長寿研究の第一人者は「栄養の“量”ではなく“質”に注目」 少量でもしっかり栄養を摂れる“栄養素密度の高い食べ方”の工夫
健康寿命を伸ばすためには、必要な栄養を食事から摂り続けることが重要だ。しかし、年齢を重ねて食が細くなると、栄養が不足し、体力や筋力の低下につながってしまう。そこで、『食が細くなってきたら! 少食でもちゃんと栄養がとれる食べ方』(アスコム)の著者で料理研究家・管理栄養士の関口絢子さんが提案する、量より質を重視した食事を参考にしたい。摂食障害の経験があり少食を否定しない関口さんが、無理なく栄養を摂る方法を教えてくれた。
教えてくれた人
関口絢子さん/管理栄養士
川村学園短期大学食物学科卒業。「食とアンチエイジング」の関係が注目されていなかった20年以上前から、インナービューティースペシャリストとして情報を発信し続け、健康・美容・ダイエットに関するレシピや栄養情報を提供。2020年に開設したYouTubeチャンネル「管理栄養士:関口絢子のウェルネスキッチン」は登録者数60万人超え。米国栄養カウンセラー、ヘルスケアプランナー、日本抗加齢医学会認定抗加齢指導士の資格ももつ。
たくさん食べることよりも“心地よく食べられること”
食事を残すことはマナー違反として、少し苦しくても無理をして食べる習慣がある人もいるだろう。「もったいない」という言葉について関口さんは、フードロス問題の視点から大切にされている価値観としながらも、「体にとって本当に大切なのは、”自分が心地よく食べられること”ではないでしょうか」と問いかける。
「無理に食べることを続けていると、やがて『食べたくない』という心の反発が芽生えてしまいます。 それが『食の自己防衛反応』ともいわれる、摂食拒否というかたちで現れることもあります」(関口さん・以下同)
また、認知症の人に摂食拒否が現れた場合、「叫ぶ」「手を振り払う」「口を閉ざす」などのBPSD(行動・心理症状)が起こるという。
無理な食事で起こる可能性がある不調4つ
「健康は、『たくさん食べる』ことだけではつくれないのです」と話す関口さんが、「無理をした代償にどんなことが降りかかる可能性があるのか」について、教えてくれた。
消化不良を起こす
食べられる以上の量を無理に詰め込むと、胃酸の分泌が追いつかなかったり、胃の動きが鈍くなったりして、胃に停滞しやすくなる。
「その結果、胃もたれ、胸やけ、腹部の不快感、吐き気などの症状が出やすくなります」
腸内環境が乱れる
食べ物を無理に詰め込むと、胃でよく消化されないまま腸に送られる。
「すると、腸内細菌のバランスが乱れたり、腸壁に負担がかかったりして、下痢や便秘の原因になります」
自律神経が乱れる
「自律神経とは、リラックス状態と活動状態を切り替える、体のシステムです。無理な食事で体にストレスがかかると、この自律神経のバランスが崩れ、食欲不振がさらに悪化したり、全身のだるさを感じたりすることがあります」
また、腸の運動(ぜん動運動)は自律神経に支配されているため、ストレスが多いときは働きが悪くなり、さらに食欲が低下する。
精神的なストレスがかかる
食事が「楽しみ」から「義務」に変わると、体だけでなく精神面でもストレスの負荷を受けることになる。
「すると食欲不振が悪化するほか、脳と腸はお互いに密接に影響を及ぼし合う(脳腸相関)ため、胃腸の働きが鈍って消化不良や吸収力の低下を起こすこともあります」
無理をせず食べたいときに食べる
少食の人は、1日3食を決められた時間に食べるというルーティンではなく、お腹が空いたら食べる自然な食欲にまかせた食べ方で、食べられる量にとどめて食べるのがよいと関口さんはいう。
「ただひとつ気をつけていただきたいのは、食べたいと感じたときにはちゃんと食べるということです。食べないとどんどん食べられなくなっていくので、空腹感という体のサインにはきちんと応えてあげるようにしましょう」
世界の長寿研究が示した「少量高密度栄養」思考
「“しっかり食べること=健康”という考え方は、これまでの人生で自然と身についてきたものかもしれません」と関口さん。しかし、「最近の研究では、食事の量が少ないことが、必ずしも悪いことではないことがわかってきています」と続ける。
年齢を重ねるとともに体の代謝はゆるやかになるため、若いころと同じ量の食事をして、なんとなく不調を感じることは不思議なことではない。そこで、今の自分にあった食事量を考えるときに、押さえておくべきポイントをチェックしておこう。
量よりも質で栄養素をしっかりとる
食事量を減らしながらも必要な栄養素をしっかり摂る食事は、“栄養素密度の高い食べ方”として近年とても注目されているという。
たとえば、おかずの一品を野菜とたんぱく質の組み合わせにしたり、スープに鉄分やカルシウムの多い食材を取り入れたりする工夫で、量を増やさずに栄養価をぐっと高めることができる。
「長寿研究の第一人者であるルイージ・フォンタナ博士も、『栄養の“量”ではなく“質”に注目することが、年齢を重ねた体にとってもっとも効果的な健康戦略である』と述べています」
実際に、2006年のCALERIE試験では、「欧米型の食事をしていた人たちが、必要なビタミン・ミネラルは保ちながら1日あたりのエネルギー摂取量を20~30%抑えただけで、コレステロール値や炎症マーカーが改善し、心臓病のリスクが下がったという研究結果」もある。
「若いころよりも控えめになった食欲や食事量は、体が必要としている自然な変化ともいえます。少量でも体に必要な栄養をきちんと届ける“質のよい食事” こそ、変化を迎えた体にとって本当の意味でやさしい食べ方になるでしょう」
おすすめの「栄養調味料」5つ
少ない食事量で栄養を上手に摂るコツは、栄養価が高く体に優しい調味料を取り入れることだ。
「一度に入れる量はごく少なくても、毎日のように使うことを考えれば、体に与える影響は侮れません。むしろ調味料は、“積み重ねられる栄養”といってもいいでしょう」
そこで関口さんは、ミネラルや抗酸化成分、発酵由来の有用成分を豊富に含む“日本の伝統調味料”をすすめている。
日本の味噌やしょうゆ、みりんなどは麹菌を使った多段階発酵によって、うまみ・香り・機能性成分が豊かに引き出されており、さらに、動物性成分を使わない植物ベースである点でも世界から評価されているという。
「これらは単なる味つけの道具にとどまらず、健康の維持や腸内環境の改善、免疫力のサポートなど、多面的な機能性も備える点で注目されています」
味噌、しょうゆ
「どちらも大豆を発酵させて作る調味料で、大豆由来の良質なたんぱく質や、発酵過程で生まれるペプチド・乳酸菌・抗酸化物質などが含まれています」
とくに味噌はうまみ成分(グルタミン酸+核酸)が豊富で、炒め物やカレーの隠し味などにする使い方もある。さらに、味噌を日常的に摂取する人は、心疾患やがんなどの発症リスクが低い傾向があることが研究国立がん研究センター・多目的コホート研究などからわかっている。
酢
酢に含まれる酢酸などの有機酸は、ミネラルの吸収促進や、疲労回復や血糖コントロールに役立つ。
「さっぱりした酸味や香りが、食欲が落ちやすい少食さんの”ひと口目”をやさしく後押ししてくれる存在です」
本みりん
「本みりんには、天然のオリゴ糖・アミノ酸・アルコールがバランスよく含まれ、腸内環境の改善や肝機能サポート、低GI効果などが期待されます」
関口さんは、みりんを煮詰めた「みりんシロップ」を甘味料代わりにしておやつや小さなデザートに活用している。
《みりんシロップの作り方》
本みりん300mlを小鍋に入れて、中火にかける。鍋をゆすりながらアルコールを飛ばし、半量近くまで煮詰めれば完成。常温で保存可能。
天然塩
「精製された塩と異なり、天然の海塩にはマグネシウムやカリウム、カルシウムなどのミネラルが豊富に含まれ、体内のミネラルバランスの維持に役立ちます。また、天然塩は苦みや甘みなども微かに感じられ、“塩なのに奥深い味”を楽しむことができるのも魅力のひとつです」
ただし、ナトリウムのみを取り出した精製塩は、過剰摂取すると血圧を上げやすい性質があるため、購入時に注意しよう。
