『のだめカンタービレ』上野樹里の天才的演技、玉木宏の美しい涙。豪華出演陣のオーケストラに引き込まれる
「過去の名作ドラマ」は世代を超えたコミュニケーションツール。11月2日から放送開始の月9『監察医 朝顔』(フジテレビ)の主演・上野樹里が大ブレイクした『のだめカンタービレ』(2006)を、ドラマ大好きゲーム作家の米光一成さんが振り返ります。しっとりした「朝顔」と、同名マンガ原作からそのまま飛び出してきたようなポップなヒロイン「のだめ」の演技を、時を超えて見比べるのも配信の楽しみ方です。
実写ドラマ化のハードルを超えた傑作
『のだめカンタービレ』は、2006年10月から12月まで全11話、フジテレビで放送されたドラマだ。
最終回は視聴率21.7%。2008年1月4日、5日の2夜連続でスペシャルドラマも放送され、2009年12月と2010年4月に、完結編にあたる映画が前後編で公開された。
原作は二ノ宮知子の傑作マンガ。全25巻で完結している。マンガが傑作であればあるほど、ドラマ化は難しい。ドラマそのものとしては傑作であろうとも、ファンの脳内の理想イメージとズレると、その違和感のせいで不興を買うことも多い。
ドラマ版『のだめカンタービレ』は、そんなハードルの高さをゆうゆうと飛び越えた。
「のだめ」は、主人公野田恵(のだめぐみ)のあだ名、「カンタービレ」は「歌うように、表情豊かに」という曲想を表す音楽用語。
のだめは、桃ヶ丘音大ピアノ科3年生で、破天荒な天才タイプだ。勝手に曲を作り変えてしまうが、その演奏は聴く者のこころを捕えてしまう。ふだんの本人も、みんなから「変態」と呼ばれるとんでもないキャラクターだ。
「ふぎゃーっ」「はぎゃーっ」「ぎゃひーッ」と奇声を発し、おフロは1日おき、シャンプーは3日おき(マンガでは5日おき)、部屋はすさまじい汚部屋。これは、マンガでしか表現できない愛らしさであり、高飛車美形の千秋真一先輩との軽妙なやりとりも、実写ドラマ化はむずかしいと、ファンならだれもが思っていたはずだ。
マンガはマンガ、ドラマはドラマ、別のモノとして観よう。そう覚悟していたら、あにはからんや!実写で動いて、ドラマ的な感動もあるが、マンガそのものではないか。
上野樹里の天才的演技
なにしろ、ドラマとしてまったく違うキャラクターに変えられてしまうと覚悟していたヒロインのだめが、マンガそのものなのだ。
のだめを演じる上野樹里が、完全にのだめそのものに見えてくる。顔のタイプは少し違うのだけど、憑依型の演技で、のだめだとしか思えなくなるから不思議。無邪気を通り越したパワフルなキャラクターを魅力的に造型し得たのは、彼女の天才的演技なくしてはありえなかっただろう。と同時に、上野樹里も無邪気を超越した天才だとこのときは思い込んでしまった。本人の素も
きっとこんな感じであるに違いない、と。
もちろんそんなことはなく、たとえが、13年ぶりの月9ドラマ主演作『監察医 朝顔』(2019年。2020年11月2日から新バージョン放送開始)ではまったく違うタイプの人物を演じた。幅の広い演技ができる女優なのだ。
破天荒なのだめに突っ込む千秋真一を演じたのが玉木宏。このころは器用に演じるというよりも、その存在感と美形っぷりでナチュラルに演じるタイプにみえた。が、それがすごく良くて、最終回の千秋真一が目を真っ赤にしているシーンは、ほんとうに千秋真一である玉木宏が泣いているのだと感じられ、ぼくもつられて泣いてしまった。
ロックテイストのバイオリニスト・峰龍太郎を瑛太。
大きなアフロヘアにちょびヒゲのティンパニ奏者・奥山真澄を小出恵介。
オーボエ奏者・黒木泰則を福士誠治。
ピアノ科の落ちこぼれ専門教師・谷岡肇を西村雅彦(『古畑任三郎』の今泉慎太郎だ!)。
同じくピアノ科のきびしい指導のハリセン教師・江藤耕造を豊原功補。
チェリスト・菊地亨を向井理。
興奮するとしゃべり方が美文調になってしまう音楽批評家・佐久間学を、ミッチー(及川光博)。
他にも、宮崎美子、岩松了、伊武雅刀、秋吉久美子など、豪華個性派ぞろい。登場キャラクターがけっこう多いドラマなのだが、全員が全員ハマり役でぴったりなため「誰だっけ?」となることもない。
最大に大胆なキャスティングは、竹中直人だろう。世界的なドイツ人指揮者フランツ・フォン・シュトレーゼマンの役を、どうみても日本人の竹中直人が、かつらを被って、特殊メークで鼻をつけて演じるのだ。
のちに、監督の武内英樹は、この大胆なキャスティング方法を、ヤマザキマリのマンガ『テルマエ・ロマエ』を実写映画化するときに炸裂させる。古代ローマ人役を阿部寛や市村正親などの日本人俳優でいけしゃあしゃあとやるという大胆な手法で成功させるのだ。
→『古畑任三郎』傑作エピソードベスト3は?こんな人も!?という豪華な犯人と倒叙型ミステリーの楽しみ方
ノリにノって完全にマンガ的表現に
全員ハマり役なドラマを実現したのは、役者陣の力はもちろん、大胆で繊細な演出は特筆すべきだろう。
「なーにやっとるんじゃおらー!」
ハリセンを持った江藤先生が、ポーズ固定で3メートルぐらい横に飛んでハリセンではたく。片足を滑車台か何かにのせてスライドして移動しているのだと思うが、ふつうの人間に可能な動きじゃない。
はたかれた千秋さま、顔をゆがめながら、画面外に吹っ飛ぶ。ハリセンで人間が吹っ飛ぶことはないので、これも現実的な物理法則としてはおかしい。
しかも、千秋が吹っ飛ぶ前のゆがめた顔の動きは、瞬間、スローモーションになり、口からの飛沫もはっきりと映し出されて、マンガのコマようだ。飛沫は、わざわざCGで書き加えている。この後、「たった2小節で間違えるな」と千秋先輩に譜面を投げつけられ、のだめが吹っ飛ぶシーンでは、画面に迫ってくるのだめの目からCGの涙が飛び出す。
どちらも、とてもマンガ的なリアリズムに支えられており、原作マンガを絵コンテのように正確に実写化したかのように思わせる。
が、驚くことにそうじゃないのだ。
原作マンガでは、この2つのシーン、どちらも吹っ飛んでいない。
千秋先輩がはたかれる場面は、原作マンガでは「ドバシィ」と巨大な書き文字がありハリセンではたかれているのは同じだが、吹っ飛んでおらず、千秋はピアノの前の椅子に座ったままで、楽譜だけが散らばる。のだめが吹っ飛ぶ場面も、吹っ飛んでいない。
マンションの部屋の前で、酔いつぶれて寝ている千秋先輩をのだめが拾う場面。のだめが「どうしよう」と困り、コンビニの袋からお菓子を出す。千秋先輩の顔を見て、ふあーっとなったのだめの顔から、ピンク色のハートマークがぽよよんと飛び出すのだ。これも完全にマンガ的表現だ。原作漫画のこの場面、ハートマークは使われていない。展開やセリフは、ほぼ原作通りなのに。
胴体着陸する飛行機を模型であることがはっきりとわかるように見せた。首根っこをひっつかまえて、くの字になったままののだめを引きずって運ぶ場面を違和感なく再現した。殴られる人を吹き飛ぶ瞬間にそっくりさん人形に入れ替えて、重力のないリアリズムで描いた。
演出もどんどん大胆になってきて、ノリにノっているのがわかる。
原作マンガを絵コンテのようにしてひたすら忠実に実写に置き換えるのではなく、時には原作マンガにもないマンガ的技法を実写で行う絶妙で大胆な演出と、役者陣の力で、原作ファンにすら「これは原作通りだ」と錯覚させた。
演奏の描写そのもので感動
もちろん音楽の使い方にもぬかりはない。
中島みゆきの「地上の星」(太鼓の達人バージョン)から「美しき夕暮れ」(服部隆之作曲のピアノ曲)へとつながる演出や、のだめがピアノを弾きながら自由に歌う「おなら体操」、超難曲「ペトルーシュカ」に「今日の料理」(「きょうの料理」の曲)がミックスされてしまう爆笑の演奏、着ぐるみマングースのピアニカも混じってのオーケストレーション。最終話最後の演奏は、回想シーンも挿入しながら、10分間、じっくりと聞かせて、観せて、圧巻だ。
「演奏しましたよー」という段取りでちらっと入れるのではなく、演奏シーンをじっくりと観せ、演奏の描写そのもので感動させるのだ。
最後の演奏の直前にシュトレーゼマンが語る。
「今この瞬間の音楽を奏でられる喜びが精神から溢れ出る。音楽を続けられることが決して当たり前でないことを彼らは私に思い出してくれました」
いまこそ観るべき傑作だ。
『のだめカンタービレ』は配信サービス「FOD」で視聴可能(有料)
文/米光一成(よねみつ・かずなり)
ゲーム作家。代表作「ぷよぷよ」「BAROQUE」「はぁって言うゲーム」「記憶交換ノ儀式」等。デジタルハリウッド大学教授。池袋コミュニティ・カレッジ「表現道場」の道場主。
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