市毛良枝さん、98歳の母と最後の旅はアメリカ・オレゴンへ「とろみ調整食品を持参、税関で説明用の英文も用意しました」
市毛良枝さんの母は80代後半に脳梗塞や大腿骨骨折などから本格的な介護が必要になった。懸命なリハビリの結果、奇跡の復活を遂げた母。その道のりを綴った新著『百歳の景色見たいと母は言い』も話題に。100歳まで元気に生きた母と出かけた海外旅行のエピソードを教えてもらった。【全3回の第3回】
プロフィール/市毛良枝(いちげよしえ)さん
文学座附属演劇研究所、俳優小劇場養成所を経て、1971年にドラマ『冬の華』でデビュー。以降、テレビドラマ、映画、舞台、講演と幅広く活躍。40歳から始めた趣味の登山では、キリマンジャロやヒマラヤにも挑戦。特定非営利活動法人・日本トレッキング協会の理事も務める。環境問題にも詳しく、1998年に環境庁(現・環境省)の環境カウンセラーに登録、第7回環境大臣賞受賞。最新出演作は映画『富士山と、コーヒーと、しあわせの数式』、NHKBSプレミアムドラマ『終活シェアハウス』。新刊『百歳の景色見たいと母は言い』(小学館)発売中。
90代の母とアメリカ・オレゴン州に4度の旅へ
――お母様とはたくさん旅をされたとのこと、仲が良かったのですね。
いえ、私たちはいわゆる「仲良し親子」ではなかったかもしれません。でも、お互いに思っていることを本音で話す、対等で気心知れた仲間のような存在でした。
今思い返すと母は娘をライバルと思っていたようにも感じます。80代には一緒に登山にも行きましたが、多くのことに挑戦できたのは、やりたいからなんですが、娘に「負けない」という思いがあったからかもしれません。年とともに長く歩けなくなり、車いすも使いましたが、たくさん旅をしました。
アメリカ・オレゴン州へは4度、ハワイや韓国、国内も熊本や沖縄など色んなところに一緒に行きました。旅先は、私が行きたいところを提案し、母の意見を聞いてから決めることが多かったですね。
たくさんの旅をした背景には、元々母が旅行好きということもありますし、私自身も高齢者は高齢者らしくと思わない人間だったからです。私は母がどんな状況になっても、「母らしく生きてほしい」と常に願っていました。
――旅をすると疲れてしまったり、体力面で心配なこともありそうですが…。
そうですね、高齢の母を連れた旅は、大変ですし面倒なこともありますが、それ以上に楽しかった。非日常である旅先で、母の目が日に日に輝き、喜ぶ姿を見ると、私も周囲もみんなが幸せな気持ちになるんです。
旅から帰ってからデイサービスに行くと、スタッフのかたから「出かける前よりすごく元気になりましたね」と言っていただき、嬉しかったことを覚えています。
母にとって、おそらく旅は生きるモチベーションになっていたと思います。だからこそ、母はリハビリを頑張り、体力をつけました。移動時は車いすでも歩くことはあきらめず、トイレは支えれば自分で行っていましたから。
多くの旅先に行きましたが、私と母がしたいような旅を計画していました。母も私も、常識から外れていたとしても、人はその人らしくあれと思う性格です。
周囲の友人や知人たちも高齢の母との旅を支持してくれていました。90代の高齢者と海外旅行をした経験がある人は少ないこともあるのか、今でも「どのようにしてお母様を連れて行ったの?」と聞かれることはよくあります。
「できる限り自分で生活」旅は日常から始まっている
――高齢の親と旅をする具体的なコツを教えてください。
旅のために大切なのは、何よりも体力を維持することです。高齢者は日々の生活の行動が、体の機能維持につながっていると思います。
母は要介護になっても「着替える、水を飲む、ご飯を食べる」といった日常生活の行動は、時間がかかってもいいからできるだけ自分でしてもらっていました。なるべく手を貸さずに自分でしてもらう。できるだけ日常で動くことが大切なのです。
旅先で何かがあったときのために、あらゆる「もしも」に備え、人に迷惑をかけないための準備を周到に行っていました。
例えば、常備薬や日常的な必需品、たとえば介護食や飲み物にとろみをつける調整食品も携帯し、体温計、血圧計、パルスオキシメーター、使い慣れた箸やスプーンなど、母が使うものを細々と準備してパッキングしていました。
それぞれ必要なものを多めに用意するくらいがちょうどいい。高齢者は「これがないと生活できない」というものが多々あります。それは国内でも手に入りにくいことが多いと感じます。特に海外では、現地で買えばいいと思っても無理です。
機内で使うものにも注意が必要ですね。例えば、介護食や飲料などの液体物は機内への持ち込みに制限があるため、出発前に用意しておかねばなりません。小袋に分けたり、ジッパーバックに入れたりして管理するなど、衛生管理に工夫しつつ、入念に準備をしていました。
旅行保険への加入も検討したほうがいいです。私は不測の事態に備え、空港でも入れるような掛け捨ての海外旅行保険に加入して行きました。
できれば親と子供の2人きりではなく、もう一人、きょうだいや友人も一緒に行けるといいと思います。体が不自由になった高齢者を一人で旅行に連れていくのはただでさえ大変ですし、何かあったときに自分は親に付き添わなければならないので、誰かほかに動ける人がいると、安心です。
――アメリカ・オレゴン州への最後の旅は、お母様が98歳のときでした。
最後の旅は、私がオレゴン州でチャリティイベントに出演した時でした。この時が最後の旅になりましたが、それまで、計4度、90代の母を伴ってオレゴンに行っているのです。
最後の渡航のとき、母は誤嚥の心配があって水分にもとろみが必要でした。とろみをつけるための調整食品を携帯し、税関で質問された時に備えて、英文の説明書も用意して行きました。
さすがに98歳ですから、現地で息を引き取る可能性もゼロではないので、航空業界の友人にもしもの時の対処法を聞きました。そこまでしてでも母を連れて海外に行ったのは、なにより母自身に「行きたい」という強い意志があったから。やりたいならその願いを叶えたかったからです。
現地で母は私の朗読や音楽を聴き、たくさんの仲間に囲まれ、多くの刺激を受けていたようでした。普段はあまり話をしなくなっていた母でしたが、その夜は饒舌になり、帰国後も見違えるように元気になりました。
母であれ誰であれ、「高齢者を“寂しい年寄り”にさせるのは嫌」というのが私の思いです。母と共に走り続けた13年間。介護に正解はなく、今でも後悔することはありますが、母は母らしく100歳の人生を全うしたと思います。
撮影/フカヤマノリユキ スタイリング/金野春奈(foo) ヘア&メイク/長縄希穂(マービィ) 取材・文/前川亜紀
