすでに『イキのいい奴』(NHK、1987年)や『キツい奴ら』(TBS、1990年)と連続ドラマでたびたび主演を張っていたとはいえ、華やかというよりはいぶし銀と呼ぶほうがふさわしいと思うからだ。山田太一作品では、『ふぞろいの林檎たち』のパートIとパートII(TBS、1983年・85年)で中井貴一扮(ふん)する主人公の兄を演じているが、これも、勝気な母(佐々木すみ江)と病弱な妻(根岸季衣)のあいだで板挟みになりながら家業の酒屋を切り盛りしているという(パートIでは終盤、彼が妻との愛を再確認する展開がひとつの見せ場となっていた)、地味ながら味わい深い役柄であった。

 そんな小林を、TBSの看板ドラマ枠のリニューアル第1作で主演に据えたというのは、結構な冒険だったような気がする。第2作『課長サンの厄年』では萩原健一、第3作『カミさんの悪口』では田村正和と、誰もが認めるスター俳優があいついで主演を務めていることを思えば、なおさらだ。幸先のいいスタートを切るため、手堅く視聴率をとろうとするなら、第1作には萩原や田村の主演作を持ってくるのが普通だろう。

竹下景子と島田陽子

 しかし「日曜劇場」ではそんなふうに最初から安全パイを切らなかった。それは『丘の上の向日葵』で脇を固める俳優陣にもいえる。作品にふさわしい登場人物を、有名無名問わず丁寧に選んだという感じなのだ。

 小林演じる柚原孝平の妻・智子役の竹下景子は、かつて“お嫁さんにしたい女優”と呼ばれたイメージどおり、夫を支える“良き妻”にふさわしい起用といえる。また劇中、子育てから解放された智子が、友達から頼まれて翻訳のアルバイトをしているところなど、竹下がTBSの人気番組『クイズダービー』で「三択の女王」と呼ばれた知性派ぶりと重なる。そんな智子とは対照的な存在なのが、ある日突然孝平の前に現れる謎の女性・矢部芙美だ。この芙美の役に、この前年にヘアヌード写真集を出すなど、何かと話題を呼んでいた島田陽子を据えたのも絶妙なキャスティングといえる。

 このほか、孝平の同僚の東郷は、武骨で豪放磊落(らいらく)な性格で孝平の良き相談相手として振る舞う一方で、夫婦間ではある悩みを抱えている。このあたりのギャップは、東郷を演じる大地康雄がこのころ、CMでのコミカルな演技から“強面だけどかわいいおじさん”として子供や若い女性から人気を集めていたのと重なる。

 さらに特筆すべきは、東郷の妻・奈津を高畑淳子が演じたことだ。劇団「青年座」出身の高畑は、1980年代後半より東映の特撮物で活躍していたが、一般的にはまだ知名度は低かった。そこへ来て、「日曜劇場」でメインキャストのひとりに起用されたのは、大抜擢といっていい。高畑はその後、同じくTBSの人気シリーズ『3年B組金八先生』で養護教諭の役で出演するなど、テレビドラマの名脇役として地歩を固めていった。

 ついでにいえば、現在40代の筆者は、『丘の上の向日葵』というとまず何より、ほぼ同世代の葉月里緒菜(現・里緒奈)が孝平の娘・信江役で出演していたのを思い出す。当時まだ17歳の新人だった葉月は、第1回でいきなり頭にけがをして登場したのをはじめ、何をしでかすかわからない危うい年頃の少女を好演していた。

個性派俳優が注目され始めた

 このように、『丘の上の向日葵』は、「日曜劇場」連続ドラマ化の第1作という記念すべき作品でありながら、俳優の華やかさよりも実力を重視したキャスティングで、じっくり物語を見せようとしたところに、TBS側の意欲がうかがえる。脚本に、それまで数々の名作を生み出してきた山田太一を据えたのも、若者向けのトレンディドラマのブームがピークを過ぎつつあった当時、大人の視聴に耐える作品を送り出したいという思惑あってのことだろう。

 時代的にも、けっして派手ではないが、たしかな演技力を持った個性派俳優が注目され始めていた。そうした俳優の多くは小劇場演劇出身だった。すでに1970年代末ぐらいから、唐十郎主宰の劇団「状況劇場」や「つかこうへい事務所」「東京乾電池」といった劇団所属・出身の俳優が徐々にテレビに進出し始めていた。ほかならぬ小林薫も状況劇場を退団後、テレビ・映画の世界で活躍するようになったひとりだ。

 1980年代には小劇場ブームが巻き起こったが、そこで人気を集めた俳優をテレビでもよく見るようになったのは、やはり1990年代に入ってからだろう。ちょうど「日曜劇場」がリニューアルした1993年前後には、野田秀樹主宰の「夢の遊眠社」や三谷幸喜主宰の「東京サンシャインボーイズ」など人気劇団の解散や活動休止があいついだ。これを境に、遊眠社からは段田安則や上杉祥三など、サンシャインボーイズからは西村雅彦(現・まさ彦)や梶原善など、多くの俳優がドラマで活躍し始めた。劇団「転形劇場」出身の大杉漣が北野武監督の映画『ソナチネ』に出演し、個性派俳優として注目されたのも1993年のことだ。

 小劇場ブームは、バブルの崩壊にともない去ったが、それでも演劇を志す青年がいなくなったわけではない。1992年には早稲田大学で劇団「東京オレンジ」が旗揚げされている。これに参加した学生のなかに、のちに「日曜劇場」の『半沢直樹』(2013年)で主演を務める堺雅人がいた。

 堺は2012年放送の『リーガル・ハイ』(フジテレビ)にエキセントリックな弁護士役で主演、そこでセリフをまくしたてる演技に、『半沢直樹』の原作者の池井戸潤が同作の主人公に通じるものを感じ、堺を主演に指名したという。あくまで作品が先にありきで、実力重視のキャスティングという意味では、『丘の上の向日葵』以来の「日曜劇場」の傾向を踏襲しているといえる。

 今回は『丘の上の向日葵』についてキャスティングの話に終始したが、次回以降は肝心の物語についてちょっと掘り下げてみたい。

『丘の上の向日葵』は配信サービス「Paravi」で視聴可能(有料)

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文/近藤正高 (こんどう・ まさたか)

ライター。1976年生まれ。ドラマを見ながら物語の背景などを深読みするのが大好き。著書に『タモリと戦後ニッポン』『ビートたけしと北野武』(いずれも講談社現代新書)などがある。

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