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ドラマ『フェイクニュース』が描くフェイクニュースが生まれる本当の理由

 新型コロナ感染拡大の影響で、今シーズンのドラマが放送延期中だ。綾野剛、星野源主演のドラマ『MIU404』のレビューをお届けする予定だったこのシリーズでは、放送開始を待ちながら、脚本担当の野木亜紀子の過去作品を振り返り、あらためて見直したいドラマをご紹介する。

 コロナをめぐってネット上に誤った情報が拡散することもある。街中からトイレットペーパーが消えてしまった原因もそうだった。
 数々のドラマレビューを執筆する大山くまおさんが今回取り上げるのは『フェイクニュース あるいはどこか遠くの戦争の話』。SNSの情報に気をつけたい今観ておきたいドラマだ。

→「まるでコロナ予言のドラマ『アンナチュラル』街はマスク姿だらけ、テレビは「手洗い、うがい」と連呼 」を読む

フェイクニュースが跋扈する背景をドラマに

 北川景子主演『フェイクニュース あるいはどこか遠くの戦争の話』は、2018年10月にNHKで放映された前後編のドラマ。放送時は「社会派エンターテインメントドラマ」と銘打たれていた。

 野木亜紀子脚本作品としては、『獣になれない私たち』と同時期に放送されたもの。この年の1月には『アンナチュラル』も放送されている。3作品はいずれも原作のないオリジナルドラマであり、野木の関心が社会の不条理や軋みに向かっていたことがわかる。実際、NHKのプロデューサーと打ち合わせした際、恋愛や結婚をテーマにしたドラマを打診されたが、野木は「そういうの、興味ない」と返答したという(朝日新聞デジタル 2018年10月23日)。

 タイトルの「フェイクニュース」という言葉は、ドナルド・トランプが当選した2016年の米大統領選挙で注目を集めた。トランプを支持する右翼ニュースメディア・ブライトバートはフェイクニュースを流し続け、トランプもツイッターで根拠が曖昧で一方的な情報を流し続けた。単に虚偽の情報という意味だけではなく、自分に不都合な情報を攻撃するときに使われることも多い。

 フェイクニュースが跋扈(ばっこ)する背景には、取材して記事を作るマスメディアへの人々の不信感と「ネットにこそ真実がある」と思い込んでいる人々の短絡さ、そしてそれを自分に都合の良いように利用しようとする人々の思惑が絡んでいる。その構造は本作にも十分に活かされていた。

偽の情報の送り手を一方的に断罪していない

『フェイクニュース』は、大手新聞社からウェブメディアに出向している女性記者、東雲樹(北川)が、インスタントうどんへの青虫混入事件について取材を進めていくところから始まる。騒ぎの発端は「木から落ちない日本猿」というアカウントによるSNSへの告発だった。樹は告発していた男、猿滑昇太(光石研)と連絡をとる。

 ネットでの騒ぎは広がる一方で、インスタントうどんの販売元である大手食品メーカーのブラックな体質が明らかになっていく。さらに海外の大手通信社のサイトに外国人労働者の報復だという記事が掲載されて騒ぎは加熱。「木から落ちない日本猿」はヒーローとして讃えられる一方、フラットなニュースを書いた樹については「在日韓国人」「暴力記者」という流言がネットで拡散される。

 しかし、海外の通信社のサイトはそれ自体がフェイクだと判明。また、樹はネットの指摘をヒントに「木から落ちない日本猿」の正体が老舗製菓会社の社員であることを突き止める。猿滑の投稿は会社の信用を大きく傷つけることになり、彼は会社から追放され、家族からも見放される。本名も素性も明かされ、ネットですさまじいバッシングに遭う猿滑。

 前編はここで終わる。ささいな「怒り」による発端から二転三転する物語のすさまじいスピード感と狂騒的なラストシーンに呆然とさせられるが、『フェイクニュース』は偽の情報の送り手を一方的に断罪していない。猿滑の愚かさを強調しつつ、同時に、感情の赴くまま、偽の情報を消費し、拡散していくネットユーザーの姿を浮き彫りにする。猿滑の長男(金子大地)が何も知らずに父親の情報を拡散していたのは象徴的だった。今では見られない公式サイトに掲げられていたキャッチコピーはこうだ。

「つぶやきは、感情を食べて怪物になる。」

『世の中の分断』を書こうと思った野木亜紀子

 後編では、偽ブログを運営する主婦、まとめニュースの管理人、フェイクニュースの制作を請け負う広告代理店、元経産省官僚で県知事選挙に立候補中の政治家、それを落選させようと目論む現職知事、知事とつながる人材派遣会社などが登場。樹に協力していた新聞記者・西剛(永山絢斗)の裏切り、PV至上主義だった編集長・宇佐美(新井浩文)の意地なども交錯する。ラストシーンでは、ホームレスになった猿滑と樹との交流が描かれた。

 フェイクニュースの構造だけでなく、外国人労働者、差別、ブラック労働、セクハラ、政治の問題などがみっしりと詰まった、まさに「社会派エンターテインメント」の面目躍如たる仕上がりになっていたと思う。野木は「このドラマでは『世の中の分断』を書こうと思ったんです」と語っている(マイナビニュース 2018年10月26日)。差別や男女など様々なものが世の中を分けている。その分断を加速させているのがフェイクニュースだ。

『フェイクニュース』はドラマ放送前から批判が巻き起こっていた。偏向に満ちたフェイクニュースを流しているのはNHKに代表されるマスメディアであり、そのNHKがネットを非難するようなドラマを作るとは何事か、というものだ。このような批判は、主に右翼系、アンチリベラルのメディアや言論人からのものが多かったようだ。彼らは自分の思想に合わない情報を「フェイクニュース」と断じるタイプの人たちである。野木のツイッターにも政治系アカウントからの“クソリプやクソタグ”(本人談)が大量に来たという。中にはドラマを批判するために事実無根の内容を書き散らしていた大学教授もいた。これぞまさにフェイクニュース。野木は書き終えた脚本の中身と一連の騒ぎのシンクロ具合に自分のストーリーに自信を持ったのだとか(本人のnote 2019年10月15日)。笑い話のようだが笑えない。

 ドラマの中で、樹は「嘘がまかり通る社会を、娘さんに残したいですか。社会の崩壊を見せたいですか」という言葉を編集長に叩きつけ、奮い立った編集長は取材によって巨悪を暴こうとする。しかし、現実ではそうはいかない。自分の正義を信じている人は自分の信じたい情報を流し続ける。相手がどんなに証拠を持ち出しても「あたらない」と否定するだけだ。

「ネットが怖いのではなく、取り扱う人間の問題なのだ」

『フェイクニュース』のテーマは二つある。「メディア」と「人」だ。メディアに関しては、野木の言葉を載せておく。

「私は報道不信みたいなことが一番よろしくないと思っている。報道不信があるから陰謀論が生まれる。でも、それはメディアがまいた種でもあって、だからこそ(情報を)送り出す側は正しいものを出していかないといけない。不信感のデス・スパイラル(死の連鎖)は誰も幸せにならない」(朝日新聞 2018年10月23日)。

 メディア、特にマスメディアの信用は地に堕ちている。ドラマの中で樹はそれを何とかしたいと奮闘していた。明るい見通しはないが、樹のように頑張っている人たちがいることを信じたい。一方の「人」について、北川は自らのブログにこう綴っている(2018年10月12日)。

「ネットが怖いのではなく、取り扱う人間の問題なんだということが作品に込められたメッセージです。どうか作品に込められた想いが皆さまに届きますように」

 現在、『フェイクニュース』はDVDの発売とあらゆる配信が停止されており、観ることができない。NHKの公式サイトも閉鎖されたままだ。これは出演者の一人が性加害の容疑で起訴されているからである。残念なことではあるが、また多くの人の目に本作が触れるようになることを願っている。

文/大山くまお(おおやま・ くまお)

ライター。「QJWeb」などでドラマ評を執筆。『名言力 人生を変えるためのすごい言葉』(SB新書)、『野原ひろしの名言』(双葉社)など著書多数。名古屋出身の中日ドラゴンズファン。「文春野球ペナントレース」の中日ドラゴンズ監督を務める。

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