92才芸一筋 現役芸妓・多栄さん「若さの秘訣は7000歩のウオーキングとお座敷でおいしいビールをいただくこと」
宗右衛門町での芸妓生活は、42才でいったん幕を下ろす。
「それは、交友があった長唄の3代目家元・今藤長十郎さんから、『お座敷で弾いているより、お師匠さんでもしたらどうや?』と言われたからなんです。それからは、三味線と長唄の師匠をしたり、ほかの花街で三味線を弾くお手伝いをしていました」
結婚を考えなかったわけではないが、芸の道を究めるため独り身を貫いた。そんな中、多栄さんが62才のとき、母が94才でこの世を去る。
「母は、踊りの師匠を辞めてしばらくして足を痛めて入院していたのですが、そこから認知症になってしまいました。毎日病院に行っていましたが、私のことを『あんた誰や?』と言うようになってしまい……。悲しい思いもしましたが、一応、立派に芸妓を務め上げたことを母は喜んでいたみたいなので、その点では親孝行できたのかなと思うてます」
芸妓を辞めて40年以上経った頃、宮川町の関係者から声がかかる。
「『せっかくやったら、京都で芸妓をやりたい』と頼んだら、『ええよ』と二つ返事をもらえて、84才でもう一回、芸妓をやらせてもらえることになりました」
京都花街・宮川町とは
八坂神社の祇園祭の際に、神輿(みこし)洗いが行われる鴨川の四条大橋下流を「宮川」と呼んだことに由来する(諸説あり)。京都市東山区に位置し、石畳の閑静な通りには、歴史あるお茶屋が軒を連ねる。現在宮川町には、芸妓31人と舞妓20人がいる(2024年11月現在)。
92才の現役芸妓・多栄さんマストアイテム
下の写真は上から座椅子、口紅と口紅入れ、千社札(せんじゃふだ)。「座椅子は長時間の演奏の必需品。血色をよくするためピンクの口紅を使います。口紅入れは40年ほど前に銀座『和光』で買ったお気に入り。千社札は、名刺がわりに配ります。英語のものもありますよ」(多栄さん)。
健康の秘訣は7000歩のウオーキングとお座敷いただくビール
92才になったいまでも、三味線の師匠の元に毎日通い、2時間程度の稽古をした後、1日2時間お座敷に出て舞妓の後ろで三味線を弾く。
踊りの会があるときは、お座敷が終わってからも演奏の確認を細かく行うという。
「譜面を書き直したりすると、知らん間に深夜2時になることもありますけど、楽しいから続けられまんねん」
ハードな生活を支えるのは、8年ほど続けているウオーキングだ。
「朝5時に起きて、6時に朝ご飯を終え、ほぼ毎日、ウオーキングをします。疲れたら喫茶店で一休みしながらですが、2時間くらいで少なくとも7000歩は歩きますね」
歩くときは、必ず背筋が伸びているかを意識する。
「師匠の尾上菊之丞さんから、『芸妓は背筋をピンとせな あきまへん』と言われていましたから、立っても座っても常にお腹らへんに力を入れて、背筋を伸ばすようにしています」
そんな多栄さんの若さの秘訣は、お座敷だ。
「私はお座敷でお客さんに会うのが、何よりも楽しおまんねん。そこでいただくビールを飲んで、『今日も元気だ、ビールがうまい』と実感するときが幸せ。生きがいを感じまっせ」
思い立ったら即行動。素直に人の言葉に従い、どんな教えも大切にする。そんな多栄さんの人柄が、長く芸に愛され、人に愛され、輝く人生を送る秘訣のようだ。
撮影/奥田珠貴
※女性セブン2024年12月19日号
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