倉田真由美さん「すい臓がんの夫と余命宣告後の日常」Vol.78「娘の運動会で自覚した心境の変化」
漫画家の倉田真由美さんの夫、叶井俊太郎さんが旅立ったのは2023年2月のこと。季節が一巡し、夫がいない娘の体育祭も2度目を迎えた。薄曇りの広いグラウンドで沸き立つ想いとは。
執筆・イラスト/倉田真由美さん
漫画家。2児の母。“くらたま”の愛称で多くのメディアでコメンテーターとしても活躍中。一橋大学卒業後『だめんず・うぉ~か~』で脚光を浴び、多くの雑誌やメディアで漫画やエッセイを手がける。新著『抗がん剤を使わなかった夫』(古書みつけ)が発売中。
娘の体育祭を観覧
高校一年生になった娘の体育祭に、福岡から遊びに来ている妹と、うちで同居している姪(妹の娘)と三人で観覧に行きました。
体育祭実行委員の娘は早朝から会場入りしなくてはならず、朝の4時半起きでお弁当を作りました。子どものイベント大好きだった夫が存命していれば、夫もいつもより早く起きたはずです。そしてきっと会場になった公園まで、娘を送って行ったと思います。
私の地元福岡では体育祭は学校のグラウンドでやるのが当たり前でしたが、東京はグラウンドが狭い学校が多いせいか、体育祭を別の会場で行うことも珍しくないようです。
薄曇りで体育祭日和。妹も姪も私も、娘が出ていない競技、まったく知らない子たちのリレーや騎馬戦も夢中で観戦していました。若者が力一杯身体を動かし競い合う様子は、間近で観る者を引き込む力があります。きっと画面越しではこうは感じなかったでしょう。気づいたら三人とも声を上げて応援していました。
「おばちゃん、去年は泣きよったよね」
競技の合間、姪が不意に私に向かって言いました。
「今年は元気やね」
去年の記憶を辿って…
去年の娘の体育祭は、私と姪の二人で行きました。私は泣いたことを覚えていなくて、「そうだったっ
け」と記憶を辿りましたが思い出せません。
「おじちゃんに観せてやりたかった、って泣きよったよ」
そう、夫に観せたかった。昨年はそればかりでした。逆に、それしか覚えていません。
今年ももちろんそう思うし、お弁当を作りながらも「夫がいたらもっと唐揚げの量が必要だな」「夫に食べさせたかったな」とは思ったけど、純粋に競技や食事を楽しんだりすることもできました。
時間が経ったからなのか、妹たちがいてくれたからなのか、会場が来たことのない場所で夫の不在を感じにくかったからなのか、わかりません。
でも、今年の体育祭は最後まで泣かずに観られました。でもそのことをこうして綴りながら、夫が遠ざかってしまうような寂しさを覚えてやっぱり苦しくなったりと、複雑な心境でもあります。