《母親の在宅介護の経験が影響?》“アラ古希”のライターが高齢者になって初めて感じた「怒りが心の中からスッと消える瞬間」
介護の経験はその人の人生観や死生観に影響を与えるのか──。間もなく69歳を迎えるライターのオバ記者こと野原広子氏が、これまでだったら怒りを感じていた出来事で「怒りが心の中からスッと消える」経験をしたという。野原氏が綴る。
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母親の介護を終えて3年
私の身体から私の一部が抜けた! 幽体離脱した! なんて言うと、いよいよオバ、おかしくなったか?と思われそうだけど、まぁ、聞いてくださいな。私もこの体験に興奮しているんだから。
3月末の生まれの私は、もうすぐ69歳になる。60代最後の1年、ということはいよいよ前期高齢者のど真ん中だ。思えば3年前に母親の介護をしていた時は、大変といえば大変だったけれど、私はまだ“娘”だったんだよね。寝たきりの母ちゃんのわがままに「ふざけんな!」と腹を立てたのも、母娘の関係の中でのこと。その間、「介護が終わったらどんなにせいせいするかしら」と何度も思ったし、正直、それを願ってもいたんだよね。
それで、65歳の私が92歳の母親を見送って、この春で3年。あの晩秋、田舎の家の寒さと母親のシモの世話に耐えられなくなった私が施設に入れる決断をした時、私の中で親子の情は切れたのね。「施設に入れるならこうしてやる!」と首に手をあてた母親を「ああ、やるならやれ」と言ったことに1ミリの後悔もないもの。
長年こだわってきたことが体から抜けた?
でもまぁ、そんな体験をすると人間が変わらないわけはないよね。死生観というほど大げさなことじゃないけど、「順番」という当たり前のことがスッと腑に落ちた感じ。「残り時間」も意識の中に入ってきた感じ。いつからそうなったかはわからないけど、そんな感じをつかんだことは確かなの。
で、その結果の幽体離脱よ。どういうことかというと、実際に幽体離脱したって話じゃなくて。私が長年こだわってきたことが、するする〜っと体から抜けたの。それがまた、実にくだらなくてね。まったくもっと早く気づけば良かったと思うけど、まぁ、何事も「時」があるからしょうがないのかな。
何が起きたかというと、仕事仲間のA子と乗車券の買い方、LINEの使い方でトラブルになったのよ。A子の希望で茨城のパワースポットの御岩神社に行こうということになり、茨城に住む弟が車を出してくれるという。A子も私もJR東日本の「大人の休日倶楽部」の会員だ。
会員は往復か、片道かで200kmを超えると乗車券、特急券、グリーン券が3割引になる。茨城は割引きを使って東京から日帰り旅をするのにちょうどいい距離なんだよね。
A子から「割引チケットが買えない」と連絡
そこで鉄子の私はA子が乗るべき行きの列車を指定してLINEで伝えた。A子が最も楽に効率よく乗れる列車を選ぶのは言うまでもない。私はこういうことを計画するの、大好き!
ところがよ。なんと前日の夕方になってA子から「割引チケットか買えない」とLINEが入ったの。私が指定した区間では「適用されません」と、駅の電話で対応した駅員は一点張りなのだそうだ。A子と同じコースを行くのは今回が初めてじゃない。前回はA子、割引きチケットを買っているのに、なぜ! 何が起きた!
考えられるのはA子の勘違いで往復ではなく片道で買おうとしたこと。あらためて私がA子に送ったLINEの画面を見る。「東京ー新治 往復で買ってね」とある。ならなぜ買えないのよ? そんな私の問いに「ダメだ。やっぱり買えない」と返信がきてから2時間半、A子からの連絡が途絶えた。
私の内なる「なぜ」がダブルになる。割引チケットが買えない「なぜ」と、A子がLINEを絶った「なぜ」。私は滅多にしないLINE電話をかけた。出ない。「お願い。電話に出て」と泣きを入れた。30分たっても折り返しがないということは電話できない事情があるからだ。それはわかるけれど「割引チケットが買えない」という未解決問題だけ残して放置されている私の身にもなってよね! と、まあ、かなりムカついたんだわね。血圧も上160は超えたと思うよ。
人のことをかまっているほど“残り時間”はない
と、その時なの。私の体から私がするりと抜けて、「人のことをかまっているほど、あんたの残り時間はないよ」と私が私に言い聞かせたのよ。「電話に出ないA子はA子なりの事情がある。電車だってA子が定価を払えばいいだけのこと。あんたが首を突っ込むことじゃないの」と。そう思ったらなんか、スーッと肩の力が抜けちゃった。だって3割引きで安くなるのは往復で2000円なんだよ。しかも他人のお財布のことで、70手前の私が怒るのはほんと、ナンセンス!
まぁ、つきものが落ちたとはこのことだね。私がなぜそんなにカリカリしたのか、自分でわかっちゃったんだ。私にとって旅はゲームなのよ。割引チケットを使う権利があるのに、それを使わないのは、わがチームの敗北なの。最近はホテルもそう。同じ宿なのに申し込むサイトによって値段に差がつく。最低価格とはいかなくても、それに近い値段で予約しないと負け。
ほんとにもうね。私が30代から50代までギャンブル依存症になって身を持ち崩した理由もこれだったんだわ。ゲームを熱くするためにお金を絡ませて、バーチャルをリアルにして興奮する悪いクセ。
「それ、もうやめな。ゲームはほどほどにして自分の身の丈を守っておだやかに暮らす。それが正しいアラコキの生き方だよ」
あーあ、こんな声を私の中から聞こえてくる日が来るなんてほんと、いくつになっても年相応の学びがあるんだなと思った週末でした。
◆ライター・オバ記者(野原広子)
1957年生まれ、茨城県出身。体当たり取材が人気のライター。これまで、さまざまなダイエット企画にチャレンジしたほか、富士登山、AKB48なりきりや、『キングオブコント』に出場したことも。バラエティー番組『人生が変わる1分間の深イイ話』(日本テレビ系)に出演したこともある。2021年10月、自らのダイエット経験について綴った『まんがでもわかる人生ダイエット図鑑 で、やせたの?』を出版。実母の介護も経験している。
