兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【第234回 紙パンツ交換をめぐる攻防】
若年性認知症を患う兄と2人暮らし、生活の一切をサポートする妹のツガエマナミコさんを一番悩ませているのは、排泄のトラブルです。トイレではない場所で排泄をしてしまうことをはじめ、兄の症状が進行する中で思いもしないさまざまな行動に翻弄されてきたマナミコさん。兄は紙パンツを着用するようになりましたが、今度はその先の問題が生じているのです。
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「兄が紙パンツを履き替えてくれません」
紙パンツ交換が毎回憂鬱になってまいりました。なかなかパンツを脱いでもらえないのでございます。
「ズボンを脱いでくださいな」というとトレーナーを脱いでしまうので、トレーナーを脱ぐのを待って、改めて「ズボンを脱ぎましょうか」というと、Tシャツを脱ぎ出すありさま。ズボンを触って、「これがズボンだよ。ズボンを脱ごう」と言っても、ウンウンと言いながら靴下を脱ぎ出すので、よほどズボンを脱ぎたくないんだな~と察し、パンツ交換の長期戦を覚悟するようになりました。
「ズボン脱ぎたくない?」と訊くと「そんなことはない」というので、「じゃ、ズボン脱ごうよ」というと、リビングをうろついてコーヒーカップを触ってみたり、新聞を触って「これかな?」と意味不明な行動をするのでございます。
「新しいパンツの方がサラサラして気持ちいいよ」と言ってもダメ、「洗濯するから着替えよう」と言っても、あちこち歩き回り、兄も徹底抗戦。「ズボン脱ぎたくないのかな?」ともう一度聞くと、はやり「そんなことない」というので、「じゃ、私がお兄ちゃんのズボン脱がせてもいい?」と聞いてみました。「べつにいいよ」というので「失礼しま~す」といいながら、少しずつ足のところまでズボンを下ろし、兄の踵と床の間に指を入れつつ「踵を少し持ち上げてくれる?」などと声掛けし、やっとズボンを脱がせることに成功。同じ行程でトランクスを脱いでもらうわけでございます。
さて、問題はここから。毎回ここまでは上手くいくのですが、本丸の紙パンツの交換まで到達できないことが増えてまいりました。先日は、トランクスを脱いだあと、「これも私が脱がせてもいい?」と紙パンツを指して訊くと、不満そうながら「いいよ」というので、「失礼しま~す」と、紙パンツを下ろそうとすると、兄は紙パンツのウエスト部分を握って、全力で阻止するのでございます。
「あれれ? 脱いで新しいのに履き替えようよ」と言っても無駄でした。「なにするんだよ!」とこちらを睨んだので、「そうか、じゃそのままでいいか…」と即撤退いたしました。
就寝にあたり、新しい紙パンツに履き替えてほしかったのですが、それが叶わなかったので、「じゃ、その上からもう一枚はいてくれる?」と2枚ばきの妥協案をして、なんとか決着いたしました。
それでも翌朝は、お尿さまがパンツから溢れ、Tシャツやトレーナーが濡れていました。
紙パンツを履き替えてくれたとしても同じ結果だったかもしれません。実際にどこからか漏れてズボンやシャツを濡らしてしまうことはしばしばございます。ビショビショになって寒い思いをすると、シャワーに応じ、ようやく素直に紙パンツを履き替えてくれるという悲しいルーチンが定着しつつあります。
防水シーツがいい仕事をしてくれて、お布団は無事ですが、お洗濯はほぼ毎日。お天気なら乾くものの、雨や雪が降ってしまうと乾かないうちに次の洗濯物が増えていく恐怖の館でございます。
新聞で、介護施設で高齢者虐待が最多になったという見出しを発見いたしました。
わたくしは、こういう記事を見るたびに施設の方々のご苦労を思ってしまいます。兄に嫌がられながら排泄物の処理をしなければならない介護者として、しばしば「虐待されているのはこっちだわ」という気分になっているからでございます。矛先は兄に、ではなく認知症という病気に向けるべきなのでしょうけれども、修行が足りないわたくしは、どうしても兄が憎たらしく思えてしまい、笑顔で接することができなくなってしまいました。家族ですらそうなのですから、他人さまのストレスは計り知れません。親身になって働く介護従事者の方がたくさんいらっしゃるとは承知していますが、本当に施設に入れることがいいことなのかどうか、改めて考えさせられます。
さて、今日もそろそろお夕飯の支度です。今夜はモヤシ入り鶏ひき肉のつくね風。モヤシで嵩増しした頻出度高めの金欠料理でございます~。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性60才。両親と独身の兄妹が、8年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現65才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。病院への付き添いは筆者。
イラスト/なとみみわ
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