#エンジョイステイホーム「また観たい名作ドラマ」『とんぼ』で長渕剛が格闘する「クソったれな世の中」はマシになった?
「過去の名作ドラマ」を配信サービスで観るという娯楽が、外出自粛生活の中で根付きつつある。そこで、忘れられない名作をドラマ好きライターが紹介していくシリーズがスタート。第1回は、米光一成氏が『とんぼ』を振り返る。バブル期の風俗が苦々しくも懐かしい。長渕剛が格闘した「クソったれな世の中」は、放映から32年を経て、少しでもマシになっているのだろうか。
地上波で放送できない内容だろう
長渕剛主演の『とんぼ』は鮮烈だった。
1988年10月からTBSで放送されたテレビドラマ。ゴールデンタイムでありながら、主人公はヤクザだ。
しかも、「それがヤクザってもんだろうが」と言って渋滞で邪魔な車にガンガンぶつかりながら車を進めたり、いきなり「いくらならつきあうんだ」と女に札束たたきつけたりと、カフェバーで働く妹に「こんなところで働くと人間が汚れてくんだ」と説教をし店を買ってやるから辞めろと言い放つ。まったく「正義の人」ではない。
己の美学に従うが、ぜんぜんダメな人間でもある複雑なキャラクターなのだ。
今や、地上波では放送できない内容だろう。
長渕剛が演じる小川英二は、2年の刑期を終えて出所した暴力団の若頭。ところが迎えに来たのは、舎弟分の水戸常吉(哀川翔)だけ。組からは裏切られ、組長と対立、筋を通しているうちに破滅の道へ突き進んでいく。
のちに長渕キックと呼ばれる
長渕剛は、大傑作『家族ゲーム』(TBS連続テレビドラマ版)で奔放な家庭教師役を演じ、続編等で人気を獲得していた。気のいい兄貴のイメージだったフォークシンガー長渕剛そのままの役柄だった。
『家族ゲーム』は、家庭教師役の長渕剛と、中学生の教え子(松田洋治)の喧嘩特訓シーンが、躍動感とリアルさにあふれていた。「裏番組がプロレスだったので、こっちもガチのプロレスですよ」と放映当時、長渕剛自身がインタビューで答えていたと記憶する。ほとんどがアドリブで、生の迫力だったのだ。
長渕剛自身が役に入り込んでキャラクターを「生きる」ことでうまれる迫力は、この『とんぼ』で炸裂する。
初回16.4%だった視聴率もグイグイあがって最終回は21.8%。
フルスイングで蹴りを入れて、自分自身もバランスを崩して、周りのモノを転倒させ、ふらついたまま次の手を出す、独特の暴力シーンは、のちに長渕キックと呼ばれるようになる。
長渕剛が、英二役にはまり込んで、ドラマ撮影時以外でもどんどん英二的な性格になっていたのは、有名なエピソードだ。
まんま英二なエピソード
「とんぼ」と同時期に製作されたNHKドラマ「うさぎの休日」で、長渕剛は、地価狂乱の時代にマイホーム購入に奔走する飛行機整備士を演じている。郊外の一軒家を見ているときに知り合ったサラリーマンは、通勤2時間半、満員電車で疲弊していると語る。結局マイホームに帰る日々を断念して、東京にマンションとは名ばかりの寝台車みたいな部屋を借りて働き続けるサラリーマンに、「負けんじゃないっすよ、こんなクソったれな世の中に」とエールを送る。
それは、自分自身へのエールでもあり、世の中でどうにかこうにかサバイブしつづける男を、長渕剛は演じた。その長渕剛が「クソったれな世の中」に一歩も妥協せず、「やっつける」ことにしたのが、ドラマ『とんぼ』だ。
どこまでが本当で、どこまでがいわゆる都市伝説かはわからないが、いくつものエピソードが残っている。
企画段階ではヤクザだと明記されておらず、撮影がはじまるまで、スタッフもプロデューサーもほとんど主人公がヤクザだとは知らなかった、とか。耳を切るのはやりすぎだということで止められていたが、こっそり美術版に耳を用意させて撮り切った、とか。長渕剛と脚本家の黒土十三の密談で脚本製作が進められていて、テレビ局の規制を無視。局側とはもめにもめており、これが終わったら出入り禁止を覚悟していた、とか。
もう、まんま英二なんである。
ドラマの英二も、話数が進んでいくうちに、どんどん変わっていく。
『とんぼ』の最初の1話、2話、3話は、けっこうコミカルだ。怖いイメージのヤクザ英二と、それとはちょっとズレだ人間英二のギャップで、クスクス笑える。出所すぐ荷物を返してもらって、そこにある新ポポンS錠をむさぼり食べる。
食べる前になんでもにおいを嗅いでしまう。酒に弱くて、中国茶しか好まない。食べたらすぐにトイレに行く。
洗濯にきた妹に「大人になれ」と説教するが、「大人はパンツを汚しません」と反論されぐうの音も出ない。いま書きながら気づいたが、これ全部「胃腸が弱い」という設定から出てきたキャラクター造形だ。
それを、見事に自然にディテール豊かに長渕剛は演じた。
魂の抜けた眼で殴り続ける
世の中のダメなところや不合理なところに、屈せず、ガンガンぶつかっていく豪快なキャラクターでありながら、本人自身も、ぜんぜんダメで不合理な部分がある矛盾を抱えた人物像であり、ダメっぷりに「ひーー」となりながらも、そのギャップがいとおしくクスクス笑える魅力を持っていた。
前半、英二と舎弟の常吉がふたり歩くシーンがたびたび登場する。ふたりは、こづきあったり、肩を組んだり、笑顔でじゃれ合っている。周りの人にぶつかることもあるぐらいふらふらと歩く。
それが、後半に進めば進むほど、まっすぐ独りで英二が歩く姿が増えていく。もちろん物語が殺るか殺られるかの状況になっているせいもあるが、どんどん英二の目が、冷徹になっていくのだ。
英二が、棍(こん)棒でヤクザの頭部を殴りつけるシーンがある。
このとき英二は、「おおお!」と叫んだり、怒りで体を震わせたり、勢い余ってバランスを崩すこともない。ただ、魂の抜けた眼で、たんたんと殴り続ける。
英二が罵り破壊しようとした世の中は、ますますクソったれになったように見える。もし、いまの世の中に英二が再び現れたら、彼はどのように生きるのだろうか。
『とんぼ』(TBS連続ドラマ版)は配信サービス「Paravi」で視聴可能(有料)
文/米光一成(よねみつ・かずなり)
ゲーム作家。代表作『ぷよぷよ』『BAROQUE』『はぁって言うゲーム』『記憶交換ノ儀式』など。デジタルハリウッド大学教授。池袋コミュニティ・カレッジ「表現道場」の道場主。
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