兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【第167回 兄と2人きりの日常】
若年性認知症を患う63才の兄と2人暮らしをするアラ還のライター・ツガエマナミコさん。穏やかで優しい性格の兄ですが、予想外の行動も増えてきて、その対応に戸惑うマナミコさんは、心安まる時間がどんどん減ってきています。今回は、日常生活のサポートだけではない、マナミコさんが人知れず抱える“大変なこと”を明かします。
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「妹」ではなく「女性」として見られてる瞬間がある?
兄は、テレビをご鑑賞しながら、時に食卓の椅子に座ったまま、時にフローリングに横たわってちょくちょくお舟を漕いでいらっしゃいます。普通ならソファやクッションでくつろぎの場所を作るのでしょうが、ツガエがあえてラグマットさえ敷かずに板の間をキープしているのは、夜には兄にご自分の部屋へ行ってほしいからでございます。
ただでさえ時間の感覚がない兄は、「もう夜中の12時だからテレビ消して寝てください」とわたくしが言わないといつまでもリビングに居座ってしまいます。そこにソファでも置こうものなら、そこから動こうとしないにちがいありません。
わたくしは、兄がリビングにいると気が抜けないのでございます。いつキッチンオシ(キッチンのシンクにオシッコをする意)をするかわからないので常に警戒していると申しあげたらいいでしょうか。
また、考えすぎと言われようとも、兄は男子でわたくしは女子。兄がわたくしを「妹」と認識してくれていればいいですが、ときおり「この店は何時までなの?」とおっしゃることがあるので不安になるのです。ここを自宅と認識していない瞬間があり、わたくしが誰かわかっていない瞬間がある。突如オオカミになって襲われることは99%ないと思っておりますが、「妹」ではなく「女性」として見られることがあるとしたら、それだけでわたくしにとっては気持ちが悪く、兄を警戒せずにはいられないのでございます。
兄が妙な気を起こさないようにツガエは「女らしさは封印」しております。そもそもそれほどないのですが、基本ジーンズにTシャツで、この夏もノースリーブや襟ぐりの大きいシャツなどは兄の前では着ませんでした。パジャマ姿もほとんど見せません。ただ最近中年らしいムチムチボディが我ながらエロチックに思えるので、ボディラインが出ない服選びに苦労しております。
もっと言えば、兄とはパーソナルスペースを多めに取っております。家の中では真後ろに立たれないように用心しておりまして、外では、わたくしが前を歩く時は、「競歩ですか?」ぐらいの早足で兄との距離をキープしております。
部屋で掃除機をかける時にも、玄関で靴を履く時も兄に対して「菜々緒ポーズ」(お尻を突き出して前屈する女優・菜々緒さんのセクシーポーズ)にならないように立ち位置に気を配り、膝を曲げてしゃがんだりしているのです。
最近の体の疲れは、こうした変な気遣い、用心、警戒のせいではないかと思っております。
ちなみにわたくしの部屋はリビングと引き戸一枚で区切られた納戸のような隔離部屋で、一切窓がないこともあり、息苦しいので常に15センチほど引き戸を開けて過ごしております。リビングに居座っている兄の姿はギリギリ見えないようにしておりますが、ずっとテレビがついていますし、なぜかわたくしの眼を盗むように行動して挙動が不審なので、仕事をしていても気が散るばかり。
そうかと思えば15cmの隙間からこそ~っとのぞき見されて不愉快な思いをしております。「何か御用?」と訊いても100%何もないのですが、何度も何度ものぞかれます。わたくしが無視をしますと、飲み終わった空のコップを手に「これ…どこかな?」とやってきます。とりあえず「テーブルの上に置いておいていいよ」と言うと「え?どこ?」とコップを持ったまま玄関の方まで行ってしまうありさま。
アンビリーバボーでございます。
「ここがテーブルだよ」とお教えしたところで覚えていただけないので、最近はすぐに受け取って「はい、どうもありがとう」と言うことにしております。
隙間を開けておくからそうなるとお思いでしょう? 締め切っていてもだいたい同じで、ノックもなしにこっそり戸を開けようといたします。誰かいるのか、いないのか、何をしているのか、何もしていないのか、記憶できないので気になるのでしょう。気持ちはわからないでもないのですが、「いい加減にしてくれー」と嫌気がさしているツガエでございます。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性59才。両親と独身の兄妹が、8年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現63才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。病院への付き添いは筆者。
イラスト/なとみみわ
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