本木雅弘が運命を感じた『運命の人』は、醜聞に嵌められた悲劇の記者【水曜だけど日曜劇場研究2】
TBS「日曜劇場」の歴史をさかのぼって紐解く「水曜だけど日曜劇場研究」第2シーズン(隔週連載)。前回に続き、本木雅弘が政治部記者を演じる『運命の人』を取り上げる。新聞社という組織を小説で描きたいという原作者・山崎豊子の思いは、どうドラマ化されたのか。ドラマ史と昭和史に詳しいライター近藤正高氏が考察する。
→前回を読む:半沢頭取誕生ニュースに驚愕!!まずは実在モデルで考える問題作『運命の人』
本木雅弘「このニュースを見たのも運命」
作家の志賀直哉が約100年前のスペインインフルエンザの大流行を描いた小説『流行感冒』がこの春、NHKのBSでドラマ化されると先ごろ発表された。主人公の小説家は、大河ドラマ『麒麟がくる』での斎藤道三役が記憶に新しい本木雅弘が演じるという。
本木はここ10年あまり出演作品をかなり絞っている。『麒麟がくる』はじつに8年ぶりのテレビドラマ出演だった。その8年前に出演したドラマこそ『運命の人』である。
本作で本木が演じた主人公・弓成亮太は、大手新聞社(毎朝新聞)の政治部にあって政官界に食い込みながら情報を取り、数々のスクープをものにしてきた辣腕記者だ。ただ、この役をオファーされたとき、本木は悩んだという。彼には政官界が遠い世界に感じられ、そのなかで自分はどう演じたらいいのかわからなかったからである。
そんな折、テレビでたまたま弓成のモデルとなった元毎日新聞記者・西山太吉をとりあげたニュース番組を見て、心を動かされる。西山は前回説明したように、沖縄返還について日米間の密約に関する極秘電信文を外務省の女性事務官から入手したことから、事務官とともに国家公務員法違反容疑で裁かれた人物である。
本木は、テレビで見た西山に強烈な印象を受けたと、ドラマの放送直前の対談で次のように語っている。
《表情の動かし方が独特で、目の奥に獲物を射るような緊張感があって、ポケットに手を突っ込んだまま、自分の言葉一つ一つに確信を持って喋っている……。最近見かけない、引力のある人だなと思いました。(中略)それでリーチがかかった感じはありましたね。このニュースを見たのも運命かなと》(『週刊文春』2012年1月5・12日号)
このとき見た西山のイメージを反映したのだろう、ドラマのなかの弓成もポケットに手を突っ込みながら、政治家や官僚たちと堂々と渡り合う。周囲を見下すかのような彼の傲岸不遜な態度は、「自分の記事で世の中を動かしたい」という記者としての野心から来るものであった。
弓成はこの野心を、因縁の相手となる外務省事務官の三木昭子(真木よう子)と初めて食事をしたときに吐露していた。その際、「(自分は)日本の未来だって変えられると思ってるんだ」とも語った弓成に三木は何か感じるものがあり、後日、極秘電信文のコピーを彼に渡すことになる。
密約問題から男女のスキャンダルへ
密約の存在を証明するこの文書があかるみに出れば、政府が打撃を受けることは必至だった。しかし、記者の鉄則である情報源の秘匿のため、そのまま新聞に載せるわけにはいかない。文書の扱いに手をこまねくあいだに、弓成は焦りを募らせる。そこへ、どこから嗅ぎつけたのか、野党・社進党議員の横溝宏(市川亀治郎=現・猿之助)が、弓成に同僚記者の清原(北村有起哉)を介して接触してきた。密約問題を国会で追及するため、くだんの文書を提供してほしいというのだ。当初は頑なに断っていた弓成も、横溝の再三の説得に加え、焦りもあり、ついに文書を先方に渡すことを決めた。
しかし、これが裏目に出る。横溝は国会で、外務省のアメリカ局長・吉田孫六(升毅)から、のらりくらりと質問をかわされるうちに激高して、文書を思わず掲げて見せてしまったのだ。さっそく外務省では、誰が文書を漏洩したのか、犯人探しが始まる。これに三木はいたたまれず、やがて自ら上司の安西審議官(石橋凌)に申し出るのだった。
このあと、三木も弓成も逮捕・起訴される。検察の起訴状には、弓成が三木から情報を得るため、男女の関係を持って(情を通じて)そそのかしたと書かれていたことから、事件は政府の密約問題から一転、男女のスキャンダルへとすり替えられてしまう。弓成は世間の非難を浴び、ついには新聞社を追われる運命をたどった。
そんな弓成を一貫して見守り続けたのが、ライバル社の記者・山部一雄(大森南朋)である。この山部の描かれ方に対し、彼のモデルとされる読売新聞グループ本社の渡邉恒雄会長が怒って週刊誌で批判したことは前回触れた。
たしかに渡邉が「名誉棄損」と批判したとおり、山部は有力政治家からときに金品を受けったりあくどい一面はあるとはいえ、新聞で世論を動かそうという点では弓成と志を同じくした。それゆえ、スクープを競い合うライバルでありながら親友として、弓成が落ちぶれてからも何かにつけて気にかける場面が出てくる。裁判では弓成を擁護する証言を行ない、事件以来ぎくしゃくした弓成と妻・由里子(松たか子)の仲を取り持つ役すら担った。渡邉はドラマの最初のほうしか見なかったようだが、最終回まで見たのならば、印象が変わったのではないだろうか。
部下を切り捨てる唐沢寿明、守り通す松重豊
そういえば、放送中には、「大森南朋とナベツネでは容貌がまるで違うではないか」との世評もあった。だが、渡邉の壮年期の写真を見ると、大森のイメージと思ったよりギャップはない。とくに目力の強いところなど、両者とも似ている気がする。
『運命の人』はそもそも、新聞社という組織を小説で描きたいという原作者・山崎豊子の思いから生まれた。ドラマでもその意図を汲んで、1970年代当時の新聞社の様子がきわめてリアルに再現されている。タバコの煙がもうもうと立ちこめる社内では、政治部と社会部が夜な夜な、どちらが朝刊の一面トップに記事を載せるかで争いを続けていた。それを決めるのは整理部長の萩野(梶原善)の役目だ。
弓成との関係でいえば、社会部長の荒木(杉本哲太)は、傲岸な彼を正直よく思っていない。これに対して弓成の直接の上司である政治部長の司(つかさ/松重豊)は、彼に絶大な信頼を置いていた。そんな両者も、弓成が逮捕されてからは、国民の知る権利を守るべく一致団結してキャンペーンを展開する。一方で、販売部長の恵比寿(でんでん)は、事件が起きて以来、販売部数が減って、販売店から突き上げを食っていると息巻く。
新聞社にとって、言論と経営は車輪の両輪である。いくら言論の自由を声高に叫ぼうとも、記者の逮捕により社のイメージに傷がつき部数が落ちれば、その記者の処分を検討せねばならない。社長の大館(演じるのは先ごろ亡くなった綿引勝彦)と主筆の久留(吉田鋼太郎)が弓成に会社をやめさせようとするのに対し、司は自身が閑職に追いやられながらも必死に彼をかばい続けた。
司を演じた松重は、この数年前に放送された同じく山崎豊子原作の『不毛地帯』(フジテレビ、2009〜10年)では、商社にあって上司である主人公(唐沢寿明演じる壱岐正)の命により防衛庁から機密書類を入手するも、あとでそれがバレて会社をやめさせられる人物を演じていた。あっさり部下を切り捨てる壱岐に対し、あくまで部下を守り通す司は対照的だが、機密漏洩の件と合わせ、その符号が面白い。
柳葉敏郎、橋爪功、浅野和之、矢島健一、北大路欣也……
『運命の人』の出演陣には松重のほかにも、過去に山崎原作ドラマに出演した経験を持つ俳優が何人か含まれる。弓成の主任弁護士・大野木役の柳葉敏郎はこれ以前に、当連載でもとりあげた『華麗なる一族』(2007年)での銀行頭取役に続き、『不毛地帯』では主人公の陸軍士官学校時代からの親友(のちに不幸な死を遂げる)を演じていた。いずれも主人公の味方役である。橋爪功もまた、『運命の人』では弓成の父親、『不毛地帯』では壱岐のシベリア抑留時代の先輩と、主人公を支える役どころをあいついで担った。
これに対して浅野和之は、『華麗なる一族』では弁護士、『運命の人』では検事として主人公と法廷で争う役を演じた。矢島健一もまた、『華麗なる一族』では大手鉄鋼メーカーの所長、『不毛地帯』では石油公団の総裁、そして『運命の人』では、起訴状で弓成と三木の関係を「情を通じて」と表現して波紋を呼んだ検事と、各作品で主人公の敵役として登場する。
さらにいえば、北大路欣也は『華麗なる一族』の万俵大介役に続き、『運命の人』では沖縄返還を実現させた首相・佐橋慶作(モデルは実在の元首相・佐藤栄作)と、いずれの作品でも主人公の宿命の敵ともいうべき人物を演じた。
弓成が密約問題の追及によって佐橋首相を失脚させようとするのは、原作もドラマも同じである。だが、ドラマでは原作以上に佐橋が弓成にとって大きな存在として描かれている。何しろドラマでは2人が直接対決する場面まで出てくる。弓成は新聞社を追われてからも、佐橋を追及するべく原稿執筆に全力を挙げるのだが、相手の急死によって結局それはかなわぬままに終わる。彼が山部から佐橋の訃報を知らされた際、それまで書いた大量の原稿用紙が風に飛ばされるカットが印象的であった。
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原作以上にモデルを想起しやすい役名
じつは原作では、佐橋の下の名前は出てこない。それをドラマではフルネームにしたのは、便宜的な理由だけでなく、主人公との関係を際立たせるためでもあったのではないか。
ついでにいえば、ドラマに登場する政治家の名前は、原作から微妙に変えてあったりする。たとえば、原作では中曽根康弘がモデルと思しき政治家が「利根川一康」と名前のみ出てくるのに対し、ドラマでは「曽根川靖弘」とより実在の人物に近い名前とされた上、本田博太郎が演じている。
また、福田赳夫をモデルにした政治家は、原作では「福出武夫」となっているが、ドラマでは「福出赳雄」と表記が微妙に変えられている。一目見た印象からすれば後者のほうが、先の曽根川と同様、原作以上にモデルとなった人物を想起しやすい。推察するに、これら改変は、物語の世界をより現実に寄せようとするドラマスタッフの企図によるものではなかっただろうか。
『華麗なる一族』では、上海の撮影用セットを使うなどして昭和の風景が再現されていた。これに対して『運命の人』では、大がかりなセットはさほど出てこないものの、1970年代当時のコピー機や家のインターホンなど、むしろ細部を忠実に再現することにスタッフの力が注がれていたように感じる。
こうした工夫に俳優たちの熱演もあいまって、『運命の人』の物語はより真実味を帯びることになった。次回は、俳優の演技にも注目しつつ、このドラマについてさらに見ていきたい。
※次回は2月3日(水)公開予定
文/近藤正高 (こんどう・ まさたか)
ライター。1976年生まれ。ドラマを見ながら物語の背景などを深読みするのが大好き。著書に『タモリと戦後ニッポン』『ビートたけしと北野武』(いずれも講談社現代新書)などがある。
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