兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし「第4回 疑惑から確信へ」
ライターのツガエマナミコさんは、若年性認知症を患う兄と2人暮らしを続けている。病気が発覚するまでの兄の変化や家族の気持ち、その後の日常を綴る連載エッセイ。「明るく、時にシュールに」、でも前向きに認知症を考えます。
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住宅ローン問題勃発
父亡き後、認知症の母が次第に様子を変えていき、兄のことよりも母の介護で手いっぱいになりました。わたくしは仕事を少なめに続けさせてもらいながら、母と向き合う毎日。介護をしていたというより彼女の言動や行動にわたくしが勝手にムカつき、勝手に振り回されていたように思います。
そして父の死から1年半が経ち、母が寝たきりの要介護4になりかけた頃、兄がとんでもないことを言い出したのです。
「この家追い出されちゃうかもしれない」
仕事から帰った兄が、思いつめたようにテーブルに着き、そう言ったので「どういうこと?」といろいろ聞いてみると、銀行にお金がなくてローンが落ちなかったとのこと。
「じゃ、銀行にお金を入れればいいんじゃない? そんなに簡単に追い出されないから大丈夫」となだめたのですが、兄はどの銀行からローンが落ちているかがわからなくなっていました。「いつもどうやってたの?」と聞いても外国人のように両手を広げて首をかしげるばかり。
兄の認知症がわたくしの中で決定的になったのはこの時です。兄は57歳になっていました。
家は亡き父と兄の共同名義。父が頭金をドンと出し、残りを兄が返済していたのですが、わたくしは返済のお金の流れを何も知りませんでした。兄宛ての郵便物をあさり、ローンを組んだ信託金庫を見つけて連絡をし、引き落とされている銀行にお金を入れました。この後は通帳を預かり、毎月わたくしが兄からお金をもらって通帳に入れることで住宅ローン問題は解決。でも、兄のお金の流れが不安になりました。
兄の部屋には、多くの郵便物が開封されることなく積まれていました。この前後、カードローン会社や銀行から電話が頻繁にあり「携帯にかけてもご連絡がいただけないので、お電話していただけるようお伝えください」と言われていたのです。
「なるほどこういうことだったのか」と合点がいくと同時に、それが住宅ローンだけじゃないことを知りました。兄は、郵便物にしろ、電話にしろ、無視していればなんとかなるとでも思っているかのようでした。でも、今思えば、何をどうすればいいのか、順序立てて考えることができなくなっていたのだと思います。
案の定、兄には借金が30~40万円残っていました。「昔、一時期荒れててパチンコで…」と笑っていましたが、明細を見るとひと月に1万円ずつ返済しているものの、元本は5000円ずつしか減っていません。このままでは完済まで倍の時間とお金がかかると思い、わたくしは「まとめて払えるお金はあるからカードは全部解約してほしい」と切々と訴えました。ですが、何を考えているのか、兄は数枚の明細書を手にして、飽きるほど眺めながら小さくなって黙っていました。この時間が過ぎれば許してもらえると思っている小2男子のようでした。わたくしは、この兄のだんまりにいつまでも付き合うことができず、半ば呆れてしまって、しばらく様子をみることにしました。
その後も2~3社からかかってくる兄宛ての電話に「支払いが滞っているのでしょうか?」とストレートに聞いたこともありますが、「内容はご本人以外にはお伝え出来ません」と当然ながらシャットアウト。わたくしが男性だったら本人と区別できるんだろうか、と思いながら個人情報の壁になすすべがありません。
個人情報保護法は認知症患者を持つ家族にとってはなかなかやっかいな代物です。電話をしても本人は言われた内容を忘れてしまうのですから、家族が付き添って、途中で電話を変わるなどして内容を確認しなければなりません。
思い起こせば、その頃は母の介護が本格的になってきて、正直、兄にまで手が回りませんでした。はじめての介護に翻弄され「なるようになれ」と投げやりな気持ちもありましたし、兄に対しては「自分のことは自分でやってよ」という苛立ちでいっぱいでした。
いつのころからか、兄は夕食を食べながら眠ることが増え、食事を終えるまでに2時間以上かかることが日常になりました。お風呂も何日も入りません。普通なら「疲れるんだ、かわいそうに」と思うのでしょう。でも、食事中の居眠りもお風呂に入らないのも母とまったく同じ行動パターンだったので、わたくしは「ブルータスお前もか~」とまた腹が立ちました。
そして、「でも今は母を看るしかない」と、ますます兄から遠ざかったのです。
現在の兄も「お風呂入ってね」とわたくしが言わなければ何日も入りません。そのくせ、散髪には月1ペースで自発的に行くのですから、人の脳は複雑怪奇です。
つづく…(次回は9月5日公開予定)
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性56才。両親と独身の兄妹が、5年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現60才)。現在、兄は仕事をしながら通院中だが、病院への付き添いは筆者。
イラスト/なとみみわ
第1回 これからどこへ引っ越すの?
第2回 安室ちゃんは何歳なの?
第3回 この光景見たことある