兄がボケました~認知症と介護と老後と「第21回 パスワードどうしてますか?」
世の中のデジタル化が進むにつれ、本人認証を求められる機会も増えています。認知症の兄と長年暮らしてきたライターのツガエマナミコさんは、兄の手続きのみならず、自身のパスワード管理にも頭を悩ます日々です。
* * *
兄思いの妹でいられるのは…
わたくしの額には、バカボンのパパのように三本の横線が刻まれております。30歳を過ぎたころから、ときどき出現するようになって、気づいたら真顔でも三本ジワが額に出現する状態になりました。今となっては懸命に皮を引っ張っても線は消えません。額を触れば指先ではっきりと三本線を感じられるくらい深く刻まれた溝。貧乏くさくて常々嫌だなと思って参りましたが、最近ふと思いつき、「おでこ 三本線 人相」でネット検索してみましたところ、「吉相」だったので急に愛しくなりました。もうツルンとした額の友人たちを「横ジワなくていいな~」と羨むこともございません。恥じることなく三本線で生きていこうと思った単純なツガエでございます。
前回、兄のマイナンバーカードについて、区のスタッフが施設に訪問して申請を受けてくれるサービスを利用しようと考えていると書きましたが、問い合わせてみたところ、やはり、「ご本人様の意思確認が取れない場合は、訪問して申請を受けても受理できません」と言われてしまいました。さらに「現在のところマイナンバーカードは任意なので、当然の権利として作らないという選択肢もありますから」と言っていただいたので、兄のマイナンバーカードは作らないことにいたしました。「最初からそういってくださいよ」というのが正直なところ。現実問題、兄のように認知症が進んだり、さまざまな事情で意思が確認できない人は数%いらっしゃることでしょう。この先、マイナンバーカードがないことで被る不利益がないことを祈ります。
わたくしはまだ申請したばかりで手元にマイナンバーカードはございません。受け取るときにはパスワードが2つ必要と聞きました。「またパスワードか…」と正直渋い顔になってしまいました。パソコンでもスマホでもクレジットカードでも暗証番号やパスワードを持たなければなりません。セキュリティーソフト、リモートワークソフト、メールソフト……あらゆるアプリにパスワードが必要で、何かトラブルでもあろうものならパスワードを要求され、忘れるとパスワードを変更することになり、ますますパスワードが増えて正しいパスワードがどれなのか見失うのでございます。もう何のためのローマ字なのかよくわからないメモがツガエの周辺にはたくさんございます。我ながら頭が悪い。
マイナンバーカードは10年ごとに申請をする必要があり、さらにセキュリティーの観点から5年ごとにパスワードを変更しなければならないそうですね。みなさんどんなふうに大量のパスワードを管理されているのでございましょう。覚えやすく且つ単純じゃないパスワードをどうやって考えればいいのでしょうか?
今週も兄の面会に行ってまいりました。
ちょっとした鯉のぼりの飾りを壁に貼り付けて「もうすぐ5月だよ~」と言いながら顔をうかがいましたが、兄はどこ吹く風で無反応でございました。でもこの日も手をつないで歌を歌うと、兄がリズムに合わせて手を左右に動かしてくれたり、「いいよ~」と言ってくれたりしたのでうれしくなっておりました。
施設の方からも「入所されたころは、どうしたらいいかスタッフみんな悩んで常に話し合っていましたが、今は穏やかで日中はリビングにいらっしゃいますし、カンファレンスの議題にも上がらなくなりましたよ」とおっしゃっていただき、ほっとしております。医師の薬の処方や施設のみなさんの対応が素晴らしいのだと思います。本当にありがたいことでございます。
週1回のペースで通うのが苦ではないことが我ながら不思議でございます。思い返せば、兄が家にいた頃のわたくしは冷酷なものでした。スキンシップなど生理的に受け付けない感覚で触りたくないし触ってほしくもありませんでした。今は、歌を歌いながら手をつないで、握り返してくれることが嬉しいと思える自分に変化しております。兄思いの妹でいられるのも介護施設があってこそ。時間と距離の間隔があってこそ生まれた関係性。このままずっと兄思いの妹でいとうございます。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性62才。両親と独身の兄妹が、2012年にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現66才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。2024年夏から特別養護老人ホームに入所。
イラスト/なとみみわ