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「当事者だからこそできる演技がある」障害者専門のタレント事務所を設立した代表の想い「壁を越えるサポートを自然にしたい」

 ここ最近、映画やテレビドラマで障害のある当事者が出演する作品が増え、注目を集めている。高次脳機能障害の母をもち、ヤングケアラー経験をもつたろべえこと高橋唯さんが、障害をもつ人たちの芸能活動についてレポート。障害のある俳優を専門にマネジメントする芸能プロダクションのレッスンに潜入し、代表に話を伺った。

取材・執筆/たろべえ(高橋唯)さん

「たろべえ」の名で、ケアラーとしての体験をもとにブログやSNSなどで情報を発信。本名は高橋唯(高ははしごだか)。1997年、障害のある両親のもとに生まれ、家族3人暮らし。ヤングケアラーに関する講演や活動も積極的に行うほか、著書『ヤングケアラーってなんだろう』(ちくまプリマー新書)、『ヤングケアラー わたしの語り――子どもや若者が経験した家族のケア・介護』(生活書院)などで執筆。https://ameblo.jp/tarobee1515/

障害のある俳優が出演する作品が気になる

 ここ最近、映画やドラマを見ていると、障害のある俳優さんが活躍している様子を目にする機会が増えていると感じる。

 昨年NHK BSで放送され、現在は地上波で放送中の『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった(通称、かぞかぞ)』が話題を集めているが、主人公の弟を演じるのは、役柄同様にダウン症のある俳優・吉田葵さんだ。


 以前、筆者が紹介した映画『わたしのかあさんー天使の詩ー』には、障害のある当事者が約40人も出演していたそうで、印象的だった。


 また、筆者が毎週かかさず見ていたNHK土曜ドラマ『パーセント』は、ギャラクシー賞2024年5月度月間賞を受賞した話題作。

 ローカルテレビ局の局員である主人公が、障害のある俳優を起用したドラマを製作するために奮闘する様子が描かれているのだが、ドラマ作りにも俳優たちにも真摯に向き合おうとする主人公の葛藤が伝わってきて、自分に重ねて悩みながら観ていた。

 なぜ彼らの演技に目を奪われるのか、障害のある俳優さんの活動やドラマ製作の背景を知りたいと思い、障害者専門の芸能プロダクション・アヴニールの代表、田中康路さんにお話を伺った。

障害者専門の芸能プロダクションを作ったきっかけ

 アヴニールは、前述の『かぞかぞ』や海外の映画『PERFECT DAYS』に出演した吉田葵さんを輩出、現在50名以上の障害のある俳優やモデル、タレントが所属している。所属俳優の魅力について田中さんはこう語る。

「障害の度合いや人によってもちろん違いはあるのですが、私が接してきた知的に障害のある俳優さんたちの多くは、物事を客観的に捉えることが苦手なようでした。

 しかし、それは同時に『演じている自分が周りにどう見られているか』を意識せずに、自然に演技ができるということでもあると思うんです。他人の目を気にすることなく、演技に集中できることは、彼らの強みなのではないかと」



激しく心を動かされた「本物のエンタメ」

 田中さんが障害者の芸能活動にかかわることになったきっかけは、2007年公開の映画『筆子・その愛 -天使のピアノ-(山田火砂子監督)』の上映に携わったことだったという。

「もともと私自身はヘアメイク事務所や企画製作会社の経営者としてエンタメ業界に身を置いていたのですが、知的障害のある人が暮らす福祉施設を舞台にした山田火砂子監督の映画に携わらせていただいたのがきっかけで、障害のあるかたたちの芸能活動に深くかかわることになりました。

 そのご縁もあって、2008年に知的障害のあるかたたちの舞台公演のお手伝いをさせていただいたんです。

 そこでは、演者たちが音楽に合わせて振り付けをしているのではなく、まるで音そのものになっているように見えて、激しく心を動かされました。

 “ああ、本物のエンタメってこういうことなんだ!”と思ったんです。こういうエンタメを自分も作りたいと思ったのが事務所設立のきっかけでした」

キャスティングをする立場からみた俳優の演技

 田中さんが影響を受けた映画を手掛ける山田火砂子監督は、ご自身も障害のある娘の子育てを経験し、障害や福祉、反戦などをテーマに映画を作り続けている。

 山田監督の映画製作会社、現代ぷろだくしょんでは、アヴニールに所属する俳優をキャスティングすることも多いという。同社の臼田陵さんにも障害者と芸能活動についてお話を伺った。

「映画の製作のほか、障害のある当事者の演劇などを見る機会が増えましたが、アヴニールに所属する俳優さんたちは、群を抜いて演技力が高いと感じています。

 障害のあるかたがたが出演する演劇は、目指すところも多様です。セリフがうまく言えないかたでも、その人にあった役が与えられたりと、うまくできることより、うまくできるように努力することに重きをおく劇団もあります。結果、それが劇団としての一体感や魅力に繋がってファンを獲得していることも多いです。

 一方で、アヴニールの俳優さんたちは、徹底して一般の俳優と同じレベルの演技力を磨き、演じたいと思っているかたが多く、その点で一線を画していると感じます」(臼田さん)

 田中さんは「障害のある人たちの演劇を、余暇や余興としてではなく、プロが演じるエンターテイメントにして発信すること」を信念として歩み続けている。しかし、障害者の芸能活動には「壁」を感じたこともあったという。

障害のある俳優にとって芸能活動の「壁」とは?

「海外では、障害のあるキャストが連続ドラマに出演したり、レギュラー番組をもっていたりすることは珍しくありませんが、日本では、まだまだ障害者の芸能活動が多くの人の目に触れることは少ないと感じています。

 最近ではかなり社会の理解が進みましたが、過去には、あるダウン症の俳優さんがテレビで泣く演技をしたとき、『障害者を泣かせるなんて可哀そうだ』という意見が届いたことがありました。

 本人は台本を読んで理解した上で泣く演技をしているのですが、『障害者にはそんな風に演技ができるわけがない』と思われたのかもしれません。世の中には、『障害があっても演技ができる』ことを知らない人もいるのだと感じたできごとでした。

 弊社に所属する俳優には障害がありますが、それぞれ才能をもっています。小籔伸也などはひとり暮らしをしていますし、アルバイトもしながら演技のレッスンに通っています。やる前からできないと思われてしまうのはとても残念な考え方だと思うんですよ」

 なかなか俳優たちの魅力を伝えるチャンスに恵まれず、悔しい思いをしてきたという田中さん。これから障害のある俳優が活動を広げていく上で、どんなことが課題になるのだろうか。

「今年4月から義務化された合理的配慮の提供※というのは、エンタメの現場でも求められることですが、知的障害のある俳優の場合は、配慮すべきことが見えづらく、わかりにくいというのも課題のひとつです。

 たとえば、車いすを必要とする俳優さんの場合は、建物がバリアフリーであれば動きやすくなるだろうということが周りからもわかりやすいです。

 一方、知的障害やダウン症の俳優さんは、できないことや苦手なことが見えにくいケースがあります。

 台本が読みにくいという場合には、ルビを振ったり色をつけたりといった対応が必要になります。他には、どうしても服のボタンが気になって触ってしまうという特性がある場合、ボタンがない衣装を選ぶことで演技に集中できるかもしれません。

 アヴニールでは、演技指導の藤井清美先生が、台本の内容や色分けの工夫を含めて作ったり、手先が動きにくく紙をめくるのが難しい所属者への配慮としてラミネート加工を考えられたりと、さまざまな工夫をしていらっしゃいます。

 こうした細かい配慮やサポートが自然にできる現場になっていくといいなと思っています」

※令和6年に施行された「改正障害者差別解消法」。障害のある人もない人も、互いにその人らしさを認め合う共生社会の実現を目的とした法律が義務化された。

「もっともっとスター性のある俳優を育成して増やしていきたいです。現状では食べていけない状況もありますから。

 かつて自分が心を震わせたこれこそが本物と感じたエンタメを多くの人に届けたい。その一心で、マネジメントという立場からできる努力を続けています」

 アヴニールのレッスンは、基本的に誰でも受講できる。知的障害・身体障害のかた向けのコースやオンラインのレッスンなども実施しているとのこと。

「俳優志望の場合には、まずレッスンに来ていただいて、特性やポテンシャルを見極めて、本人もひとつひとつ習得していくことで、所属になるケースが多いですね。

 ただし、一般の芸能事務所と違って、仕事が常にある分野ではありませんし、誰もが対応できる仕事ではないので、本人やご家族との話し合いも必要ですし、私たちもマネジメントできるかどうかを見極めなければなりません」

***

 障害のある母と生活していると、社会の中で「壁」を感じることも多い。だからこそ、様々な工夫で「壁」を取り払い、演技に挑戦している障害のある俳優さんの姿に勇気をもらった。今後、私と母が感じている「壁」も取り払われていくのではないかという希望にもつながる。

 ――後編では、演技レッスンの様子をレポート。障害のある俳優たちの魅力に迫っていく。

→<後編>障害をもつ俳優たちが芸能活動するための社会課題と目標「演技レッスン現場に密着して見えてきたこととは」

【データ】

知的・身体障害者専門 アヴニールプロダクション

アヴニールプロダクション | 知的・身体障害者専門タレント事務所 (avenir-entertainment.com)

撮影/柴田愛子

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