『俺の家の話』9話|「何回引退しても、何回もカムバックすりゃいいんだよ!」は長瀬智也へのエール?
介護がテーマのホームドラマ『俺の家の話』(TBS毎週金曜夜10時から)もいよいよ今夜(3/26)最終回。これが本当に役者としての長瀬智也の見納めとなってしまうのだろうか。能楽師の父親(西田敏行)が三度目の脳梗塞で倒れてしまい、病室に家族が集まってくる。緊迫の状況の中に笑いを生む宮藤官九郎の見事な脚本、演技陣の魅力をドラマを愛するライター・大山くまおが解説します。
大きな“家族”を支えた長男
ドラマ『俺の家の話』が今夜最終回を迎える。人間国宝の父親を持つプロレスラー・観山寿一(長瀬智也)のちょっと変わった、だけど普遍的な「俺の家の話」も今日が見納めだ。
先週放送された第9話は、父・寿三郎(西田敏行)の本当の「エンディング」が近づいていることを予感させるエピソード。父の死を看取ろうとする家族たちの悲喜こもごもというどこの家にもありそうなストーリーと、能の宗家の相続という特殊なストーリーが見事に噛み合っていて、つくづく宮藤官九郎の脚本の才能を思い知らされた。
一度バラバラになってしまい、寿一とヘルパーで恋人のさくら(戸田恵梨香)しかいなくなってしまった観山家だが、また家族が家に集まりはじめていた。芸養子で異母兄弟の寿限無(桐谷健太)は自分には能しかないと思い知って家に戻ってきた。長女の舞(江口のりこ)は寿三郎のことがニュースになったのをきっかけに夫のO.S.D(秋山竜次)とともに家に立ち寄る。末弟の踊介(永山絢斗)は週末にはグループホームを訪れて寿三郎に面会しており、サブ・エンディングノートを作成していた。
前後して寿三郎が三度目の脳梗塞を発症する。心臓に持病があり、糖尿病も患っていた寿三郎は厳しい状況に。寿一、舞、寿限無、踊介、O.S.Dのきょうだいたち、孫の大州(道枝駿佑)と秀生(羽村仁成)、ヘルパーのさくらとケアマネの末広(荒川良々)、さらに寿一の元妻のユカ(平岩紙)や寿一の弟分のプリティ原(井之脇海)という広い意味での“家族”が顔を揃え、危篤状態の寿三郎に声をかけるシーンは、最初は面白いことを言うと寿三郎の心拍数が上がるという大喜利状態から始まって、最後はそれぞれが寿三郎への本心を吐露するという、文字通り笑って泣ける名シーンだった。
「家族っていいな」と思うのとともに、さくらとの関係を後回しにしてまでも懸命に家を守って家族をつなぎとめようとしていた長男の寿一あっての“家族”なんだとあらためて感じさせた。
寿一が父に見せたかった本当の姿
「俺は何も思いつかなかった」
昏睡状態の寿三郎に対して家族がそれぞれ思いの丈を打ち明ける中、肝心の寿一は何も言うことが思い浮かばなかった。葬儀屋の鬼塚(塚本高史)を呼んだり、遺影の加工をしたりと冷静に長男としての務めを果たしていた寿一だが、“素”の状態では何も言えなかった。
翌日、集まってきた弟子や幹部たちが見守る中、危篤状態の寿三郎はかすかな意識で「世阿弥マシン」とつぶやいた。それに応えるかのように現れたのは、スーパー世阿弥マシン! 弟子や家族たちが見守る前で、スーパー世阿弥マシンは自らマスクを取って正体が寿一だと明かす。
父と息子をつないでいたのは、能とプロレスだった。特に心のつながりはプロレスのほうが圧倒的に大きい。冷厳だった父は息子と見るプロレスの時間だけ、相好を崩していた。その後、息子は家を飛び出してプロレスラーになる。父親、家、能に対する反発だったが、同時に父親に認められたいという気持ちがあった。やがてスーパー世阿弥マシンとなった息子を父親は喜んで見ていた。グループホームでは抱っこされて喜んでもいた。
寿一は家を飛び出した「プロレスラー」の「バカ息子」として寿三郎と向き合う。寿一はこの姿じゃなければ、寿三郎に向き合うことはできなかった。これが彼の正装であり、本心であり、父親に見せたい姿だった。
リアルとファンタジー、それぞれの力
ブリザード寿の写真を携帯の待受画像にしていた寿三郎にとっても、プロレスラーでバカ息子の寿一は愛してやまない存在だった。兄弟たちと同じように、彼もスーパー世阿弥マシンの正体が寿一だと知っていたはずだ。じゃなければ、今際の際で「世阿弥マシン」なんて言ったりしない。
寿一が、さんたまプロレスの決めゼリフ「肝っ玉、しこったま、さんたま!」と呼びかけると寿三郎が反応し、みんなで唱和すると奇跡が起こる。寿三郎の意識が戻ったのだ。みんなで叫んでいるが、きっと物語の舞台である2021年12月はコロナの第4波が来ていないのだろう。希望の世界だ。
寿三郎が脳梗塞を発症する直前、二人で「隅田川」の話をしていたときは、自分が死んだ息子なら親に会うために亡霊になって出てくると力説する息子を見て、寿三郎はこれまで寿一には見せたことのないような笑顔で喜んでいた。寿一が能舞台の奥へ消えるときに通った「橋掛かり」は、能の世界で「この世」と「あの世」をつなぐ場所である。いわばプロレスという架空の世界から現れたスーパー世阿弥マシンは、寿三郎の前でフィクションの象徴であるマスクを外して寿一となった。
寿一と寿三郎は「父と子」である上に「宗家と世継ぎ」というリアルな問題と「プロレス」というファンタジーが混ざって、とても複雑だ。だけど、どれかを肯定してどれかを否定するのではなく、このドラマはまるごと受け止めて肯定しているのが面白い。寿一はプロレスの力を借りて奇跡を起こした。それは、成功もあったけど、失敗と挫折のほうが多かった寿一の生き様をまるごと肯定しているようにも見える。
クドカンから長瀬へのエール
プロレスといえば、ラストの長州力のセリフが宮藤官九郎から本作で表舞台から姿を消すと言われている長瀬智也へのメッセージなのではないかと話題になった。それはその通りだろう。実際、プロレスラーは何度もカムバックする。実際、長州力も2回引退している。寿一だってプロレスを2回引退するわけだから、長瀬智也も2回引退したっていいんだよね。
「俺たちが勇気をふりしぼるのはな、リングシューズを履くときじゃねえんだよ。脱ぐときなんだよ。察してやんな」
「レスラーなんて何回引退しても、何回もカムバックすりゃいいんだよ!」
長州力のこの2つのセリフは寿一へのエールであり、クドカンから長瀬智也へのエールでもある。と同時に、何かを断念したり、何かに失敗したりしがちな我々視聴者へのエールのようにも感じる。だから、『俺の家の話』はいつもなんだか温かいのだろう。最終回も楽しみだ。
『俺の家の話』は配信サービス「Paravi」で視聴可能(有料)
文/大山くまお(おおやま・くまお)
ライター。「QJWeb」などでドラマ評を執筆。『名言力 人生を変えるためのすごい言葉』(SB新書)、『野原ひろしの名言』(双葉社)など著書多数。名古屋出身の中日ドラゴンズファン。「文春野球ペナントレース」の中日ドラゴンズ監督を務める。
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