本木雅弘の悲痛なラストメッセージ『運命の人』。ブレイク前の長谷川博己、菅田将暉の共演も必見
TBS「日曜劇場」の歴史をさかのぼって紐解く「水曜だけど日曜劇場研究」第2シーズン(隔週連載)。本木雅弘が政治部記者を演じる『運命の人』はいよいよクライマックス。弓成(本木雅弘)のラストメッセージは現在の政治のありさまに痛烈に響く。昭和史とドラマを研究するライター・近藤正高氏は「今見直す意味のあるドラマ」と結論する。
→前回を読む:本木雅弘が運命を感じた『運命の人』は、醜聞に嵌められた悲劇の記者
攻めの真木よう子
『運命の人』は、本木雅弘演じる主人公・弓成亮太と2人の女性を軸に物語が展開する。1人は機密文書の漏洩により弓成とともに司法の裁きを受けることになる外務省事務官の三木昭子(真木よう子)であり、そしていま1人は、弓成の妻・由里子(松たか子)だ。
2人はあらゆる面で対照的である。一言でいえば、攻めの三木に対し、守りの由里子とでもなるだろうか。三木の場合、弓成が新聞記者としての使命を語るのを聞き、心を惹かれて以来、機密文書を渡しては積極的にモーションをかける。そしてついには男女の関係を持つにいたった。
三木が弓成に惹かれたのには、彼女の置かれた境遇にも理由があった。そもそも彼女が外務省に入ったのは、病気のため退職を余儀なくされた夫の琢也(原田泰造)の代わりとしてであった。琢也は自宅で療養しながら、妻の行動を克明に記録し、疑いを抱けば厳しく問い詰め、ときには暴力さえ振るった(原田泰造がお笑いのイメージとはかけ離れたDV夫を演じているのに注目!)。三木にはおそらく、夫に束縛されるなかで出会った弓成に、彼こそ自分をここから救い出してくれる人だと思われたのだろう。
それだけに弓成からさりげなく別れを告げられたあげく、彼の行動が原因で機密漏洩が発覚したのは、三木にとって裏切りでしかなかった。弓成とともに国家公務員法違反容疑で逮捕・起訴された途端、彼女は復讐の鬼と化す。弁護士についた坂元(吹越満)からも、情状酌量を得るべく、機密文書を持ち出したのは弓成にそそのかされたからだと主張するよう言い聞かされた。
左目だけで怨念をあらわにする
坂元から裁判での想定問答を渡され、三木がそれを読み上げながら必死になって予行練習を繰り返す姿はさながら女優を思わせた。世間にも「悲劇のヒロイン」と印象づけるため、彼女は週刊誌の取材やテレビのワイドショーの出演依頼にも積極的に応じた。ワイドショーなどに出るたび、前髪で顔の右半分を隠しながら、左目だけで怨念をあらわにする真木よう子の演技には、ゾクッとさせられる。
弓成からすれば、原告である検察だけでなく、自分と同じ被告である三木とも戦わねばならず、非常に悩ましい裁判となった。一緒に無罪になるのをめざし、三木にはあえて反論せず、あくまで問題とすべきは政府による密約だとの主張を貫く。結果、一審で彼は無罪となるが、三木には有罪判決が下された。彼女は控訴せず、判決を受け入れる。そして弓成も同じ目に遭うよう、ますます復讐心をたぎらせ、マスコミへの露出を繰り返した。
守りの松たか子
このように弓成に対しひたすらに攻め続ける三木に対し、守りの由里子は、事件以前から給料もほとんど取材のための交際費に使ってしまうほど(そのため実家から多額の仕送りを受けていた)仕事一筋の夫を、息子2人を育てながら献身的に支えていた。
それが事件が起きると、自宅には検察の捜査が入り、さらにマスコミも殺到する。子供たちまでもが父親のせいでいじめられるようになった。生活は一変し、夫の不貞もあかるみとなったことで、さすがの由里子の心も大きく揺れ動く。
だが、葛藤を続けた末に、彼女は弓成を支え続ける覚悟を決めた。それは弓成のほうから離婚を切り出され、強く反発する場面であきらかとなる。このとき、いきなり笑い出したかと思うと、「あなたからそれを言うんですか」と怒りをぶつける松たか子の演技はまさに圧巻であった。
長谷川博己、菅田将暉登場
弓成は裁判が始まって以来、すべてから逃れるように北九州の実家に長らく滞在していた。由里子の前に初恋の相手である従兄弟の鯉沼玲が現れたのは、そんな時期だった。玲を演じるのは長谷川博己である。長谷川はこの前年の2011年、ドラマ『鈴木先生』『家政婦のミタ』によりテレビでも注目される存在となっていた。
長谷川演じる玲は、建築家として世界を飛び回るなか、たまたま帰国中、由里子が週刊誌記者につきまとわれているところを助け出す。その後も彼女に優しく接する玲を由里子の母親などは信頼し、弓成と別れて彼と再婚するよう望むほどであった。
それでも由里子は結局、家でピアノ教室を開いて自活しながら夫を待ち続ける道を選んだ。ドラマの終盤では、玲がボストンに拠点を移すにあたり、由里子の長男・洋一も連れていくことになる。ちなみにこのとき成長した洋一を演じたのが菅田将暉だった。いまとなっては、ブレイク前夜の長谷川と菅田の共演シーンはなかなかレアである(共演といえば、長谷川は昨年、NHKの大河ドラマ『麒麟がくる』で本木雅弘と『運命の人』以来久々の共演を果たしている)。
弓成は二審では一転して有罪となり、最高裁に上告するも棄却され、とうとう国に敗北を喫した。有罪確定にともない彼は新聞社を追われ、直後には父まで亡くす。青果商で財を成した父だが、晩年には経営は傾いていた。弓成は父の跡を継ぎ、慣れない商売に戸惑いながらも再建を期す。しかし、これにも失敗。失意のうちに彼が向かったのは沖縄であった。
弓成が沖縄を訪れる様子はすでに第1話の冒頭で描かれていた。青い海に突き出した崖の上に立った彼は、そのまま海へ身を投げる。主人公の死を示唆したところで、時間をさかのぼって物語が始まるという演出だ。
木村拓哉と本木雅弘の運命の違い
思えば、同じく山崎豊子原作の日曜劇場版『華麗なる一族』もまた、木村拓哉演じる主人公の鉄平が死を決意して冬山に登るシーンから始まった。しかし、鉄平が冒頭でほのめかされたとおり最終回で死んでしまうのに対し、弓成は地元のガラス職人の女性・謝花ミチ(美波)に救われ、一命をとりとめた。枠を2時間に拡大して放送された最終回では、舞台を沖縄に移して、弓成が挫折から再起するさまが描かれる。
彼は沖縄の人々と接するうち、自分の過去とあらためて向き合い始めた。そんな折、米兵による少女暴行事件をきっかけに沖縄各地で米軍への抗議運動が起き、ついには県民大会が行なわれた(このあたりの流れは、時代はずれるが、1995年の沖縄での少女暴行事件を受けて県民大会が実施されるまでの経緯をあきらかに下敷きにしている)。それを伝えるテレビの画面に弓成を見つけた由里子は、沖縄行きを決意。それまで音信不通となっていた夫婦はこれを機に再会を果たした。このとき由里子は羽田空港で、北海道の実家に戻る三木と知らないうちにすれ違う。すでに両者は、最終回を前に直接対峙し、互いに心の整理をつけていた。
物語はこうして大団円を迎えるのだが、沖縄の抱える問題はいまなお残る。密約の存在も、アメリカの公文書館から決定的な証拠が見つかったにもかかわらず、政府や外務省は認めていない。
→『華麗なる一族』は意外にホームドラマである。家庭持ち木村拓哉も珍しい
いまこそ見直されるべき『運命の人』
ドラマ版『運命の人』はそうした現実を踏まえて、「震災後の今日も、不都合な真実は必ずしも国民には明かされていない。そしていまもなお日本の国土のわずか0.6%の沖縄の地に国内の米軍基地の74%を押しつけられたままである。沖縄を知れば知るほどこの国のひずみが見えてくる」という本木雅弘によるナレーションで締めくくられた。前年に起こった東日本大震災と福島原発事故を念頭に置いたものとはいえ、ここまでドラマでストレートに政治のあり方に疑問を投げかけた作品は近年では稀有だろう。本作の批判の矛先は国だけでなく、少女暴行事件で被害者のもとに土足で踏みこみ、興味本位な報道を行なう本土のメディアにも向けられていた。
沖縄問題にかぎらず、政治家が説明責任を果たさない事例はここ10年あまり枚挙にいとまがない。それどころか、彼らは国民の批判に対し「誤解」「曲解」だと抗弁し、メディアの報道にも介入をいとわない。そのなかで、むしろ批判する側が、政治家の足を引っ張っるなと非難されるほどだ。しかし、愚直なまでに言い続けないかぎり、おそらくこの傾向は変わらない。
そう考えると、『運命の人』はいまこそ見直されるべきドラマだと思う。同時に、この意志を継ぐような作品が新たに出てくることを期待せずにはいられない。
※次回は2月17日(水)公開予定
文/近藤正高 (こんどう・ まさたか)
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