3月ついに「笑点」を卒業!林家木久扇インタビュー「人生これから、やりたいことがたくさんある。落語のアニメを作りたいんです」
とうとう、その日が近づいてきた。約55年にわたって「笑点」の大喜利レギュラーを務めた林家木久扇さん(86)が、3月末で番組を“卒業”する。歴史的な決断のきっかけとなったのは、おかみさんのひと言だったという。最新刊『バカの遺言』(扶桑社新書)が話題になっている木久扇さんに、今の心境やおかみさんのこと、年齢を重ねても元気で前向きに生きるための心得を語ってもらった。(聞き手・石原壮一郎)
「やりたいことがいっぱいでワクワクしてます」
そうですね、あとちょっとになりましたね。寂しさもないわけじゃありませんけど、今はスッキリさわやかな気持ちです。「笑点」の大喜利レギュラーは卒業しますけど、落語家をやめるわけじゃありません。4月からは、林家木久扇の第二の人生がスタートするんだって思ってます。第二の青春と言ってもいい。落語もイラストもラーメンも、やりたいことがいっぱいあってワクワクしてます。
卒業しようと決めたのは、2022(令和4)年の暮れでした。自宅で番組を見ながら、横にいたおかみさんにボソッとこぼしたんです。
「『笑点』もねえ、出るのは楽しいんだけど、毎週毎週、試験受けてるみたいで、けっこう疲れるんだよね」
そしたら、おかみさんが「お父さん、もうそろそろいいんじゃないの」って。思わずぼくが「えっ?」って聞き返したら、「疲れたところを見せないうちにやめちゃったほうがいいわよ。そのほうがカッコいいじゃない。江戸っ子なんだから」と言ったんです。
ぼくはその言葉を聞いて、「たしかに、そうだな」と思いました。
これまで人生の大事な場面で、おかみさんはいつも正しい判断をしてくれたんです。最初にガンが見つかったときも、体調はぜんぜん悪くなかったのに、おかみさんが「大学病院に検査に行ってらっしゃい」としつこく言ってくれました。おかげで早期発見につながって、今もこうして元気に生きてます。
おかみさんが「もうそろそろいいんじゃないの」と言うなら、それはもう間違いなく、そういう時期なんです。
妻(おかみさん)にはとても感謝している
ぼくは師匠にも恵まれたし、おかみさんも大当たりをしました。白山の待合の三女で芸を見る目があって、おいしいものもよく知ってる。たくさんの弟子たちの面倒をしっかり見てくれて、ぼくの人生の大事な場面では常に的確なアドバイスをしてくれました。
落語家のおかみさんって、とってもたいへんなんです。弟子に毎日ご飯を食べさせたり、時には相談に乗ったりしなきゃいけない。後ろでおかみさんがしっかり支えてくれていたから、ぼくは心置きなく落語に打ち込めたし、「バカ」をやり続けてこられました。
本人にきちんとそういう気持ちを伝えなきゃとずっと思ってはいるんですけど、なかなか口にできないんですよね。言えない代わりに、最近はインタビューとかで「おかみさんに感謝している」という話をせっせとしています。このあいだは「笑点」の冒頭の挨拶でも、「番組を卒業したら、おかみさん孝行をしたい。ハワイに招待したい」なんて言っちゃいました。その回が放送された日は、ぼくは仕事で出かけてたので、見てくれたかどうかはまだ確かめていないんですけど。
元気の秘訣は「毎日を楽しく生きること」
よく「歳をとっても元気でいられる秘訣は何ですか?」と尋ねられます。やっぱり、毎日を楽しく生きることではないでしょうか。そのために必要なのは、ひとつは社会とのつながりを持って、世間に向かって参加することです。いろんな人と話をして、どんなことでもいいから人の役に立つことを見つけましょう。
もうひとつは、自分が夢中になれるものを見つけること。ぼくはチャンバラ映画が大好きで、いちばん楽しいのはそれを観ているときです。古い作品のフィルムをせっせと集めていて、もう1000本ぐらいになりました。けっこう高いんですけど、子どもや孫にお金を遺す気はないので、自分でどんどん使っています。ぼくがいなくなったら、有効に活用してくれるところに寄付してほしいと言ってあります。
同年代の知り合いでピンク映画を観るのが大好きな人がいて、その人はそれが生きがいになってる。人に迷惑をかけるようなことじゃなければ、なんだっていいんです。いい歳になって、カッコつけたり世間体を気にしたりしてもしょうがないですから。いくつになっても、むしろ歳をとればとるほど、我が道を行くバカでありたいですね。
落語のアニメを作りたい
「歳をとると不安が増える」と言っている人もいます。健康のこと、自分や大切な人の寿命のこと、お金のことなど、たしかにいろいろあるかもしれません。
だけど、不安というのは、まだ起きていないことを心配しているわけです。まだ起きていないのに、先回りして心配してクヨクヨしてもしょうがない。わざわざ苦労を増やして毎日をつまんなくするのは、まったくの無駄です。そういう人って「どうしようどうしよう」って言ってるだけで、何もしてませんよね。
今日をワクワクして過ごせたら、明日パッと死んでもいいじゃないですか。自分が好きなことを通じて、生きるって楽しいことなんだ、人間って面白いんだと感じられたら、いくつになっても笑って毎日を過ごせるんじゃないんでしょうか。
卒業してからやってみたいのは、落語のアニメを作ることです。長屋が丸ごと宇宙に飛んでいって、熊さんやご隠居や与太郎が宇宙人と出会う。そこで落語にあるような騒動が巻き起こるんです。ずいぶん前から考えていて、もうキャラクターはできています。
アニメだったら、日本の子どもたちはもちろん、言葉が通じない外国の子どもたちにも、「落語って面白そう」と思ってもらうことができる。ぼくは長いあいだ「落語の世界の呼び込み役」をやってきたつもりなんですが、その集大成です。ただ、とってもお金がかかるんですよね。NHKさんとかが作ってくれないかな。日本文化を世界に広く伝えることができるから、国家プロジェクトになってもいいと思うんですけど。
お利口さんにならず、与太郎でいたほうがいい
いちばん新しい本『バカの遺言』には、これまでに経験したことや出会った人を通じて学んだ「人生を楽しくお得に生きる極意」が詰まっています。「笑点」の大喜利メンバーや歴代司会者の「ここだけの話」も、たくさん書いてしまいました。
近ごろは何かと世知辛いというか、みんながみんなお利口さんにならないといけないみたいな風潮ですよね。しかめっ面してないでもっとおバカでいい、与太郎でいたほうが楽だし愛されるよ、なんてことがたくさんの人に伝わったら嬉しいですね。
「笑点」は卒業しても、ぼくの人生、まだまだこれからです。引き続き、林家木久扇と林家一門とすべての落語家と落語をどうぞご贔屓に。
林家木久扇(はやしや きくおう)
1937(昭和12)年、東京日本橋生まれ。落語家、漫画家、実業家。56年、都立中野工業高等学校(食品化学科)卒業後、食品会社を経て、漫画家・清水崑の書生となる。60年、三代目桂三木助に入門。翌年、八代目林家正蔵門下へ移り、林家木久蔵の名を授かる。69年、日本テレビ「笑点」の大喜利レギュラーメンバーに。73年、林家木久蔵のまま真打ち昇進。82年、横山やすしらと「全国ラーメン党」を結成。2007年、林家木久扇・二代目木久蔵の落語界史上初となる「親子ダブル襲名」を行う。24年3月、「笑点」を卒業。落語、漫画、ラーメンのプロデュースなど、常識のワクを超えて幅広く活躍中で、「バカ」の素晴らしさと無限の可能性を世に知らしめている。おもな著書に『昭和下町人情ばなし』(NHK出版)『イライラしたら豆を買いなさい』(文藝春秋)『木久扇のチャンバラ大好き人生』(ワイズ出版)など。
取材・文/石原壮一郎(いしはら・そういちろう)
1963年三重県生まれ。コラムニスト。『大人養成講座』『大人力検定』など著書多数。林家木久扇さんの最新刊『バカの遺言』(扶桑社新書)の構成を担当している。
撮影/小倉雄一郎