兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【第116回 大変です!急に匂いが消えました(その1)】
ライターのツガエマナミコさんは、若年性認知症を患う兄と2人暮らし。自分のことより兄を優先するツガエさん、ワクチン接種の手配もまず兄から…。週に1日デイケアに通う以外はほぼ、家で過ごす兄をサポートを続けるツガエさんをもっとも悩ませているのは兄の排泄問題。そして、このたびは、ツガエ家に大ピンチが襲いかかったときのお話です。
「明るく、時にシュールに」、でも前向きに認知症を考えます。
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まさか!まさかの…一大事
やっと兄が1回目のワクチン接種を終えました。
4時にデイにお迎えに行き、トボトボ歩く帰り道、「今日は注射打ったんでしょう?」と聞いたら、「え?注射?…したの?」とのたまう兄。まるでお年頃のお嬢さんに「いくつ?」と聞いたら「いくつに見える?」と返されたようなシラケたムードになりました。
「どっちかの腕が痛くない?」と聞きましたが、「え~?痛くないよ」というので、上手に打っていただいたんだなということだけは確認できました。
自分はともかく、兄だけでも接種が済んでくれれば少し安心、と胸を撫でおろしたその翌日、事件はついに起こってしまいました。
夜、わたくしがいつものようにお風呂に入り、シャンプーをしたとき、なんの香りもしないことに気が付いたのです。その日は新しいシャンプーの初日。「どんな香りがするかな?」と楽しみにしていたので、「は?」となって「あれれ?」となって「まさか?」となって「あ~あ、そういうことだ」とほんの数秒ですべてを理解いたしました。
テレビで散々聞いてきた「嗅覚障害」。コロナウイルス感染症の特徴の一つです。ちょっと喉が痛くて、咳が出ていましたが、熱は平熱だったので少し様子を見ていたら、突然この決定的な症状のお出ましです。ラスボス登場といったところ。
その後、リンスの匂いも石鹸の匂いもしないことを確認して、自分の嗅覚の変化にびっくりしました。「こんなにきれいになんっにも匂わなくなるもん?」というくらいはっきりレベルゼロになったのです。それまで匂いを気にしていなかったので、正確なところはわかりませんが、徐々にではなく、一気にガクンとスイッチが切られた感覚です。
入浴の間中考えたのは「これから何をすればいいのだろう?」ということ。散々ニュースを見て来て、PCR検査をどこかで受ける流れだとはわかっていましたが、具体的にどこにこの事態を連絡すればいいのかさっぱりわかりません。
病院? 保健所? 発熱センター? それって何番?????
お風呂上りにパソコンで検索すると、いろいろ情報があり過ぎて困りました。
「慌ててもしょうがない。とりあえず寝よ」と考えて、いつものように深夜のうじ虫退治(兄がオシッコするベランダの排水溝に熱湯をかける作業)をいたしました。すると、いつもなら湯気とともに「ぷ~ん」と立ちのぼってくるはずの臭いが、「あら無臭。これは好都合!」となりました。
嗅覚障害のメリットは、じつは翌朝にもございました。そうです、お便さまです。洗面所のゴミ箱に、久々にお便さまがございました。いつもなら臭った瞬間から不愉快になり、臭うがゆえに実物を見るとおぞましい気分になっていたのですが、何も臭わないとただの茶色い固まりでしかなく、処理もスムーズにできました。わたくしの不快の大半は臭いに支配されていたことを知り、都合よく嗅覚がオンオフできたら介護も少し楽になると実感いたしました。
それはそうと、嗅覚障害があれば十中八九感染は間違いございません。でも発熱もなければ、息苦しさもないのです。ただ、ネックはやはり兄でした。
ご存じのように我が家は兄との二人暮らし。わたくしがコロナなら兄は間違いなく濃厚接触者ですので、しばらくデイケアには行けません。しかもわたくしの判断でお休みの期間を決められるものでもありません。
「やはりここはしかるべき機関の指示を仰がなければ」と思い、「新型コロナウイルス感染症コールセンター」に電話をし、PCR検査ができる最寄りの病院を紹介していただきました。午前中に予約をし、17時半に検査。1時間前から水も飲まないようにという注意事項の下、唾液検査でした。
でも初期にテレビで観ていたような、無理やり唾液を出して容器に貯める唾液検査ではなく、竹ひごのような細長い棒を舌にあてながらくわえるだけ。時間にしてたった30秒間。医療機関にもよるのでしょうが、検査も進化を遂げております。
結果は翌日とのことでした。つづく…。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性58才。両親と独身の兄妹が、7年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現62才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。病院への付き添いは筆者。
イラスト/なとみみわ