兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【第134回 トイレスリッパ問題】
ライターのツガエマナミコさんは、若年性認知症を患う兄と2人暮らし。これまでも、兄の摩訶不思議な行動に翻弄されてきました。例えば、洗面所のコップの中や、ベランダで用を足してしまうことや、床に便が落ちていたこと…。そして今回は、新たなトイレ問題が発生してしまったというお話です。
「明るく、時にシュールに」、認知症を考えます。
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たかがスリッパ、されどスリッパ
最近、深夜トイレに行くと、そこにあるはずのスリッパが消えている事件が頻発しております。犯人は言うまでもなく兄上でございます。日中はご自分のスリッパのままお出入りされるのですが、深夜はきっとおソックスでおでましになり庶民のトイレスリッパをご使用され、そのまま自室に戻られるのでございましょう。わたくしもここのところ夜間頻尿でよく起きるわけでございまして、「スリッパがない!」となって仕方なく自分のスリッパで出入りしている次第でございます。
今朝もスリッパがなかったので兄が朝食を召し上がっているうちに兄の部屋に探しに行きますと、きちんと互い違いにスリッパを組み合わせてティッシュボックスの下に隠すように置いてあるではありませんか。
わざとじゃない、考えてやっていないとわかってはおりますし、必ず兄の部屋にあるのですから、それほど困ったことではないと客観的に分析できますけれども、「あ~あ」という落胆事項がまた増えたような気がいたします。
そもそも兄はスリッパを使い分けていないのですから、もうトイレスリッパなど廃止してしまえばいいとおっしゃる人もいるでしょう。でも、わたくしは気分的衛生的に無理でございます。兄上が飛び散らかしているトイレと自分の部屋を同じスリッパで行き来するなど到底できません。
しかし、しかし、兄上のスリッパはすでにリビングを汚しているのですから、その上を歩くわたくしのスリッパも同様に汚れており、自分の部屋も結局は同じように汚れるわけなのでトイレスリッパに固執する理由はないとも考えられます……。
いっそ、兄上のスリッパを廃止するということも考えないでもございません。でも冬は床暖房のないフローリングの我が家では確実に寒い。そして夏に裸足で歩かれるのも許せません。
たかがスリッパ、されどスリッパでございます。
でも逆に落胆が減っている事項もございます。まずは「お風呂」。これはデイケアで週1回必ず入れてくださるので、以前のようにわたくしが付き添わなければならない落胆は解消されました。次に「コップDEオシッコ」でございます。あんなに毎日洗面所のコップにお尿さまを放出しておりましたのにデイケアに行き始めてから徐々になくなり、現在、常にグラスは空っぽでございます。
そしてさんざん泣かされた「お便さま」もまったく拝見することがなくなりました。不思議なくらい順調で、この順調が続けば続くほど、再びお便さま地獄がやってきたときの衝撃に耐えられるだろうかと、自分のことが心配になります。
お薬が効いているのでしょうか。デイケアに行き始めたことが大きいのかもしれませんが、お薬の効果も多少関係しているかもしれません。
そういえば先日、主治医・財前先生(仮)からわたくしのスマホにお電話をいただきました。
「え?直にかけてくるってなにごと?」と思いましたが、なんのことはないお願いしていた兄の診断書についての確認でした。診察時に「兄の年金申請に診断書が必要なのですが」と年金事務所から渡された専用の用紙を見せながら言いかけると、「それは文書課に出してください」といつものように冷た~くおっしゃったので仰せの通り文書課に申請していたのです。書くにあたってわからない項目があったので直接お電話をくださったという経緯でした。
質問は「お兄さんが生まれたのはどちらですか?」とか「小学校や中学校は普通学校でしたか?」など本当に確認程度の内容でした。
意外だったのは、いつもの先生よりもグッと若く、大学生と話しているような印象を持ったことでございます。「診察のときに確認すればよかったのですけど、遅くなってすみません」と素直に非を認めたりしてまるで別人。財前先生(仮)も人の子、白衣を着て診察モードのときにはそれなりに気を張っているのかもしれないと、なぜか母のような心境にもなりました。
その診断書を数日前に受け取りに行き、無事に年金事務所に郵送いたしました。あとは兄の通帳に年金が入ってくるのを待つばかりのツガエでございます。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性58才。両親と独身の兄妹が、6年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現63才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。病院への付き添いは筆者。
イラスト/なとみみわ