定年後の働き方と幸せな老後のための3つの条件「自分のペースで小さな仕事を」
65才以上の就業者数は18年連続で増加し、909万人と過去最多を記録。人生100年時代、定年後も働くのが当たり前となった。老後2000万円問題や物価高も相まって「たくさん稼がなくては」と不安を感じている人も多い。そこで、定年後も働き続け、豊かな人生を送っている人たちの実例を交え、第二の人生を輝かせるキャリアプランを専門家に聞いた。
「定年後は悠々自適」は昔の話
定年後、家でゴロゴロするばかりの夫を持つ、都内在住の林京子さん(66才・仮名)が深いため息をつく。
「退職金と年金だけでは老後の生活が心配で夫には外で働いてほしいけれど、現役時代より収入の低い仕事をすることに抵抗があるみたい。“おれのキャリアに合う仕事がないから仕方ない”とウダウダ言って働こうとせず、もううんざりです」(林さん)
林さんの不満はもっともだ。ここ最近の加速度的な物価上昇に加え、年金支給の減額などが老後の生活を圧迫しており、「定年後は悠々自適」は昔の話になった。
実際、今年9月に総務省統計局が発表したレポートによると、2021年の65才以上の就業者数は18年連続で増加し、909万人と過去最多を更新。65~69才の就業率は初めて50%を超え、「生涯現役」が当たり前となった。
「ただし、定年後は現役時代と同じようにバリバリ働く必要はありません」
そう語るのは、『ほんとうの定年後「小さな仕事」が日本社会を救う』の著者で、リクルートワークス研究所のアナリスト・坂本貴志さんだ。
「一時、“老後は2000万円必要”と騒がれましたが、実際の定年後は住宅費や教育関係費などの支出が大きく減り、年金に加えて月10万円ほどの労働収入があれば家計を回せます。年齢を重ねると気力や体力が低下するのが当たり前で、現役時代のようにフルタイムで働く必要はありません。老後は心身の状態と向き合いながら、月10万円を稼げるような『小さな仕事』を見つけることが求められます」
小さな仕事とは仕事量や責任が少なく、労働時間が短い分、収入はフルタイムほど多くない仕事のことだ。
「目立つのはビルやマンションの管理人、スーパーの店員やデパートの販売員、清掃員や飲食店の店員、運転手や造園、農業など。実態は大学生のアルバイトに近いといえます」(坂本さん)
そうした小さな仕事に就くことは金銭面以外にも大きなメリットがある。精神科医の樺沢紫苑さんが言う。
「老後の人生を脅かすのは孤独です。家にこもるのではなく、週に数回でも働いて人や社会に接すれば孤独にならず、脳が刺激されて老化を防げます。また、たとえ少額でも働いて収入を得ると、自分は社会に貢献しているという自己肯定感が生じて幸せな時間を過ごすことができます」
幸せな老後を招く小さな仕事はどこにあるのだろうか。
定年後に働くことの大切さ「幸せな老後を過ごす3つの条件」
東京・千代田区にある「高齢社」。ユニークな社名のこの会社は、定年後のシニアを対象にした人材派遣業を行う。
同社代表の村関不三夫さんが定年後に働くことの大切さを説く。
「幸せな老後を過ごす3つの条件は『健康』『つながり』『そこそこのお金』です。病気になると幸せになりにくく、つながりがないと孤独を感じ、現役時代のように多くはなくても、お金はどうしたって必要です。
3つの条件を実現するのが“定年後も働き続ける”ことです。人は元気だから働くのではなく、働くから元気になります。それに働くことでさまざまな交流が生まれ、人や社会とつながることができる。さらに高齢者でも無理のない働き方をすれば、そこそこのお金を稼ぐことができます」
約1100人いる高齢社の登録者の平均年齢は71.3才で、本社スタッフの平均年齢は66才。働き手の都合を優先し、月に10万~15万円ほど稼ぐことをめざす。社名の通り、高齢者の高齢者による高齢者のための会社が重視するのは、過去の肩書にとらわれない小さな仕事だ。
「定年後は、現役時代と同じペースのフルタイムの仕事は体力が持たない場合があります。1つの仕事を2人以上で分担するワークシェアリングで、週の勤務日を2~3日程度にして、高齢者でも無理なく働けるようにしています。また、登録者には“いままでの自分を一度リセットしてください”とお願いして、現役時代とは異なる分野にチャレンジしてもらいます。過去の自分にとらわれず、常に新しい分野に挑戦する気持ちが大切だからです」(村関さん・以下同)
高齢社はもともと東京ガスOBが設立した会社で、派遣業務の約6割がガス工事や倉庫管理など東京ガス関係だが、営業補助やマンション管理など一般向けの業務も紹介する。
「ユニークな仕事といえば『運転補助』。家電メーカーのサービスマンが顧客宅を訪問して家電製品を修理する間、助手席で待機しているという業務です。駐車違反対策が主な目的ですが、取り締まりの厳しい都内では駐車場を探すのが難しいこと、また1時間駐車すると2000円以上もかかる地域もあることと相まって、かなり需要があります。また『レンタカーの営業所受付』は早朝の業務が多く、早起きが得意な高齢者にピッタリの働き方です」
一方、73才の女性は、新たな仕事に挑戦している。
「この女性は、子供が独立した60才を過ぎてから趣味で社交ダンスを始めたそうです。そして社交ダンスのドレス代や、孫のおもちゃ代を稼ぐために、高齢社の紹介でコンビニエンスストアの店員の仕事を始めました。未経験の仕事でしたが“まずはやってみる”とのチャレンジ精神を発揮して、体力と相談してパートタイムで働きながら、充実した老後を送っています」
村関さん自身も定年後の仕事に手応えを感じている。
「私は現役時代、東京ガスの役員を務めて個室をもらい、秘書もついていましたが、高齢社では仕事の内容が一変しました。まずは、高齢社に登録はしたけれど仕事はしていない『待機者』向けのアンケート票や依頼の手紙を手作業で作成することでした。一つひとつ封筒に入れて約600人に郵送する業務を半年かけて行いました。意外に大変でしたが充実した毎日で、妻からは“お父さん、前の会社で役員をしていたときより、いまの方がずっと生き生きしてる”と言われました」
定年後は、やりたい仕事をやれる範囲でやることが大切だと村関さんが続ける。
「65才を過ぎると、競馬でいえば最終コーナーを回って最後の直線に入る場面です。ここで抜いた、抜かれたの競争をするのではなく、自分に合ったペースと環境で、自分のやりたい仕事に取り組んでいく。これが大事なことだと考えています」
自分のペースで定年後も小さな仕事を続けることは、社会にとっても重要なことだ。
「超高齢化で働き手が減り、国の財政が逼迫するなか、定年後の高齢者が少しでも働いて収入を得ることは、地域経済を活性化して日本社会を支えます。多くの高齢者が小さな仕事を見つけることは、その人の幸せになるだけでなく、社会全体の幸せにもつながるのです」(坂本さん)
教えてくれた人
リクルートワークス研究所アナリスト・坂本貴志さん、精神科医・樺沢紫苑さん、高齢社代表・村関不三夫さん
文/池田道大 取材/進藤大郎、三好洋輝、村上力
※女性セブン2022年10月27日号
https://josei7.com/
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