有村架純×林遣都『姉ちゃんの恋人』4話「弱い人に優しい人でいてほしい」…今、当たり前が踏みにじられている
『姉ちゃんの恋人』4話(フジテレビ系毎週火曜午後9時〜)では、真人(林遣都)の過去の事件が明らかになり、桃子(有村架純)との恋に踏み出せない辛い心境が示された。真人の立場では幸せを願うこともかなわないのだろうか。名脚本家・岡田惠和のセリフに、シーンに込められたものをライター・大山くまおさんが考察します。
このドラマの主演は有村架純と林遣都だ
「しょうがないと思うんですよ。起きてしまったことは。大事なのは、その後どう生きるかだから」
有村架純、林遣都主演のドラマ『姉ちゃんの恋人』は、コロナ禍の現代を生きる等身大の若者たちが、それぞれ重い過去を背負いながらも、家族や仕事仲間を助けたり、助けられたりしつつ、新しい恋をしていくという物語。脚本は朝ドラ『ひよっこ』などで有村とタッグを組んできた「何気ない日常」を描く達人、岡田惠和。
先週放送された第4話は、「ついに告白!秋のBBQダブルデート」と可愛らしいタイトルがついていたが、ついに明かされた真人(林)の過去がどうしようもなく苦しく、重いものだったことで、心かき乱された視聴者も多かったと思う。
冒頭の言葉は、真人の過去を知らないまま語っていた桃子(有村)のセリフ。愛の告白をまじえた桃子の長い言葉を、真人はほとんど黙ったまま受け止め続けた。その表情の一つひとつがどれも素晴らしく、このドラマの主人公は有村架純なのだけれど、まさしく「姉ちゃんの恋人」である林遣都もたしかに主人公なんだとあらためて感じさせられた。だから、あえて「有村架純、林遣都主演」と書かせていただいている。
「弱い人に優しい人でいてほしい」
第4話の前半で印象的だったのは、桃子が弟の和輝(高橋海人)、優輝(日向亘)、朝輝(南出凌嘉)と自分のことを報告しあうシーン。それぞれが家計のこと、学校のこと、バイトのことなどを包み隠さずに語り合っている。
思春期の少年たちが屈託なく自分のことを家族に話すことがちょっと不自然に見えるかもしれないが、このシーンはそれだけ安達家が辛い状況に置かれ続けていたことを示している。突然、両親を事故で亡くし、姉の桃子が進学を諦めて働いて弟たちを養わなければいけなかった安達家は、お互いが寄り添って慈しみ合いながら生きていかなければ、一瞬で砕け散ってしまう危うさと脆さを隠している。彼らの仲の良さは生き延びるために彼ら自身が懸命に作り上げてきたものだ。真人が母親の貴子(和久井映見)が不安に思うほど優しく接する吉岡家も同じ状況にあると言える。
それでも桃子は、自分たちは幸せなほうだと言う。両親が遺してくれた立派な家があるおかげで、日々の生活に困らないで済む。毎月家賃を支払っていたら、あっという間に家計は破綻しているだろう。自分たちは恵まれている一方で、世の中にはもっと辛い目に遭っている人たちがいる。そのことを自覚してほしいと桃子は弟たちに語りかける。
「そのもらったきれいな顔で、どう生きるかはあんたら次第。生き方とか考え方とか、きっと顔に出る。だから、ずっときれいな顔でいてほしい。優しい人でいて。弱い人に優しい人でいてほしい。弱い人の気持ちがわかる、考えられる人でいてほしい」
弱い人が辛い目に遭っているのは、その人の自己責任なんかじゃない。「弱い人に優しい人でいてほしい」というメッセージは現在公開中の大ヒットアニメ映画『鬼滅の刃 無限列車編』でも語られていた。逆に考えると、こんな当たり前のことを声に出して言わなければいけないほど、今の日本の社会で弱い人たちは強い人たちや恵まれている人たちに踏みにじられているか、無視されている。
理不尽な悲劇は突然やってくる
第4話では、先に触れたように、真人が抱えている過去が明かされた。
真人がサラリーマン時代、恋人の香里(小林涼子)と連れ立って歩いているところを、いきなり見知らぬ男たちに襲われてしまう。香里が押し倒されて泣き叫んでいる横で、殴られ、蹴られ続ける真人。真人は落ちていた木の棒で男たちに重傷を負わせるが、香里は警察に男に襲われた事実などなかったと証言し、酒を飲んで一方的に暴行を働いたとして真人は懲役2年の実刑判決が下された。このことが原因で母親の貴子は教職を辞している。父親の死因も関係しているかもしれない。
真人と香里が襲われたのは、六本木通りと外苑西通りが交わる西麻布の近く。そんな都会のど真ん中で、カップルが行きずりの男たちに襲われるようなことがあるのかといえば、「ある」としか言えない。少なくとも可能性はゼロではない。また、性犯罪の被害に遭った女性が証言をしないことも少なくない。加害者の弁護士が被害者に「証言をすると不利になる」と働きかける悪質な弁護活動もあるという(法務省/性犯罪に関する施策検討に向けた実態調査ワーキンググループ「第2回」より)。
真人はいきなり見知らぬ男たちに襲われた。桃子の両親は信号を守って歩いていたのに車に轢き殺された。1年前に今のような世界を想像していた人はいなかったのと同じぐらい、理不尽な悲劇は突然やってくる。ほのぼのとした雰囲気の『姉ちゃんの恋人』にこのような悲劇が挿入されたことで拒否反応を示した視聴者もいたようだが、ほのぼの暮らしているような人たちが辛い経験を隠し持っていることだってたくさんある。桃子の言葉、「弱い人の気持ちがわかる、考えられる人でいてほしい」は、そのような想像力を持つことの大切さを言っているのだろう。
ただ、襲われた真人の恋人、香里のその後のことがまったく描かれなかったところがちょっとひっかかる。真人の辛い過去を演出するための書き割りの登場人物になってしまっているような気がするのだ。不幸な彼女のことにも今後どこかで触れてやってほしい。
林遣都の素晴らしい目の演技
辛い過去を抱えているのは桃子と真人だけじゃない。陽気な職場の先輩、悟志(藤木直人)も抽象的ではあるが、辛い生い立ちを日南子(小池栄子)に明かしていた。彼の境遇も今後明らかになっていくだろう。それにしても、深い諦念を背負った真人を思わず笑顔にする悟志の人間力ってすごいんじゃないだろうか。
真人はたまらなく微妙な表情で桃子の愛の告白を受け止めた。彼は自分の幸せを諦めた男だ。自分と交際する女性は不幸になる、いや、自分が女性を不幸にしてしまうと強く思っているのだろう。偶然、2人の様子を見かけた、2人の過去をよく知る川上(光石研)の表情が強張るのも不吉さを物語っている。
繰り返しになるが、言葉を使わず、わずかな表情のゆらぎと目の動きだけで微妙な感情を表す林遣都の表現力が本当に素晴らしい。さっきまで優しい笑顔をたたえていたのに、ほんのわずかなきっかけで目の奥に深い翳りや怯えを宿す。岡田惠和が真人の役を当て書き(俳優をあらかじめ想定した上で脚本を書く)し、林遣都が見事にそれに応えた演技を見せている。やっぱりこのドラマの主人公は有村架純と林遣都の2人だ。
まだドラマは中盤戦。この後、どんな展開が待ち受けているのか。大事なのは理不尽な不幸の後をどう生きるのか。2人とまわりの人たちがささやかな幸せを守っていけるかどうか見守っていきたい。
『姉ちゃんの恋人』これまでのレビューを読む
→コロナ禍の家族ドラマ『姉ちゃんの恋人』1話『ひよっこ』脚本家と有村架純の名タッグが嬉しい
→有村架純×林遣都『姉ちゃんの恋人』2話。しゃがみ込む桃子、触れようとした手を下ろす真人。過去に何が?
→有村架純×林遣都『姉ちゃんの恋人』3話。幸せな風景に気後れする人たちを癒やす
『姉ちゃんの恋人』は配信サービス「FODプレミアム」で視聴可能(有料)
文/大山くまお(おおやま・くまお)
ライター。「QJWeb」などでドラマ評を執筆。『名言力 人生を変えるためのすごい言葉』(SB新書)、『野原ひろしの名言』(双葉社)など著書多数。名古屋出身の中日ドラゴンズファン。「文春野球ペナントレース」の中日ドラゴンズ監督を務める。
●『北の国から』は父の視点、子の視点、母の視点…あらゆる視点を内包する傑作である