兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【第209回 兄に新たな疑惑】
若年性認知症の兄と暮らすライターのツガエマナミコさんが綴る日常エッセイ。兄の排泄トラブルで頭を悩ますマナミコさんですが、このたび新たな悩みが増えそうな予感…。ベランダで兄が下を向いてしていたこととは?マナミコさんの心配は尽きないのです。
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兄、お唾吐き?
兄は時折ベランダに出て町の風景を眺めております。そばにマンションが立ち並んでいるので、意味もなく外をじろじろ眺めているのはよくないと思いますが、一人では外を出歩けないのですから、そのくらいは仕方がないと思っております。ただ、お尿さまやお便さまをいたしてしまうことは許容できません。最近、ベランダに出る兄を見かけるたびに「トイレはこっちだよ」と誘導を心がけておりますのでベランダでのお尿さま回数は減ってきております。それでも気づくとお尿さまの形跡を発見するので、相変わらずわたくしはお掃除とお消毒の毎日でございます。
そんな兄に新たに「お唾吐き疑惑」が浮上してまいりました。
少し前、ベランダの手すりから顔を出すようにして、つま先立ちで真下を眺めている兄を発見いたしました。手すりは身を乗り出せないくらいの高さはあるので、安心してしばらくその背中を見守っていると静かに唾を垂らしたように見えたのです。
「え?」と思い、兄に「今、下に唾を落とした?」と伺ってみました。すると即座に「そんなことするわけないだろ。ガキじゃないんだから」と半ギレされました。
“これは図星だったな”と確信したことは言うまでもございません。これがはじめてだったとも思えません。習慣化させないためにはここで食い止めなければいけないと思い、「そうだよね。下はよその家のお庭だから、唾なんか落としたら犯罪者だよ。このマンションから追い出されちゃうからね」と少し脅してみました。どうせ忘れてしまうとは思いつつも…。
兄のこの暴挙を阻止するには「監視」しかないと、その後も注視しておりますと、何度となく手すりから下を眺める兄を確認いたしました。下の様子や通行人、周囲のマンションなどを眺めて、タイミングを見計らっている素振りをみる度に「なんだか雨降りそうだね」などと声を掛け、お唾吐きを阻止。しかし100%防げているとは言い切れません。
お尿さまはギリギリ我が家の中の問題ですが、ベランダからのお唾吐きはよそ様を巻き込む問題でございます。
もし自分が下の住民で、上階の人がベランダから唾を吐いていると知ったら、大迷惑でございます。認知症が原因だとしても「別にいいですよ~」とはとても言えません。
トイレ誘導同様に、定期的に洗面所に連れて行って唾を吐かせるべきでしょうか。でなければベランダに出られないように窓に別の鍵をかけるしかないでしょうか。そんなことを考えているツガエでございます。
そんな兄の食欲がこのところ落ちてまいりました。
以前は「僕は好き嫌いがないから」が自慢で、残さずに食べてくれましたが、2カ月前ぐらいからでしょうか、ご飯を残したり、おかずを残すことが急に目立ってまいりました。高齢者らしく全体に食事の量を減らしてみましたが、最近はそれでもすぐに箸が止まってしまいます。「もうご馳走さま?」とか「あとこれだけだから食べちゃって」と促しながら2時間ぐらいかけてやっと3分の2ぐらい。デイケアでも4分の1ほど残しているようで、体重が2カ月で2キロ近く減っています。まぁ、運動不足でぽっちゃりしていたので、ちょうどいいダイエットになっているような気も致しますが…。
認知症は、記憶が消えていくことに伴って、「こんなことしたらよくないよね、おかしいよね」という常識的ブレーキが効きにくくなると言われております。だから今の兄は「ベランダから唾を吐いてはいけない」と知りながらもその衝動を止められない。食事も、これまでは多少口に合わなくても「食べたほうがいいな、残したら悪いな」という思いから完食していたけれど、今は我慢して食べることはしないのだと勝手に推察しております。
デイケアからは「体重を見ながら様子を見ましょう」と言われております。重大な病気ではなく暑さによる食欲不振であることを願っております。
さて、円周率を小数点以下100桁覚えようチャレンジは、なかなか進まず。
3.1415926535897932384626…う~む、今週はここまでが限界。あと78桁でございます。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性60才。両親と独身の兄妹が、8年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現64才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。病院への付き添いは筆者。
イラスト/なとみみわ