女優・小山明子さんは「水泳で介護うつを克服」60才に立ちはだかる”うつの壁”を乗り越える方法【精神科医提言】
60才という年齢はこれからの人生とどう向き合うか考える重要な分岐点。だからこそ知らず知らずのうちに心が疲れ、うつ病になる人が多いという。実際にうつになり、うつを乗り越えた女優の小山明子さん(88才)の体験談をもとに専門家に対応策を聞いた。
人生100年時代に増えつつある「60才からのうつ」
人生100年時代が到来し、昔よりも長生きできるのは喜ばしいが、一方で負の側面も目立つようになった。
その1つが還暦と同時にみられる「60才からのうつ」だ。近年、気分の落ち込みや疲れ、不安、食欲のなさ、不眠といったさまざまなうつの症状を訴える人が増えている。
『60歳うつ』の著者で、メンタルクリニックオータム院長の秋田巌さんが指摘する。
「昔は60才からの人生は“余生”でしたが、人生100年時代では60才からあと40年も生きることになります。余生というには長すぎる期間を前に、多くの人が“この先をどう生きればいいのかわからない”という精神的な負担を抱き、不安や焦りからうつになっています」
精神科医の片田珠美さんも「実際に60代でうつを発症する人は多い」と言う。
「60代は定年退職して収入が減る、親族や友人を亡くす、老化で健康を損なう、再雇用によって肩書がなくなるなど、さまざまな喪失体験に直面しやすく、『初老期うつ』を発症しやすい年代です。初老期うつ病は将来への不安が強いこともあってイライラしやすく、ほかのうつより自殺率が高いという特徴があります」
さまざまな喪失体験のほかに、「脳の老化」もこの年代のうつを招きやすい。精神科医の和田秀樹さんが指摘する。
「子供が巣立ったり定年退職したことで変化のない一日を送ることが当たり前になると、脳の中で人間の感情をコントロールする前頭葉が老化し、気分が落ち込んでうつ状態になりやすい。
また年齢を重ねると、精神を安定させて幸福感を高める脳内の神経伝達物質であるセロトニンの分泌量が減るため不安感を抱き、うつを招きやすくなります」
女性は男性より「うつ」になりやすい傾向がある
うつは女性の罹患者が多いことも知っておきたい。
「医学統計によれば、女性は男性の2倍程度うつになりやすいとされます。女性は女性ホルモンの変動の影響を受けやすく、産後うつや更年期うつになるリスクが高いからです。また男女の社会的役割には格差があり、男性優位の社会の中で職場や家庭において無力感にさいなまれる機会が多いことも、女性がうつになりやすい要因だといえるでしょう」(片田さん)
女優の小山明子さん「61才のとき夫の介護でうつに」
60才うつの危険が高まる中、実際にうつを経験した人は何を思うだろうか。
「私は61才でうつになり、それまですこぶる順調だった人生が一変しました」
そう振り返るのは、女優の小山明子さん(88才)だ。
順風満帆だった彼女の人生が大きく変わったのは1996年。夫で映画監督の大島渚さん(享年80)が脳出血で倒れ、右半身まひになったのだ。
「女優の仕事をすべてキャンセルして大島の看病を始めましたが、ろくに家事をしていなかったので病人用の食事をうまく作れませんでした。それまでは仕事で自分の存在意義を確認していましたが、大島の看病は思う通りにいかず、“私はなんてダメなんだろう”と自分を責めて、食事も喉を通らず、眠れない日々が続きました」(小山)
次男が結婚し、大島監督が13年ぶりにメガホンをとる映画『御法度』の製作が発表された直後に訪れた悲劇。幸せの絶頂から奈落の底に突き落とされ、頰がやせこけて体重が15㎏も減った。
「当時、精神疾患は強い偏見のもと、まだ恥ずべき病気として世間に認知されていたので、うつのことはひた隠しにしました。“公にできない病気になった私はなんてダメな人間なんだ”とまた自己嫌悪に陥り、自宅を飛び出て死ぬ場所を探し、息子が住むマンションから飛び降りようとまで思い詰めました」(小山)
4年ほど入退院を繰り返したと話す小山さんのように、家庭に問題が生じて女性がうつになるケースは少なくない。
「女性の60才うつは、家庭内のトラブルが発端となるケースが多くあります。60才という年齢は、老親などを抱えていることも多く、近い将来やってくるであろう家族の介護の問題や、親子や夫婦の関係性の変化など頭を悩ませることが増えてくるのです」(秋田さん)
誰しもが蝕まれるリスクのある60才うつ。その壁を乗り越えて、健康長寿を果たすにはどうすればいいのだろうか。