がん治療をきり拓くか 新開発のバブル製剤
帝京大学薬学部教授丸山一雄先生によれば、帝京大学薬学部では超音波による診断と治療が同時にできる新しいバブル製剤「セラノスティクスバブル」を開発した。臨床実験はまだこれからだが、欧米ではすでにバブル製剤を用いた抗がん剤送達治療が行われており、新しいがん治療のひとつになる可能性を秘めている。その仕組みについて丸山先生に訊いた。
診断と治療ができる新バブル製剤を開発
帝京大学ではこのたび、医療用ガスをリン脂質で作られた膜の中に閉じ込めた、赤血球の1/2から1/3くらいの大きさのバブル製剤「セラノスティクスバブル」を開発した。医療用ガスとはパーフルオロプロパンで、眼科領域で使用されている。常温では気体で、疎水性の高い気体である。これを水の中で強力に攪拌すると気泡が出来るが不安定なので、界面活性作用のあるリン脂質で覆っている。
このバブルを血管内に入れる。そのうえで、がん組織に超音波を照射すると、そこだけでバブルが膨らんだり縮んだりして超音波を反射する。それを捉えることによってがん組織にできた新生血管の様子が観察できるという。「セラノスティクスバブル」には滞留性があるため、30分の長時間にわたる血流観察が可能だという。これが超音波による診断である。
そのうえで「セラノスティクスバブル」と薬剤を血管内に入れ、がん組織に超音波を照射すれば、膨らんだバブルが血管を押し広げ、隙間から抗がん剤を放出する。薬が必要な箇所のみに運ばれる。これが超音波治療である。
つまり今回開発されたバブル製剤は、従来行われてきた診断に加え、治療にも活用できる製剤という点で、画期的といえる。
膵臓がんには抗がん剤が効きにくい
がん組織にできた新生血管には通常の血管より隙間が多くあるが、なかなかそこから抗がん剤などの薬剤が放出されない。そこをこじ開けることで薬剤の到達度を高められると、丸山先生は語る。がん組織のみに超音波を照射して薬を効果的に放出できれば、抗がん剤の量も減らせる。すでにマウスの実験では抗がん剤を減量しても十分にがん組織に送達されていることが確認されている。
とくに期待されているのが、抗がん剤がなかなか効かない膵臓がんの治療だ。膵臓がんではがん細胞の周辺に線維芽細胞が増殖し、コラーゲンが分泌されることで間質組織が発達する。この間質が抗がん剤の浸透を阻むのである。
特別なバリアを持つ脳の血管
脳の血管はほかの血管とまったく違う防御機能を持っている。BBB(blood-brain barrier、血液脳関門)と呼ばれるもので、血管から異物が脳組織に入り込むのを制限している。つまり血管内に薬剤を入れても、なかなかそれが脳組織に放出されないのである。
しかし麻酔薬のように分子が小さくて脂に溶けやすいものであれば、膜を透過して放出される。また、疲れた時に飴をなめると頭がはっきりするように、グルコースは栄養素なのでトランスポーターと呼ばれる運び屋さんがいて、きちんと脳組織に運ばれる。
だが、がん治療薬にそのような運び屋さんはいない。そこで丸山先生は、今回開発した「セラノスティクスバブル」がこのBBBをこじ開けることを期待している。実際、カナダではBBBを人為的にこじ開けて脳腫瘍の組織に抗がん剤を送達することに2015年に成功している。
将来的にはアルツハイマー治療薬の送達も
このカナダのグループは次の目標として、アルツハイマーの薬の送達に取り組むという。超高齢社会で認知症やアルツハイマー薬の開発は世界中で進んでいるが、肝心のBBBを通過できないでいる。「セラノスティクスバブル」は日本でこの扉を開けることに役立つ可能性がある。
今後、研究は治験段階に入る予定だが、将来的な実用化に向けては、現在普及している超音波造影装置を、「セラノスティクスバブル」で治療できる治療用超音波照射装置へとチューニングする必要がある。
そうしたさまざまな問題を含みつつも、薬ではなく送達方法のほうに着目して新しく開発されたこのバブル製剤が、がん治療をさらに進化させてくれることに期待したい。
取材・文/土肥元子(まなナビ編集室)
初出:まなナビ