精神科医・和田秀樹さんが教える「60代うつ」を乗り越える方法 日常生活に現れる兆候のチェックリストも
「あそこにいるのって大島渚よね。大変ね…」
あるとき、小山さんは大島監督のリハビリ先の病院で見知らぬ女性からそう声をかけられた。その女性は、話しかけた女性がその妻だと気づいていなかった。
「家に帰ってすぐに鏡を見たら、当時64才の私は90才に見えるほど老婆のような顔をしていました。あの頃は精神的な余裕がなくて化粧もせず、同じ服を着ていたんです。その顔を見た瞬間、私はこのままでは人としてダメになると思い、水泳教室やヨガ教室に通い始め、ようやく状況が好転しました。私の場合は外に出ていくことが、自分を取り戻すために最も効果があったんです」(小山さん)
これまで見てきたように、食事や生活習慣を改善し、人間関係を広げることがうつを克服する基礎となる。
他方で「これから自分はどう生きるのか」を見つめ直すことも大きな意味を持つ。
「60才からの人生を充実させるには“自分はこう生きる”と決めることが大事です。何かやり残した勉強がしたいならリカレント教育や生涯学習などで学び直せばいい。自分と向き合い見つめ直す機会であるという意味では、60才うつは第二の人生をスタートするチャンス。この機会に残り40年の人生プランを作り直せば、新しい自分になれます」(秋田さん)
名誉や思い込みを「手放す心」を持とう
うつを機に残りの人生を考える際、避けたいのが「かくあるべし思考」だ。
「“介護は人に頼ってはいけない”などのかくあるべし思考が強すぎると、うまくいかないときに自分を責めてしまい、ますますうつになりやすい。60才からはそれまでの価値観や人生観から距離を置き、かくあるべし思考を捨てて、胸を張って無責任に生きればいいんです。そうすれば楽になります」(和田さん)
そのためにもペットの飼育や家庭菜園をやってみるべきだと和田さんが続ける。
「犬や猫は人間の都合を気にしないので、ペットの世話は思い通りにいきません。だからこそ“どうすればうまくいくかな”と考えるようになり、かくあるべし思考とサヨナラできます。家庭菜園で野菜を育てる場合も思い通りにいかず、試行錯誤することが脳にはいい経験となります」
20年以上前に60代のうつを克服した小山さんは、「手放す心」が最も大切と語る。
「私はうつになってからも“自分は女優で、夫は世界の映画監督”という執着が抜けませんでした。そんなときに元上智大学名誉教授のアルフォンス・デーケン神父の『よく生き よく笑い よき死と出会う』という本を読み、いつまでも過去にしがみつくのではなく、手放す心が大事なのだと教えられました。
以降は人の目を気にせずジーパンで外出して安いお魚を買い、車いすの大島を連れて回転寿司店にも行くようになった。自分自身が精神的に自由になることで、うつから解放されたんです。誰もがなる可能性があるからこそ、うつになったらステータスや地位、名誉や思い込みを手放して一から生き直してみることが大事。それができれば、きっと違う景色が見えてくるはずです」(小山さん)
人生100年時代。60才の「うつの壁」を越えれば、また新しく素敵な人生が始まる。