能登町出身の人気イラストレーターが故郷に寄せる想い「能登はやさしや 土までも」
当サイトの連載「兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし」のイラストでおなじみのなとみみわさんは、石川県能登町の出身だ。このたび、「被災地の人たちが、少しでもほっこりする漫画が描きたい」と週一連載をしている北國新聞の担当に相談、1月7日に掲載になった内容が話題となっている。
「昨年、年老いた母のことが気になり、東京から石川県に引越しました。私自身が現在暮らす家は、能登町から離れたところ。地震後しばらく断水しましたが、今はライフラインが復旧、日常生活が送れています。何かしたくて仕方ない〜!という北國新聞の担当さんと意気投合。急遽作りました。日々つらいこといっぱいあるけど、そういうなかでも人と人が出会えば生まれる「おもいやり」や「やさしさ」を漫画にしております。毎日記者さんが現地まで走って、車で行けないところには歩いて取材に行っています。それをみんなで記事にして毎日新聞作っています。漫画を通して、リアルな石川の現状が伝われば…」となとみさん。
新聞が届かない地域の人にむけて無料デジタル配信もされた。現在は読むことができなくなっているため、改めて公開する。
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「能登はやさしや、土までも」。すいません。わたし、能登町出身ですけども、こんな言葉があるなんて、全然知りませんでした。
若い時分はとにかく東京に憧れて、18才で飛び出して35年間の東京暮らし。でも年を重ねるとなんだかとっても故郷が恋しくて、昨年3月に石川県に帰ってきました。
5月5日の奥能登地震は、珠洲の蛸島(たこじま)にいました。今回の能登半島地震は富山でした。穏やかなお正月の始まりか、と思った元旦の夕方、石川県を襲った大地震。家族も無事、私の住まいもそんな大きな被害はなく助かりました。
心配だったのは、私の故郷、能登町。そして輪島、珠洲。同級生や親戚たちの被害は大きく、その日は津波警報も出ており、みんな避難所か車中泊。
私の住む街は断水、停電はあったものの、少しずつライフラインも復旧し、毎日地震はありますが、普段の生活に戻りつつあります。でもお風呂に入った瞬間、小腹が空いてお菓子を口に運ぶ瞬間、冷えたビールをノドに流し込む瞬間、ベッドに潜り込んだ瞬間、スーパーで買い物をしている瞬間、ふと思う、「申し訳ない」と。
「今頃被災域の人や、能登町の友人、親戚は辛い思いをしているのに、自分だけ…。ああ、本当に申し訳ない」。そう感じてしまうのです。もし私が、孫悟空だったらビューっと飛んでって、ピッピッピッピッって秒で町を直すのに。なんで私は孫悟空じゃないんだろう?自分の無力さに腹が立ちます。
新聞やテレビを見ると胸が痛い。涙があふれます。なのに今回被災地から届いた「のとはやさしや」のエピソードを漫画に描きながら思いました。こんな大変な目にあっているのに、やさしすぎです。能登の人は、やさしくて、辛抱強くて、祭り好きで、帰り際にお土産をしこたま持たせる(笑)。時にはがんこで、時には高倉健レベルに不器用で…。そんな能登っ子の血が私の体にも流れていることを誇りに思う。
能登はきっとこれからが大変だと思います。でもね、安心してください。きっと石川県中が、いや、日本中が、いや、世界中がきっと能登を支えてくれます。だって、能登がやさしいから。能登がみんなにやさしさの種をまいてくれていたから。そのやさしさの種が、大きな花を咲かせて能登に戻ってくると思います。
今は私もこの歯がゆさを胸にしまって、思う存分、やさしさ返しができるその日まで、自分に出来ることを頑張ります。
きっと復興できます。だから今はとにかく救出・支援。宜しくお願いいたします。
●両親の大丈夫
●困った時はお互い様
●持ってかし
●まんであったかい
※北國新聞1月7日掲載より転用
なとみみわさんプロフィール
イラストレーター。石川県能登町出身。義母の介護経験を綴った『ばあさんとの愛しき日々』(イースト・プレス)、やましたひでこさん監修で断捨離に挑戦した『1ヵ月でいらないモノ8割捨てられた! 私の断捨離』(講談社)などのコミックエッセイが話題に。構想から出版まで2年、『死ぬまでにやりたい!10のコト』(講談社)が新発売。
ブログ「あっけらかん」http://akkerakan.blog.jp/ インスタグラム @miwasowmen
構成/介護ポストセブン
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