障害をもつ俳優たちが芸能活動するための社会課題と目標「演技レッスン現場に密着して見えてきたこととは」
障害のある俳優が演じる作品に触れる機会が増え、実際に演じる姿を見てみたいと思っていた元ヤングケアラーのたろべえこと高橋唯さん。彼らはどんな風に演技のレッスンを受けているのか、指導者はどんな人なのか。演技レッスンの現場に潜入、その様子をレポートします。
取材・執筆/たろべえ(高橋唯)さん
「たろべえ」の名で、ケアラーとしての体験をもとにブログやSNSなどで情報を発信。本名は高橋唯(高ははしごだか)。1997年、障害のある両親のもとに生まれ、家族3人暮らし。ヤングケアラーに関する講演や活動も積極的に行うほか、著書『ヤングケアラーってなんだろう』(ちくまプリマー新書)、『ヤングケアラー わたしの語り――子どもや若者が経験した家族のケア・介護』(生活書院)などで執筆。https://ameblo.jp/tarobee1515/
障害者専門の芸能プロダクションのレッスンに密着
「弟を探しているんです。背はこのくらいで、さっきまでここで遊んでいたんです…(探し回り、そして弟を見つけて抱きしめ、涙を浮かべる)」
――はい、カット!今のはどんな場所だと思って演じていましたか?
「周りが囲まれた公園の中にいて、ここは階段で、公園の前の通りを車が走っている感じ」
――それでは、公園から出てきて、前の道を歩いている相手役に話しかける設定で、もう一度やってみましょう。
都内の会場で行われていた障害者専門の芸能プロダクション、アヴニールの定期レッスン。今回見学させていただいたレッスンには、身体障害や知的障害のある5人が参加していた。
冒頭の演技でいきなり心を掴まれたのが、知的障害のある俳優、小籔伸也さんだ。
小籔さんは、公園で弟とはぐれてしまう兄役の演技をしていた。弟を見つけて抱きしめた後、カットの声がかかってもしばらくそのまま立ち上がらず、演技の世界に没入しているように見え、目には涙が浮かんでいた。
このレッスンでは、すでに俳優としてのキャリアをもつ人もいて、プロとして仕事をしていく上での実践的な内容を教えているとのこと。
演技レッスンを行っているのは、脚本家、演出家、小説家としても知られる藤井清美さんだ。
藤井さんは、テキパキと指示や質問を繰り返し、演技指導していく。俳優を目指す林千愛さんは、藤井さんのレッスンが楽しみで、「毎月、兵庫から夜行バスで通っているんです」と話す。
レッスン会場は、ピリッと引き締まった空気が漂っていて、こちらまで緊張してきてドキドキしながら見学していた。
ところが俳優たちの演技がはじまると、そこはオフィスに、部室に、公園に変わった。それぞれの俳優が表現している世界に引き込まれ、すっかり見入ってしまった。
俳優・小籔伸也さん「演技力で評価されるようになりたい」
レッスンで周囲を圧倒する迫真の演技を見せていた小籔さんにお話を伺った。
まず驚いたのは、小籔さんの台本には、びっしりと文字が書き込まれていることだ。
「台本には、弟がいなくなってしまったらどんなことを考えるか想像して、言葉を書きこんでいます。弟が見つかった時は、物陰から急にひょこっと出てきて、自分のことを呼ぶ声がしたところを思い浮かべました」(小籔さん、以下同)
俳優さんたちは、同じシナリオで2度の演技をするのだが、藤井さんの演技指導の後の2度目は、1度目とはまた違った表情を見せる。
「本当は最初からいい演技に到達したいんです。何度やっても同じ演技ができるようにならないと。テレビの撮影で撮り直しがあった時に、つないだところで演技が変わってしまったら困りますよね。一発でいい演技ができないと…。それが僕の課題です」
小籔さんは高校生の頃、自身が知的障害であることを知ったという。
「学校や職場で周囲ができることが僕にはできないことも多くて。障害が理由だったことがわかってからは、だんだん受け入れられるようになりました」
小籔さんはレッスン生として2019年にアヴニールに所属。事務所の代表である田中康路さんは、
「彼は長年、病気だったお母さんのケアを担い、新聞配達などで働きながら学校に通うなど、苦労もしてきた努力家なんです。
今もアルバイトを続けながら日々レッスンを続け、俳優としての経験を重ねています。ぜひ大きな役を掴んで欲しいひとりですね」と評する。
演技指導で心がけていること
レッスン終了後、演出・指導を手掛ける藤井清美さんにもお話を伺った。
「(小籔)伸也くんの場合、最初は、台本を読んでもそこにあるのは『ただの文字です』と言っていました。台本の中に感情があると言われてもわからなかったそうです。セリフを大きい声や小さい声で言うことはできるか聞くと、それはできると言いました。
次のレッスンで、台本の内容を文字で読むのではなく、口頭で説明して演じてもらったらすんなりできて、情景や心情を文字で表現したものが台本だと納得できたようです。
最近では、彼はレッスンで使用している台本を書き写しています。セリフを覚えるためなのですが、書いていると、いろいろな設定が浮かぶそうで、毎回新たな発見をして、それを次のレッスンで演じてみんなを驚かせてくれます。
人によって台本の覚え方は全然違っていて、読んでもなかなか覚えられないけれど、人が演技をしているところを見ると覚えられるという人、書いて覚える人、聞いて覚える人と様々です。演技のレッスンでは、人によって、どの方法が適しているのかを見極めて、才能を引き出していくように心がけています」
障害のある俳優の演技指導の難しさと面白さ
「私は俳優育成の経験があったので、ある程度のノウハウはもっているつもりでした。ところが、初回のレッスンではこれまでの経験がまったく通用しなかったんです。
知的障害のある俳優は、人間の感情に裏表があることを理解することや、台本には書いていないことを想像することが難しいケースがあります。
セリフを解釈して役柄を深める指導は必ずしも有効ではない。一から方法論を作らなくてはいけないのだと気づいて、そこが面白いと感じました」
レッスンを見ていて、藤井さんは、俳優たちにどう思った?どんな場面なの?と、丁寧に状況を聞き出し、感情を引き出していく様子が印象的だった。
難しいことも丁寧に説明する
レッスン中、彼らの表情は、真剣だけれど活き活きしていて、藤井さんに少し難しいことを言われても、必死に食らいつこうとしていた。
「彼らはプロを目指しているので、あえて少し難しいだろうと思うことも言うようにしています。現場でわからないことがあれば、わからないなりに誰かに聞いたり、自分で推測したりと、対処していかなければならないからです。
知的障害のあるかたの場合、一般的に抽象的な思考は難しいとも言われますが、演技をするときには、感情や心理について考えることは避けて通れません。
今後、仕事として演技をするためにも、自分で考え、自分なりの言葉を探して答えるという経験もレッスンで積み重ねてもらいたいと思っています」
俳優たちが活躍しやすい現場作りに向けて
障害のある俳優の芸能活動の今後に向けて、藤井さんが取り組んでいることがあるという。
「今、筑波大学の障害科学域の先生や障害のある人の就労支援をされているかたたちと一緒に、当事者キャスティングのための手引きを作ろうとしているんです。
たとえば、台本に必要ならルビ(読み仮名)を振るといったことから、休憩中にトイレへの誘導をどうするのかといったことまで、手引きを作ることで、障害のある俳優たちも、スタッフのかたもストレスなく働けるのではないかと思っています。
障害のあるかたのための配慮もそうですが、撮影にかかわるすべての人にとって仕事をしやすい現場のためのガイドラインになると思っています」。
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小籔さんは、ゆっくりと言葉を選びながら語る。
「いまはまだ障害がある当事者だからという理由でキャスティングされるということのほうが多いかもしれません。僕が目指しているのは、演技力で評価されること。名前のある役や、重要な役に抜擢されたいですね」
少し照れながら、演技について語るときは瞳に一瞬灯がともった。
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私はこれまで、仕事やスポーツで活躍されている障害のあるかたがたに出会う機会は多かったが、障害のある俳優さんの演技を見せていただくのは初めてだった。
レッスンを拝見して、素晴らしい演技に心動かされる時、そこに障害の有無は関係ないのだと確信した。今回の取材で出会った俳優さんたちが夢を追う姿はとても真剣で、同時にみなさんが努力した成果を発揮するための現場づくりを支えるかたがたも熱い想いをもっていた。
海外では、過去に障害のある俳優がカンヌ国際映画祭で男優賞を受賞したこともある。今後、日本からも国際的なスターがたくさん生まれてほしい。
【データ】
知的・身体障害者専門 アヴニールプロダクション
アヴニールプロダクション | 知的・身体障害者専門タレント事務所 (avenir-entertainment.com)
→前編「当事者だからこそできる演技がある」障害者専門のタレント事務所を設立した代表の想い「壁を越えるサポートを自然にしたい」
撮影/柴田愛子
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