「普通のごはん」で高齢者を元気に 安全第一主義の真逆をいくデイ
この介護食全盛の時代に、真逆の方向をつき進むのが、冒頭の『OHANA』である。代表の前島恵子さんが言う。
「もちろん、どなたでも召し上がっていただけるわけではない。内視鏡やレントゲンなどの検査で、嚥下困難とされたかたにはおかゆなどの嚥下食を出しています。
今日の利用者さんはみな要介護度が低く、嚥下能力の基準もクリアしていました。ただし、病気で顎の一部を切除しているかたや不調のかたには食材をやわらかく煮たり刻んだりしてお出しします。
ただ、できることなら、慣れ親しんだ、食べたいものを口から食べた方がうれしいし、元気になる。魚フライが食べたいとか、すいとんが食べたいとかのリクエストには、できる限り応じるようにしています」
同施設での人気メニューはコロッケや天ぷらなどの揚げ物。お年寄りが胸焼けするのでは…という先入観を裏切り、家では食べられないからこそ食べたいのだそう。
自宅でも買い物や調理がままならず好きな料理が食べられない
彼らは家庭で何を食べているのだろうか。その疑問を問いかけると、「いや、たいしたものを食べてないから…」と途端に口が重くなる。前島さんが理由を明かす。
「高齢になると、体力が落ちて体も思うように動かず、買い物も調理もできなくなる。毎食白ごはんに佃煮とか、菓子パンとか、メニューも栄養も偏りがちになります。なかには配食サービスを利用している人もいますが、昼食として届いた1食分のおかずを、昼夜朝と3回に分けて食べていたりします。自分でも納得できない食事内容だから、あまり自分では言いたくないのだと思います」
戸原准教授も訪問診療の現場で、家族と住んでいても、普通食は「危ない」「何かあったときに面倒を見られない」と食べさせてもらえない人を数多く見てきたと話す。だからこそ、“普通のごはん”はお年寄りにとって、何よりのごちそうとなっている。
同施設に通って3年目の鈴木しず子さん(74才)は、普通のごはんで元気を取り戻した。職員の大谷望さんが言う。
「最初はもうこんな年だから生きていたって仕方ないとふさぎこんで、全然食べられなかったんです。でも、みんなでわいわい食べる雰囲気に押されたのか、徐々に毎食食べられるようになりました。今では“頑張って生きないと”っておっしゃってます」
以来、鈴木さんは2時間かけてでも完食するようになったという。
この日、昼食後のおやつタイムにたこ焼きパーティーが開かれた。鈴木さんはまわりの人たちの冗談に笑いながら、4個をぺろりと平らげていた。戸原准教授は、「楽しんで食事をすることこそ、最高の栄養素です」と語る。
「チューブや流動食でも同じカロリーを摂れますが、コミュニケーションを取りながら好きなものを食べることで、心がリラックスして内臓もよく動きます。計算上は同じ栄養素ですが、体に摂り込む力が全然違うんです」
調理担当は73才。誰しも”現役感”が大切
食べる側はもちろん、食べさせる側も同じくらい元気をもらっている。
「空になった食器が返ってくる時が、いちばんうれしい!」
そう声を弾ませるのは、同施設で調理を担当する辻本美知子さん(73才)。前島さんの実母だ。施設を利用する高齢者たちから「アンタもこっち(介護される)側だろ?」とからかわれながらも「おいしいごはんを食べてもらいたい」という一心で、朝8時過ぎに出勤。1人で10人分以上の料理の仕込みをして、お茶出しまで行う。
その昔、中華料理店でウエートレスとして客をさばいていたことを思い出し、自身を奮い立たせているという。
「大きい声じゃ言えないけど、ちょくちょく失敗もしてます(苦笑)。この前はうっかり炊飯スイッチを押し忘れて、大パニック。結局“サトウのごはん”で切り抜けました。だけど、そういう時こそ利用者さんが察して“いつもおいしいごはんをありがとう”とねぎらってくれます」(辻本さん)
隣で聞いていた前島さんは苦笑い。そしてふっと娘の顔になった。
「食事を作ってもらっているのは、利用者さんのためはもちろんですけど、正直、母のためというのも大きいかもしれない。誰かの役に立っているんだという“現役感”は生きていく上で、誰しも必要だと思うんです」
撮影/Chihiro.
※女性セブン2018年3月15日号
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