黒木華がマンガ編集者を熱演!『重版出来!』に脚本家が込めたメッセージを読み解く
4月10日スタート予定だった綾野剛、星野源主演のドラマ『MIU404』が新型コロナウイルスの影響で放送延期となった。放送開始を待ちながら、脚本担当の野木亜紀子の過去作品を振り返り、改めて見直したいドラマをご紹介!。数々のドラマレビューを執筆する大山くまおさんが『逃げるは恥だが役に立つ』獣になれない私たち』に続き、今回は『重版出来!』を取り上げる。
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芸達者アベンジャーズ
2016年に放送された黒木華主演のドラマ『重版出来!』は、週刊マンガ雑誌の編集部を舞台にした物語だ。原作は『月刊!スピリッツ』に連載された松田奈緒子によるコミック。
「重版出来」(じゅうはんしゅったい)とは、本をたくさん売って増刷するという意味の業界用語。個性あふれる編集者たちと、さまざまなタイプのマンガ家たちが「重版出来」を目指して奮闘する姿を描く。恋愛要素は皆無のお仕事ドラマである。
『逃げるは恥だが役に立つ』(16年)や『恋はつづくよどこまでも』(20年)に代表されるような、華やかな女性向けコミック原作のドラマが多いTBS火曜10時枠にしては地味な題材だと思われるかもしれないが、実はこのドラマは出演者がスゴかったりする。
編集者が、黒木華、オダギリジョー、松重豊、安田顕、荒川良々など。営業部員が坂口健太郎、生瀬勝久など。マンガ家が小日向文世、滝藤賢一、要潤、前野朋哉、永山絢斗、中川大志、ムロツヨシなど。さらに出版社社長が高田純次、デザイナーがヒャダイン、書店員が濱田マリと中江有里、漫画家マンガ家の恋人が最上もが、ライバル編集部の編集者がなぜか明和電機で、漫画家マンガ家にサインをもらう高校生役が金子大地だったりする。
まさに人気者、個性派、実力派、若手、ベテランが渾然一体となった芸達者アベンジャーズ。主要登場人物がみんな、原作の雰囲気をたたえているところに各人の芸達者ぶりが表れている。今、これだけの顔ぶれを揃えるのは大河ドラマでもない限り難しいだろう。
原作のエピソードを緻密に組み合わせる
多士済々(たしせいせい)な顔ぶれが何を意味しているかといえば、このドラマが群像劇であるということだ。
新人編集者のエピソードをはじめとして、スランプに陥ったベテランマンガ家のエピソード、芽が出ないアシスタントのエピソード、地味なマンガが売れていくエピソード、ビジネスライクな編集者と新人マンガ家のエピソード、内向的なマンガ家が成長していくエピソード、やる気のない営業マンが仕事に目覚めるエピソード、恋人に振り回されるマンガ家のエピソード、消えたマンガ家と残された家族のエピソードなどなど、さまざまな悲喜劇が幾重にも折り重なって展開される。
これを手際良くさばいていくのが、脚本家・野木亜紀子の見事な手腕だ。原作ものを扱わせたらピカ一の腕を持つ彼女は、登場人物のキャラクターを立たせ、原作のエピソードを緻密に組み合わせて、各回のエピソードを紡いでいく。
物語のテーマをピックアップするのも上手い。黒木華演じる主人公・黒沢心は元柔道選手だが、彼女が大切にしている言葉に「精力善用 自他共栄」というものがある。彼女はいつもこの言葉を自分のデスクの目立つ場所に貼り出していた。
これは講道館柔道の創始者、嘉納治五郎(『いだてん』で役所広司が演じていた人)による言葉。意味を問われた心は、このように答えている。
「自身の力を最大限に使って善い行いをし、他者を敬い感謝する。
互いに信頼を育めば、助け合って生きていける」
これはまさに編集者と作家の関係のことを示している。野木は原作ではわずか1コマしか登場しない「精力善用」という言葉をピックアップして、物語全体のテーマに重ねているというわけだ。
人と人とのかかわり
『重版出来!』は全話を通じて、編集者とマンガ家が信頼を築き、深めていく様子が描かれていた。マンガはマンガ家がひとりで作るわけではない。マンガ家と編集者が共同でアイデアを練り、アシスタントらとともに作業をして、営業や書店員とともに完成した本を売る。本作の主人公は、「人と人とのかかわり」そのものだったのかもしれない。
クリエイティブな問題を取り扱っているエピソードが多かったせいか、視聴率は今ひとつ伸び悩んだが、これを機会にあらためて改めてじっくり見返してみたいドラマだ。
『重版出来!』は配信サービス「Paravi」で視聴可能(有料)
文/大山くまお(おおやま・ くまお)
ライター。「QJWeb」などでドラマ評を執筆。『名言力 人生を変えるためのすごい言葉』(SB新書)、『野原ひろしの名言』(双葉社)など著書多数。名古屋出身の中日ドラゴンズファン。「文春野球ペナントレース」の中日ドラゴンズ監督を務める。
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