『鎌倉殿の13人』の脚本家・三谷幸喜の初期傑作『王様のレストラン』は年末年始の観るご馳走
「過去の名作ドラマ」は世代を超えたコミュニケーションツール。2022年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の脚本家・三谷幸喜の人気を不動のものにしたドラマといえば『王様のレストラン』。ドラマを愛する大山くまおさんがその魅力を解説します。1年以上先の大河の放送をわくわく待ちながら、家族で過去の名作を堪能するのも年末年始の楽しみのひとつになりそうです。
三谷幸喜の間違いなく代表作
次々とキャストが発表され、話題を集めている2022年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』。大河三度目の登板となる脚本家・三谷幸喜の代表作が『王様のレストラン』(95年)だ。
出演は松本幸四郎(現・松本白鸚)、筒井道隆、山口智子、鈴木京香、西村雅彦(現・西村まさ彦)、小野武彦、梶原善、白井晃、伊藤俊人、田口浩正、杉本隆吾、ジャッケー・ローロン。歌舞伎界の大御所、トレンディ俳優、小劇場の俳優の混成部隊である。
驚くべきは全11話、ほぼレストランの中のみだけで進行するということ。出演者もレストランの従業員たちと数人の客だけ。舞台出身の三谷の面目躍如たる脚本はもちろん、キャスト陣の熱演、鈴木雅之(映画『マスカレード・ホテル』など)による的確な演出、服部隆之(『半沢直樹』など)のゴージャスな音楽とすべてが一級品の名作ドラマだった。
ストーリーは、ダメな従業員ばかりで三流に成り果てていたフレンチレストラン「ベル・エキップ」を、伝説のギャルソン・千石武(松本幸四郎)が若きオーナーの原田禄朗(筒井道隆)、才能はあるがやる気のないシェフの磯野しずか(山口智子)らとともに立て直していくというもの。きわめてシンプル。
このレストランの従業員の意識がどれだけ低いかというと、材料を切らしていてメニューの料理ができない、料理の説明もできない、あげくの果てにはレストランの入口や厨房でプカプカとタバコを喫っているのだから、まさに第1話のタイトルどおり「この店は最低だ」。最低の店は最低の客(金田明夫)を招いてしまうのだが、その客を帰らせる千石のセリフがいい。
「私は先輩のギャルソンに、お客様は王様であると教えられました。しかし、先輩は言いました。王様の中には首を刎ねられた奴も大勢いると」
三谷脚本、キレッキレである。
『王様のレストラン』の元ネタとは?
『古畑任三郎』(94年)が『刑事コロンボ』シリーズのフォロワーだったように、『王様のレストラン』は山田太一脚本の名作ドラマ『高原へいらっしゃい』(76年)のフォロワーだと筆者は思い込んでいた。『高原へいらっしゃい』はホテル支配人・田宮二郎の指揮のもと、ダメな従業員たちがホテルの再建を目指すというストーリーで、03年には佐藤浩市主演でリメイクされたている。
ところが『三谷幸喜 創作を語る』(松野大介との共著/講談社)によると、三谷は市川森一脚本の『淋しいのはお前だけじゃない』(82年)をやりたかったのだと明かしている。こちらは西田敏行演じるサラ金の借金取りが、借金まみれのろくでなしが集まる旅芸人の一座を率いて旅をしながら借金を返していくというストーリー。
ここに挙がったドラマは、どれも「弱い人間が集まって頑張る」というお話である。『スクール・ウォーズ』(84年)とかもそう。ある意味、ドラマの王道なのだろう。
三谷は市川森一の大ファンを公言しており、大河ドラマの歴代ナンバーワンとして市川の『黄金の日日』(78年)を挙げている。『黄金の日日』の主役は松本幸四郎だ。『王様のレストラン』で松本が起用されたのは三谷自身の要望だった。なるほど、つながった!
また、筋金入りの脇役俳優、小野武彦の起用も彼が『淋しいのはお前だけじゃない』に出演していたから三谷が要望して決まったものだった。本作の出演によって小野は一躍脚光を浴びるが、一般的に彼のブレイク作は『踊る大捜査線』(97年)だと言われているのが三谷は悔しいらしい。
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「だったら一流なんかにならなくていい」
印象的なエピソードは多々あるが、ここでは最終回直前の第10話を取り上げたい。
しずかの料理の腕前に対してコンプレックスを感じていたパティシエの稲毛(梶原善)は職場放棄して失踪(地下のワイン蔵でいじけているだけなのだが)。稲毛の腕を評価していなかった千石は、一流レストランになるためにも彼をクビにして新しいパティシエを雇うべきだと主張する。しかし、それに真っ向から反論するのが、お人好しの禄朗だった。
「別のパティシエを呼ぶ必要はありません。僕は今のメンバーでやっていきたいんです。このメンバーで店を一流にしてみせる」
千石に「無理です」と否定されても、禄朗は「他の人を雇って店が評判になっても何の意味があるんですか!」と食い下がり、「だったら一流なんかにならなくていい」と言い切る。
頼りになる男でいつも正しいと思っていた千石に実は驕りが生まれていて、頼りなかった禄朗が仲間たちを守るリーダーになっていたのだ。
店を成長させるには、千石の判断は合理的かもしれない。事実、日本の世の中はその後、そういう方向に舵を切った。だけど、『王様のレストラン』は「弱い人間が集まって頑張る」ストーリーだ。弱くてダメな人たちが、失敗しながら努力して最後には「奇跡」を起こす。それは優しすぎるファンタジーかもしれないけど、今あらためて見ると心にしみる。三谷は前掲書の中で、このように語っていた。
「選ばれてない人たちが、『この物語は自分たちのことだ』と思ってくれて、励みになるものを書く。それは選ばれた人間には出来ないと思うんです。選ばれていない側だからこそ描くことが出来る気がして」
これは大河ドラマ『新選組!』についてのコメントだが、『王様のレストラン』にも通底している考え方だろう。三谷幸喜が「選ばれていない側」の人とはとても思えないのだけれど……。
『王様のレストラン』と『鎌倉殿の13人』
先に『王様のレストラン』はフレンチレストランのみで話が進むと書いたが、これは三谷が自分から設けた制約だった。彼は脚本を書くとき、制約があればあるほど楽しくなるのだという。たしかに三谷の作品は制限された場所のみで進む物語が多い。
新作の『鎌倉殿の13人』も鎌倉幕府の合議制がテーマとあって、密室で展開する集団劇になると予想されている。新型コロナウイルスの影響で、撮影にも制約があるはずだ。
また、『鎌倉殿の13人』について三谷は「この時代は本当におもしろい」とコメントを寄せているが、『王様のレストラン』の登場人物の名前を見ると、磯野しずかが静御前、三条政子(鈴木京香)が北条政子、水原範頼(西村雅彦)が源範頼、梶原(小野武彦)が梶原景時、稲毛が稲毛重成などと、鎌倉時代の人物から採られている名前が多いことに気づく。
大好きな大河ドラマで、大好きな鎌倉時代で、制約たっぷりの環境ということで、三谷幸喜は今、脚本を書きながら楽しくて楽しくて仕方ないんじゃないだろうか。放送までにはまだ1年以上あるが、今から楽しみでならない。その前に未見の方はぜひ『王様のレストラン』をご堪能あれ。
『王様のレストラン』は配信サービス「FOD」で視聴可能(有料)
文/大山くまお(おおやま・くまお)
ライター。「QJWeb」などでドラマ評を執筆。『名言力 人生を変えるためのすごい言葉』(SB新書)、『野原ひろしの名言』(双葉社)など著書多数。名古屋出身の中日ドラゴンズファン。「文春野球ペナントレース」の中日ドラゴンズ監督を務める。
●『北の国から』は父の視点、子の視点、母の視点…あらゆる視点を内包する傑作である