『俺の家の話』7話|泣きながらやっても笑いながらやっても介護は介護。「明るい介護」を実現するには?
長瀬智也主演、宮藤官九郎脚本の『俺の家の話』(TBS毎週金曜夜10時から)は、介護がテーマのホームドラマ。能楽師の父親(西田敏行)の介護のために実家に帰ってきたプロレスラーの息子(長瀬智也)とその家族を中心に物語は広がって行きます。認知症の進行が心配される父親の言動がおかしい、「物盗られ妄想」になっているかもしれない……。ドラマを愛するライター・大山くまおが6話までを解説します。
介護で起こる「物盗られ妄想」とは?
長瀬智也主演のドラマ『俺の家の話』がますます面白い。「介護」という重いテーマに正面から取り組みつつ、明るく笑わせ、しみじみ泣かせ、じっくり考えさせる。介護について考えている人、これから介護を考えければいけないと思っている人は必見のドラマだろう。
先週放送された第7話では、「物盗られ妄想」が取り上げられた。「物盗られ妄想」とは、認知症の症状のひとつで、物の置き場所を忘れてしまったときなどでも、自分が無くした自覚がないため、「誰かに盗まれた」というストーリーを作って他人のせいにしてしまうというもの。
第7話では、認知症が少しずつ進行している父・寿三郎(西田敏行)が、家にあった貴重な能面を誰かに盗まれたと言い始めたのだが、ケアマネージャーの末広涼一(荒川良々)は「物盗られ妄想」ではないかと指摘する。
結局、寿三郎の家には本当に泥棒が入っていて、長男の寿一(長瀬)が泥棒を取り押さえることで決着がつくのだが、実際に「物盗られ妄想」が起きたときも、叱責するのではなく、一緒に物を探し、物が見つかると認知症の人の頭の中から“犯人”がいなくなるという。詳しくは以下の記事を参照してほしい。
→「物盗られ妄想」が起きた認知症の母に言ってはいけない言葉とは
また、ドラマの後半では寿三郎の認知症が進行していて「要介護2」の判定が出たことに衝撃を受けるシーンがあった。「要介護2」とは「日常作業の動作についても部分的な介護が必要で、排泄などでも一部助けが必要。理解力の低下も見られる」という状態を指す。詳しくは以下の記事を参照のこと。
→要介護認定とは?申請方法は?|介護保険サービスを利用するまでの流れ【介護の基礎知識】公的制度<4>
なぜ観山家は「明るい」介護ができるのか?
観山家の家族である長男の寿一、長女の舞(江口のりこ)、次男の踊介(永山絢斗)、芸養子で異母兄弟の寿限無(桐谷健太)とヘルパーのさくら(戸田恵梨香)はそれぞれ忙しいはずだが、ケアマネジャーの末広とともに頻繁に集まっている。
彼らがやいやいと話し合う様子を見ていた、寿一の後輩レスラー・プリティ原(井之脇海)は「なんか明るくっていいっすね」と笑う。原の祖母も認知症だったが、息子兄弟の間でたらい回しにされた挙げ句、施設に入れられていた。
「そっか、うち、明るいんだな」。原の言葉を聞いて寿一は自分たちの介護が「明るい」ことに気づき、いくつも介護家庭を見てきたさくらも「よそと比べると悲壮感がないかも」と認める。そんなやり取りを見ていた末広はこんなことを言う。
「泣きながらやっても、笑いながらやっても、介護は介護ですからね」
これは至言だろう。泣きながらやっても、笑いながらやっても、介護であることには変わりはない。それなら明るく笑いながら介護したいもの。
では、なぜ寿一たちは「明るい」のか? やはり寿一たち兄弟の仲の良さが大きな原因だろう(原は彼らの姿を見て、自分の親の兄弟の仲の悪さを思い出していた)。兄弟の仲の良さがチームでの介護を可能にしている。
とはいえ、最初から仲が良かったわけではない。むしろ寿一が25年ぶりに実家に帰ってきたときは険悪だった。寿限無が強烈な“遅い反抗期”で寿一たちに反発したこともあった。
彼らが和解して仲の良さを取り戻せたのは、寿一が懸命に介護と家族に向き合った結果だ。父親の風呂の世話とOMT(リハビリパンツ)の担当だけでなく、食事の世話もするし、掃除もする。父親や家族の話も聞く。家族旅行だって企画して実行した。能の稽古もあるし、プロレスの試合にも出ているから多忙だが、面倒なことを厭わず、すべてを受け止め、全力を尽くしてきた。父親に認められたい、褒められたいという気持ちから生まれた寿一の行動だが、それが家族に良い影響を与えている。
寿一が向き合わなかったもの
ところが寿一は元妻のユカ(平岩紙)にはまったく向き合っていなかった。息子の秀生(羽村仁成)の親権をめぐる話し合いの中で、「家庭を顧みなかった」と反省する寿一はユカに「やっぱり何もわかってへんな」となじられる。むしろ顧みないほうが良かったというのだ。
「怖いねん、家におるとき。張り詰めんねん、空気が。わかってる? 殺気放ってんねん。大阪城ホールちゃうよ、うちは。2LDKの分譲マンション! 持ち込まんとって、殺気!」
家庭を顧みる、家族と向き合うのは、家にいることと同義ではない。妻や子が何を求め、何を感じているかを察して、それに応える必要がある。だが、寿一はそうしてこなかった。家族と向き合うのを避けて、プロレスに逃げていたのだ。
だが、そんな寿一にも変化があった。今は父親をはじめとする家族にも向き合っているし、学習障害のある秀生のために何をすればいいかを真剣に考えている。秀生は「能死体!(能がしたい)」と望んでいた。認知症が進む寿三郎も孫の秀生と能の稽古をしたいと考えていた。寿三郎の認知症が進んでいるため、一刻も早く実現させたいと考えた寿一は、ユカに誠心誠意、頭を下げる。ユカだって息子がやりたいことを取り上げたいわけではない。初めて自分たちに向き合ってくれたと感じたユカは、寿一の要望を認めてくれた。
秀生は「薄いお父さん」の早川(前原滉)だけでなく、「濃いほうのお父さん」の寿一にも作文を書いていた。そこに記されていたんのは父親への憧れだった。寿一がプロレスをやっていたときは自分もプロレスラーに憧れ、寿一が能を始めたら自分もやってみたいと思うようになった。
「要するに僕はお父さんみたいになりたいんだと思います。なんだかんだ言って、僕のお父さんはカッコいいと思います」
作文を読んで、思わずマスクで涙を拭う寿一。ずっと父親との関係に悩み、父親である自分と向き合えなかった男が、息子から父親として「カッコいい」と言われる。こんな嬉しいことはないだろう。
ドラマに説得力を与える長瀬智也のプロレス
ラストシーンはマスクマン、スーパー世阿弥マシンとして再びリングに登場するのだが、このプロレスシーンが本当にすごい。吹き替えを使わず、すべて長瀬智也本人が演じているというのだから驚くほかない。
ムーンサルトプレスは練習で長瀬が「いけそうな気がする」と言っていきなり成功させて、本番でも見事に決めたのだそう。もちろん、人生でムーンサルトプレスをやったのはこの2回のみ。前半のヘッドスプリングからのカウンターのドロップキックも長瀬のアイデアらしい。これは長瀬がファンだったプロレスラー、ハヤブサが試合で見せたムーブである。
とにかくリングに上がったときの華がすごい。説得力もすごい。プロレス監修を行っているプロレスラーの勝村周一朗によると、第3話にゲスト出演した武藤敬司は真剣に長瀬をプロレスにスカウトしていたという(「Number」3月5日)。
これならユカやさくらが夢中になるのも当たり前だし、秀生が憧れるのも当然だろう。宮藤官九郎の脚本に説得力を与えているのが、役者・長瀬智也の不断の努力であることは間違いない。こんな魅力的な俳優がもうドラマに出ないって本当なの?
『俺の家の話』は配信サービス「Paravi」で視聴可能(有料)
文/大山くまお(おおやま・くまお)
ライター。「QJWeb」などでドラマ評を執筆。『名言力 人生を変えるためのすごい言葉』(SB新書)、『野原ひろしの名言』(双葉社)など著書多数。名古屋出身の中日ドラゴンズファン。「文春野球ペナントレース」の中日ドラゴンズ監督を務める。
●『北の国から』は父の視点、子の視点、母の視点…あらゆる視点を内包する傑作である