障害のある母と災害時の避難について考察「もしもの時に備える」ことが理解できない困った問題と対策
元ヤングケアラーのたろべえさんこと高橋唯さんは、高次脳機能障害と右片麻痺の母を幼いころからケアしている。能登半島地震で避難生活をされている人の中には、高齢者や障害をもつ人たちも多いのではないだろうか。そこで、東日本大震災の時の母の様子を振り返り、障害をもつ人の避難や備えについて考察。もしもの時の対策を探ってみた。
執筆/たろべえ(高橋唯)さん
「たろべえ」の名で、ケアラーとしての体験をもとにブログやSNSなどで情報を発信。本名は高橋唯(高ははしごだか)。1997年、障害のある両親のもとに生まれ、家族3人暮らし。ヤングケアラーに関する講演や活動も積極的に行うほか、著書『ヤングケアラーってなんだろう』(ちくまプリマー新書)、『ヤングケアラー わたしの語り――子どもや若者が経験した家族のケア・介護』(生活書院)などで執筆。 https://ameblo.jp/tarobee1515/
障害をもつ母と経験した震災を振り返る
「地震です!強い揺れに備えてください!」
元日の夕方、家中のスマホがいっせいに鳴り出した。テレビからはアナウンサーの鬼気迫る声が響く。
思わず身構えたが、北関東在住の筆者の家は、感じるか感じないか程度の揺れで済んだ。ひとまず落ち着きを取り戻し、被災地の報道を見ていると、東日本大震災の記憶がよみがえってきた。
東日本大震災の記憶「断水を理解できない母」
2011年3月11日、私は中学1年生だった。学校で授業を受けている最中に地震が起きた。母はその間、家に1人だったが、幸いなことに家具が倒れてくることはなく、無事だった。
学校に父が迎えにきてくれて、一度家に帰ったが、津波警報が出ていたので、すぐに高台に避難することにした。
私は避難の道中のことをあまり覚えていないのだが、父いわく、母も徒歩で避難していて、どれだけ急かしても早く歩けるわけではないので焦ったとのことだった。結局、大きな津波は来なかったので夕方には家に戻った。
次の日、私の住んでいる地区で断水が起こった。まだ水道が使える内に、溜められるだけの水をトイレのタンクと浴槽に溜めておいた。
ところが、少し目を離した隙に、母が風呂を沸かして、いつもと変わらずに入浴していた。
まさか、と思ってトイレを確認すると、そちらも流されてしまっていた。幸い、近所のかたが井戸水を分けてくださったので、今度は「流さないで」と張り紙をして、レバーをテープでぐるぐる巻きにして対応した。
それでも母は普段のように水を使おうとしてしまうことが数回あったが、なんとか3週間ほどの断水期間を乗り切り、徐々に日常が戻っていった。
近所の人にうまく頼れなかった
落ち着いてきた頃、前の家に住んでいるかたが「避難しなくてはならないとき、ご家族が家にいなくてお母さんだけだったら、一緒に避難しましょうか?」と私に言ってくださった。
ありがたい申し出だったが、母にこのことは伝えなかった。
母は単純に言ったことを忘れてしまうだけではなく、記憶を取り違えてしまうことや、1つの記憶に固執して融通が利かなくなってしまうことがある。
前の家のかたと逃げるということを忘れてしまうかもしれないし、逆にそのかたがすぐに助けに来られないときや、別のかたが助けに来てくれたときも「前の家のかたを待たなくてはいけない」と思ってしまうかもしれない。はたまた通常は考えもつかないような行動をするかもしれない。
母が中途半端に記憶違いをしてしまうくらいなら、いっそのこと最初から前の家のかたには何も言われていないことにしてしまおうと思い、今も母には何も言っていない。
近隣との助け合いは大切だが、どうやって支援してもらうのが良いのかわからず、結局、迷惑をかけたくない気持ちが先行してしまう。
「どうしたらいいかわからない」ができるところから備えるしかない
連日、被災地で過ごす障害者やケアラーが大変な状況で生活されている様子が報道されている。なかでも、インタビューで「どうしたらいいかわからない」と話されている支援者のかたが印象的だった。
県外からの支援者の受け入れや2次避難所への移動など、こちらからすれば望ましいことに思える支援であっても、障害のある本人の特性を考慮するとスムーズに進められないことも多く、どうすればいいのか悩んでいるとのことだった。
私自身も、災害時にどのように母と避難すればいいのかわからない。
母にも防災意識をもってほしいが、母は常に「今」を生きていて「もしも何かあった時に備える」という感覚はほとんどない。正直なところ「もう、なるようになれ」と諦め半分ではあるが、とりあえずどうしたらいいのか思いつくところだけでも対策していきたい。
高次脳機能障害の母の避難対策
この機会に、住んでいる地域の防災情報を見直したり、高次脳機能障害者の災害時対応マニュアルを調べたりといった情報収集をしてみた。
・避難行動のマニュアル
■参考/東京都福祉局「高次脳機能障害のある方のための災害時初動行動マニュアル」
https://www.fukushi.metro.tokyo.lg.jp/shinsho/saigai/saigaimanual/koujino.html
大規模な災害が起きたとき、高次脳機能障害のあるかたや家族が困ること、非常持ち出し品のチェックリストなどが記載されたマニュアルをPDFでダウンロードできる。
・周囲の人に助けが必要なことを知らせる「ヘルプマーク」
高次脳機能障害は見た目では周りの人からわかりにくく、本人も自分で自分のことを伝えることが難しい。そこで、ヘルプマークに基本情報や周りの助けが必要なことを書いて活用するといいらしい。
今使っているヘルプマークは、母がなくしたり、勝手に何かを契約しようとしたりしても問題ないように、最低限のことしか書いていない。やはり緊急時用にもう少し詳しい情報を書いたほうがいいのかもしれない。
・自治体の避難行動要支援者名簿への登録を検討
避難行動要支援者名簿への登録も望ましいとのことだが、我が家は障害者のみの世帯ではないため、該当しなかった。
確かに高齢者や障害者のみの世帯の方々が優先されるべきだとは思うが、家族にケアを要する人がいる人も一緒に避難ができずに孤立してしまう可能性が高いと思う。最優先とまではいかなくても、自治体に把握しておいてもらえたらありがたい。
・避難所となる施設を調べて備える
家の近くの避難所情報を調べてみると、徒歩圏内に福祉避難所になる予定の施設があることがわかった。東日本大震災の時は母も歩いて避難をしたが、さすがに今の母には厳しいので、普段の通院介助用も兼ねて車いすを購入し、いざとなったら避難ができるように準備したい。
非常事態を理解できないという問題点
とはいえ、福祉避難所は開設されるとは限らないし、避難できない可能性もある。なにより、コロナ禍でも感じたことだが、母はとにかく非常事態を理解できない。
正月も「テレビが全部地震のことしかやってない!」と文句を言っていたし、東日本大震災の時も毎週通っていた体操教室が休みになった理由が理解できず、ルーティーンが崩れて混乱していた。
環境の変化を最小限に済ませるためにも、なるべく在宅避難ができるように準備しておくことが現実的だと思う。
震災から約1か月が経ち、被災地のケアラーはかなり疲弊していることだろう。どうか1日も早く、心身を休める時間がとれるようになりますように。
ヤングケアラーに関する基本情報
言葉の意味や相談窓口はこちら!
・ヤングケアラーとは
日本ケアラー連盟https://youngcarerpj.jimdofree.com/による定義によると、ヤングケアラーとは、家族にケアを要する人がいる場合に、大人が担うようなケア責任を引き受け、家事や家族の世話、介護、感情面のサポートなどを行っている、18才未満の子どものことを指す。
・ヤングケアラーの定義
『ヤングケアラープロジェクト』(日本ケアラー連盟)では、以下のような人をヤングケアラーとしている。
・障がいや病気のある家族に代わり、買い物・料理・掃除・洗濯などの家事をしている
・家族に代わり、幼いきょうだいの世話をしている
・障がいや病気のきょうだいの世話や見守りをしている
・目を離せない家族の見守りや声かけなどの気づかいをしている
・日本語が第一言語でない家族や障がいのある家族のために通訳をしている
・家計を支えるために労働をして、障がいや病気のある家族を助けている
・アルコール・薬物・ギャンブル問題を抱える家族に対応している
・がん・難病・精神疾患など慢性的な病気の家族の看病をしている
・障がいや病気のある家族の身の回りの世話をしている
・障がいや病気のある家族の入浴やトイレの介助をしている
・相談窓口
・厚生労働省「子どもが子どもでいられる街に。」
児童相談所の無料電話:0120-189-783
https://www.mhlw.go.jp/young-carer/
■文部科学省「24時間子供SOSダイヤル」:0120-0-78310
https://www.mext.go.jp/ijime/detail/dial.htm
■法務省「子供の人権110番」:0120-007-110
https://www.moj.go.jp/JINKEN/jinken112.html
■東京都ヤングアラー相談支援等補助事業 LINEで相談ができる「けあバナ」
運営:一般社団法人ケアラーワークス