「普通のごはん」で高齢者を元気に 安全第一主義の真逆をいくデイ
「まずい! 次はステーキがいい」阿川佐和子さんの父・弘之さんが「最期の晩餐」となった天ぷらを食べて発した一言。2015年に病院で亡くなった弘之さんは不平不満を言いながらも阿川さんが差し入れる天ぷらやステーキなど「普通のごはん」を心待ちにしていた。
病院や介護施設では、介護食が当たり前の今こそ、そのあり方を問いたい。
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要介護認定を受けている人にも全て常食を出すデイサービス施設
「大好きな揚げ物があってうれしいわ」
「今日は今まででいちばんおいしいんじゃない?(笑い)」
「いつもごはんの時は入れ歯を外すのに、カメラを向けられてて、忘れちゃってたわ」
ここは、群馬県桐生市のデイサービス『OHANA』。認知症など要介護認定を受けているとは思えぬほど、お年寄りたちは互いに会話を弾ませながら、食事を頬張る。片手に麻痺が残る人も自らフォークを使い、きれいに口に運んでいる。
この日のメニューは、五目ごはんに大根とわかめとにんじんのみそ汁、コロッケ、こんにゃくのピリ辛和え、湯豆腐、きゅうりの塩昆布和え、そしておしんこ。12時15分、10人の男女が待ってましたと歓声をあげた。
職員も同じテーブルで見守りながら食べるスタイルで、「もう少し一口を小さくした方が食べやすいんじゃないかな?」と助言はするが、食事を口に運ぶのを手伝う介助はしない。
驚くのは、利用者がみな常食とよばれる“普通のごはん”を食べていることだ。介護施設や病院で見かける、食事エプロンという名の“よだれかけ”もしていない。
30分ほどで、成人男性が満腹になるほどの量をペロリと平らげてしまった。この日は、利用まもない1人を除いてはみな完食。米粒1つ残らないピカピカのお茶碗が何個も厨房へ運ばれて行った。
誤嚥性肺炎を避けるべく流動食になりがちだが…
2016年に厚生労働省が行った調査によれば、80代の死因はがん、心疾患に次いで、肺炎が続く。90代以上になると、老衰を除けば、心疾患の次に多い死因は肺炎だ。高齢者歯科学を専門とする、東京医科歯科大学の戸原玄准教授が言う。
「高齢者がかかる肺炎の70%以上が、『誤嚥性肺炎』といわれています。高齢になると口の周りの筋肉の衰えや反射の遅れから、食べ物をのみ下す嚥下の機能が衰えます。すると唾液や食べ物、胃液が細菌とともに気管に入ってしまう誤嚥を起こしやすくなる。その結果、肺の中で細菌が増え、肺炎を発症してしまうのです」
高齢者が食事中にむせて食べものを詰まらせることは死と隣り合わせなのだ。危険な誤嚥を避けるべく、高齢者向けの食事はとろみをつけた「流動食」や、食材を細かく刻んだ「きざみ食」、ミキサーにかけた「ミキサー食」などが主流となっている。
矢野経済研究所の調査によれば、これらの“介護食”の市場は2011年から2015年の5年間で約600億円も増大。キユーピーや明治、アサヒグループ食品などの大手食品メーカーも、一般家庭向けの商品を続々開発、市場はさらなる拡大が予想される。各地の介護施設のホームページを見ると、
《ミキサー食のため誤嚥の心配がありません》
《やわらかくとろみをつけているので安心です》
入院中の食事が口に合わずどんどんやせてきて
といった具合に、いかに固形物を避けているかという点をこれでもかとアピールする。しかし、その一方で介護をする家族は複雑な思いをかかえている。埼玉在住の60才の主婦・和田真知子さん(仮名)はため息をつく。
「昨年の大晦日に、92才の義父が転んで大腿骨を骨折して入院したんです。病院では誤嚥性肺炎を防ぐため、おかゆやとろみ食しか出てこないのですが、けがをする直前まで大福を食べていた義父です。“こんなどろどろしたもん食えるか!”って、暴れちゃって…」
病院に「固形食を出してほしい」とお願いするも、「今の状態で食べるのは危険だから」と言われる。院内に食べ物を持ち込むことも禁止だ。
「退院したら好きなものをどうぞ召し上がってくださいと言われるのですが、歩けない義父を実家で引き取るのは難しい。食べないからどんどんやせてしまうし、体力も落ちて思うように動けないからストレスもたまってしまう。私に、“ここから連れ出してくれ! 大福が食べたい!”と叫ぶんです」(和田さん)
前出の戸原准教授が語る。
「口腔疾患や嚥下困難、脳機能の低下による咀嚼困難など、病院が安全のために介護食を提供するのは致し方ないことです。最近はバリエーションも増え、味も改良されている。だけどやっぱり、見た目が通常の食事とは違いますし、水分が多く、食べ物というよりは飲み物のような食事を味気なく思うかたが多いことも事実です」