倉田真由美さん「すい臓がんの夫と余命宣告後の日常」Vol.81「いとうあさこさんの感動的な言葉」
漫画家の倉田真由美さんは夫の叶井俊太郎さんをすい臓がんで失ってから、「世界がまったく別のものになってしまった」と感じるという。夫が生きていた時間と今――。番組収録で久しぶりに再会した、いとうあさこさんとの印象的なエピソード。
執筆・イラスト/倉田真由美さん
漫画家。2児の母。“くらたま”の愛称で多くのメディアでコメンテーターとしても活躍中。一橋大学卒業後『だめんず・うぉ~か~』で脚光を浴び、多くの雑誌やメディアで漫画やエッセイを手がける。新著『抗がん剤を使わなかった夫』(古書みつけ)が発売中。
忘れられない会話
先日久しぶりに、番組収録の仕事で芸人のいとうあさこさんに会いました。
初めて会ったのは15年以上前、彼女がレオタード姿で世間を沸かせていた頃です。その後も何度か仕事でご一緒し、同世代ということもあって待ち時間や移動時間など二人で話す機会にも恵まれました。
とある仕事終わり、忘年会で会場へ行くのに二人で移動した時に交わした会話で忘れられないものがあります。
「魔法のランプがあって何でも願いが叶うとしたら、何を願う?」
いとうさんに聞きました。この質問は時々友だちにすることがあります。「願い」にはその人らしさが凝縮しており、相手を理解するヒントにもなるし何より会話の糸口になり易いのです。
「うーん…」しばらく迷ったいとうさんの口から出てきたのは、
「世界平和かな」
壮大な願いに私はしばし絶句しました。大抵の人は、自分が持っている不安や悩みを解消する願いだったり自分自身だけにまつわることを言うのに、「世界平和」とは。
「世界平和…?」
「うん。世界が平和になったら、大抵のことはうまくいくんじゃないかなと思って」
カメラなど回っていない、私以外の誰も聞いていないところでの話、彼女の本心から出た言葉です。人の心、考え方のあり様に感動することがありますが、まさにこの時、感動がありました。以来、私は彼女のファンです。
久しぶりに再会したときのこと
「久しぶり。元気?」
収録前の待ち時間、いとうさんと並んでお互いの近況を話しました。
「実は昨年、夫が亡くなって」
彼女の目を見ながら、これから仕事なのに迂闊にも涙が出そうになりました。
「うん、知ってる。大変だったね」
「それ以来かなあ、何だか私、もういつ死んでも大丈夫だ、って感じになってさ。夫みたいに、人生悔いなく生きてるから。年齢のせいかもしれないけどね」
私が言うと、いとうさんは「私もこないだ55才になったんだけど」と言葉を続けました。
「生きてるだけで充分だ、って思うようになったよ」
大それた幸せなんてなくても、生きてるだけでいいんだ。いとうさんは達観したように笑顔を浮かべました。その後すぐ収録に呼ばれたので長くは話せませんでしたが、やっぱり私の印象に残る時間になりました。
「生きてるだけで充分」は、死んでしまった人は「充分じゃない」ということにも聞こえますが、そうではないと思います。皆、いつかは死ぬから。そして死んでしまった人には、「生きていた時間」があります。
どうしても夫がいた時間と今を比べてしまうことがあるけど、そんな今も「充分」なんだ、そう思えるようになっていきたいなと思いました。