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健康

「ストレスがウイルスを増やす」「孤独が老化を促進する」世界的な長寿研究の第一人者が指摘する“社会的つながり”が“身体”に与える影響

 孤独を感じると、身体が変化する。免疫系が変わり、老化が加速し、病気の進行も速まる。一方、社会的ネットワークは認知症の発症を遅らせる可能性もある。孤独と社会的つながりは、どのようにして身体に影響を及ぼすのか。

 世界的な長寿研究の第一人者、スタンフォード大学長寿研究所所長のローラ・L・カーステンセン博士による『スタンフォード式 人生のよりよき科学』(サンマーク出版)より一部抜粋、再構成してお届けする。

 * * * 

孤立しているという主観的な感覚が不健康を生み出す

「社会はあなたの身体をつくり変えます」と、カリフォルニア大学ロサンゼルス校の心理学者であり腫瘍学の研究者でもあるスティーブ・コールは言う。コールは、ゲイの男性のうちその事実を隠している人のほうが公表している人よりもHIV感染の進行が速いという、じつに驚くべき研究を発表している。コールの研究は、自分が置かれている環境の脅威レベルを脳が認知すると、生体の化学反応に変換され、健康と幸福が影響を受ける、という事実に基づいている。

 世界が安全で安心できる場所だと認識するか、怖くて不確かな場所だと認識するかは、周囲の人との関係に影響される。コールは次のように述べる。「すべてが大丈夫だと脳が考えているかぎり、身体は長期的投資、全般的なメンテナンス、再建のプログラムを実施します。しかし、不確かな環境や脅威のある環境にいると脳が認知すると、身体にストレス反応が伝わり、遺伝子の発現が変化します」

 私たちには生まれつき、「闘争・逃走反応」というストレス反応が備わっていて、それを使って日常生活上の課題に対処している。しかし、社会的環境に敏感になっていたり、脅威を感じていたりすると、この反応が繰り返し起こる。すると、体内の分子構造が変化して損傷しやすくなり、病気にも弱くなる、とコールは説明する。

 内面の精神世界と外向きの生活のあいだにあるこの関係を理解するため、コールはカリフォルニア大学デービス校の霊長類学者サリー・メンドーサとジョン・カピタニオによる、サル免疫不全ウイルス(SIV)に感染したサルの研究を援用している。

 メンドーサとカピタニオのサルたちには、毎日2時間の遊び時間が与えられた。一部のサルはつねに同じ群れと一緒に遊ぶことを許された。つまり、顔なじみのサルと交流した。ほかのサルは毎日異なる群れのサルと一緒に過ごした。数カ月のうちに、知らないサルと頻繁に交流しなければならなかったサルは、そうでないサルと比べ、軽い社会的ストレスによって体内のウイルスが増殖したという。

ストレスがウイルスを増やす

 コールの研究チームはすでに、ストレスとウイルス増殖に関連性があることを突き止めていた。HIVに感染した人のT細胞を、闘争・逃走反応のストレスで生成される化学物質に露出すると、ウイルスの増殖が通常よりも3倍から10倍速くなったという。コールは、ストレスがどう免疫系に作用して体がウイルスに弱くなるのかを、サルを使って知ろうとした。コールは、脊柱からリンパ節に向かう神経線維に注目した。リンパ節は体内で免疫反応の調整が行われる場所である。そして、ストレスをかけられたサルはこの線維が2倍あることを発見した。線維から、ストレスホルモンのノルエピネフリンが水やり用潅水ホースのようにしみ出し、周囲の細胞に伝わる。線維の近くにあるT細胞は、線維から離れているT細胞と比較して、ウイルスが増殖する可能性が2倍から3倍高い。ストレスによる化学物質がしみ出す線維が2倍あるので、ウイルスも2倍の速さで増殖する。

 社会的ストレスは周囲に対する反応かもしれないが、体内における社会的状況の処理は、生まれつきの気質と、生涯にわたる経験から培われる世界観にも影響される。これらによって、自己補強的なサイクルが形成される。たとえば、生まれつき恥ずかしがり屋で内向的な子どもは、公園でもしり込みし、それをからかわれ、さらに引っ込み思案になってしまう恐れが強い。こうした個々の気質のばらつきについて、コールは次のように語る。「もともとはごく小さい差なのですが、社会的選択のパターンに影響を与えるため、長いあいだに大きな違いに発展してしまう場合があります」

 つねに一方の選択をしてしまうことで、他者は一般的に善良で信頼できるか、敵意がむきだしで脅威があるのかという見立てが強化される。世界の見方が後者に偏っていると、自分自身のためにより自主独立した生き方を築く可能性が高い。

「その結果、世界は自分と縁遠いものであり、頼れる人は誰もいないという見方が強化されます。それは本当に健康リスクの長期的増加と相関があるようなのです」とコールは言う。

孤独が老化を促進する

 このリスクは大小さまざまな病気にかかわる。社会的に孤立していると感じると、通常の2〜3倍、風邪を引きやすくなる。また、ストレスだけではがんにならないのは明らかだが、ストレス反応によって腫瘍に栄養を与える血管が刺激され、腫瘍の成長が加速してしまうことがある。また、老化の速度にも影響を与える恐れがある。コールはシカゴ大学の心理学教授であるジョン・カチョッポと共同で、50代と60代の大人のうち社会的に満足している層と、数年間にわたって一貫して孤独だった層の違いを研究した。

 その結果、孤独な人々の免疫系では、一連の炎症性遺伝子が過剰に発現する傾向があった。これらは、即時の組織修復プロセスを制御するが、同時に私たちが「老化」と呼ぶ経年変化も促進する。幸せな社会生活を送っている50歳と孤独を感じている50歳を比較すると、孤独なほうの人物は、慢性炎症が多いという意味で、より「老化した身体」をもつことになる。HIV陽性のゲイ男性を対象とした研究の結論で、コールは同性愛を隠していることは社会的孤立を表す一種の「マーカー」になると述べた。この研究における社会的孤立とは、「ほかの人たちがゲイのアイデンティティにポジティブに反応することを必ずしも期待できないと感じている、非常に内気で敏感な状態」である。自分をアウトサイダーと感じるとストレスが溜まり、またストレスはウイルスの成長を促進するため、カミングアウトしていない男性は病気の進行が速い。これがコールの結論だった。

 ここで、ポジティブな社会的関係の欠如は病気の発生源そのものではないと強調しておきたい。ストレスは、すでにかかってしまった病気のダメージを促進する因子だと考えてほしい。一方、ストレスを阻止するポジティブな社会的関係は、ダメージの進行を遅らせる「調節因子」である。

社会的ネットワークが認知症の発症を遅らせる

 2000年に、スウェーデンのクングスホルメン・プロジェクト[ストックホルムのクングスホルメン地区に住む高齢者を対象とした長寿研究]に携わっていた疫学者のローラ・フラティリオーニは、驚くべき結論に達した。満足できる社会的ネットワークがあると、認知症の発症を遅らせることができる可能性があるという。老年医学者のあいだでは、認知症のある人はそれ以外の人より社会的に孤立していることは長年にわたって知られていたが、孤立は認知症の原因ではなく結果であろうと仮定されていた。

 フラティリオーニは、認知症の兆候がないスウェーデンの高齢者1000人以上の協力を得て、別の研究に取り組んだ。結婚しているか独身か、1人暮らしかどうか、社会的関係を楽しんでいるかなど、被験者の社会的状況を評価してから追跡した。研究開始から3年後、強力な社会的ネットワークのある人は、そうでない人よりも認知機能障害の症状が現れている可能性が60%少なかった。

◆著者・監修者・訳者情報

【著者】
ローラ・L・カーステンセン(Laura L. Carstensen)さん
スタンフォード大学心理学部教授、ならびに同大学フェアリー・S・ディキンソン・ジュニア記念講座公共政策学教授。スタンフォード大学長寿研究所の設立者で所長も務める。カーステンセン博士の研究は20年以上にわたってアメリカ国立老化研究所から支援を受けている。グッゲンハイム・フェロー、アメリカ国立衛生研究所(NIH)メリット賞受賞者、マッカーサー財団高齢化社会ネットワーク会員でもある。カリフォルニア州ロス・アルトス・ヒルズ在住。

【監修】
米田隆さん
早稲田大学国際ファミリービジネス総合研究所招聘研究員、公益社団法人日本証券アナリスト協会プライベート・バンキング(PB) 教育委員会委員長、株式会社青山ファミリーオフィスサービス取締役。早稲田大学法学部卒業。日本興業銀行の行費留学生として、米国フレッチャー法律外交大学院修了、国際金融法務で修士号取得。金融全般、特にプライベート・バンキング、ファミリービジネス及びファミリーオフィスの運営、ファミリーガバナンスの構築、新規事業創造、個人のファイナンシャルプランニングと金融機関のプライベート・バンキング戦略などを専門とする。著書に『世界のプライベート・バンキング[入門]』(ファーストプレス)、訳書に『新版 究極の鍛錬』(サンマーク出版)、『50 歳までに「生き生きした老い」を準備する』(ファーストプレス)、『ファミリービジネス 賢明なる成長への条件』(共訳、中央経済社) などがある。

【訳者】
二木夢子さん
国際基督教大学教養学部社会科学科卒。ソフトハウス、産業翻訳会社勤務を経て独立。訳書に『スケーリング・ピープル』『TAKE NOTES!――メモで、あなただけのアウトプットが自然にできるようになる』(ともに日経BP)、『Creative Selection―Apple 創造を生む力』(サンマーク出版)、『われわれは仮想世界を生きている』(徳間書店)、『EMPOWERED』『両立思考』(ともに日本能率協会マネジメントセンター)、『オリンピック全史』(共訳、原書房)などがある。

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