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名作ドラマ『カミさんの悪口』が主婦の心をつかんだ時代背景とその仕掛けを解析【水曜だけど日曜劇場研究】

「日曜劇場」の歴史をさかのぼって紐解くシリーズ第8回は、前回に続き、田村正和が篠ひろ子と夫婦を演じた『カミさんの悪口』をライター・近藤正高氏が振り返る。バブルが崩壊して2〜3年、日曜劇場の視聴者層は当初のターゲットであった中年男性から主婦層にうつっていったのではないか。ストーリーに沿って若い女性と夫の浮気の描き方を解析しながら、仮説を検証する。

前回を読む→田村正和・篠ひろ子主演『カミさんの悪口』は夫婦あるある満載で今こそ必見!【水曜だけど日曜劇場研究】

ホームドラマにおけるお手伝いさんの役割

 TBS系「日曜劇場」で田村正和・篠ひろ子主演の『カミさんの悪口』が放送されたのは1993年10月〜12月。バブルが崩壊して2〜3年ほど経ち、不景気が続いていたころである。しかしドラマのなかに不況の影はまったくといっていいほど感じられない。現実の企業では広告費が削減され始めたころだが、田村演じる小泉肇の勤務する塗料メーカーは新たに開発した芳香剤を売り出すにあたり、テレビCMを中心に大々的な宣伝活動を展開しようとしていた。

 肇はこの宣伝プロジェクトで本部長に抜擢され、商品のネーミングやCMづくりのため大勢の部下たちと日々議論を重ねる。ただ、商品名を社内公募で決めたあたりを見ると、予算の額は当初から抑えられていたのかもしれない。それでも、肇は同期の2人……常務の茂木(橋爪功)と社長室長の片桐(角野卓造)とよく連れ立って豪華なランチをとっているし、クラブ(ホステスがいるほうのクラブ)で夜遅くまで飲んではタクシーで帰宅しているところなどを見ると、不況どこ吹く風で、まだ時代的に余裕が感じられる。そもそも出張先で常務が浮気し、その相手が東京まで訪ねてきて騒動が起こるという展開からして、いまから見るとどうも牧歌的だ。

 茂木の浮気相手である大場咲(松本明子)は、前回説明したとおり、ひょんなことから肇の家に転がり込み、妻の由起子(篠ひろ子)とは家事の手伝いをするうちに親しくなっていく。子供のいない夫婦にとって、咲は緩衝剤のような役割も担うことにもなる。思えば、TBSのホームドラマでは、主人公の家族が外部からやって来た人間によって活性化するという展開がよく見られた。たとえば、70年代の『寺内貫太郎一家』や『ムー』『ムー一族』といったドラマでは、家業(それぞれ石屋と足袋屋)に従事する職人に、お手伝いさんも加わって、さまざまな騒ぎを引き起こした。『カミさんの悪口』も、咲の役どころを見るかぎり、この流れを汲んでいるといえる。ちなみに、本作の脚本を手がけた山元清多は、『ムー』『ムー一族』の脚本陣にも参加しているから、そこでのお手伝いさん(樹木希林と岸本加世子が演じた)のイメージが、咲の設定にも反映されたのかもしれない。

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熟年夫婦に訪れる浮気の危機

 ドラマはこの咲をめぐって進んでいく。肇と由起子は、近所に住む茂木の妻・スミ江(岡本麗)が、いつ咲と鉢合わせるか気が気ではない。第6話では由起子がぎっくり腰を起こし、心配したスミ江が何かにつけて家を訪ねてくるので、咲と遭遇しないかハラハラさせるが、肇夫婦が何とか取り繕って危機を回避する。続く第7話では、回復した由起子が咲とスーパーで買い物をしていたところへスミ江が現れ、あわてさせる。由起子とスミ江が互いにカートを押しながら店内を追いつ追われる様子が笑いを誘う。

 さらに第8話と第9話では、肇と由起子がそれぞれ浮気に転びそうな展開となる。まず肇が、部下の若い女子社員・磯島裕子(白島靖代)とウォーターフロント(という響きが懐かしい)のおしゃれなバーでデートする。じつはその直前、肇は片桐から、裕子を食事に誘えないかと相談を持ちかけられていたが、思いがけず自分のほうが裕子に誘われたのだ。どうも彼女は自分に気があるらしいと思い込んだ肇はすっかり舞い上がる。だが好事魔多し。何と同じバーに、茂木が久々に咲を誘って現れたのだ。さらには片桐も、やはり肇の部下である山田雅子(久本雅美)と成り行きで食事することになり、そこで肇が裕子と一緒にいるところに出くわす。当然、片桐はどういうことだと肇をなじり、その隙に茂木は片桐にバレないよう顔を隠して(咲のことは片桐には話していなかったため)店を出ていく。このとき肇は、咲からも「見損なった」と言われてしまう。考えてみれば、咲も茂木と不倫関係にあるのだから、お互い様のはずなのだが(そのことはあとで咲自身も認めている)、居候中に仲良くなった由起子のことを思って、ついそういう言葉が出たのだろう。

 そんなことがあったにもかかわらず、肇は翌々日にまた裕子に誘われて、懲りずに応じてしまう。一方、由起子も、かつての婚約者の杉本(目黒祐樹)とデパートでたまたま再会し、食事に誘われた。そこで2組が密会の場に選んだのは、またしてもあのバーで、ばったり遭遇するという展開が繰り返される。席も隣り合わせとなり、夫婦互いに知らぬそぶりをしながら、それぞれ相手とどんな会話をしているのか耳をそばだてる。そこで肇はてっきり自分に気があると思っていた裕子から、別の男性と結婚すると明かされ、結婚式にぜひ出てほしいと頼まれて承諾せざるをえなかった。その様子に由起子は思わず吹き出してしまう。だが、そんな彼女も、復縁をちょっと期待していた杉本から、都合が合えばこの席で妻子にも会ってもらうつもりだったと言われ、今度は逆に肇から鼻で笑われるのだった。

 こうして2人とも“失恋”したおかげで肇夫婦は危機を乗り切るのだが、このあと、部下たちの提案で、芳香剤のCMに由起子の起用が決まったのを機にピンチが訪れる。肇が妻の起用に強く反対したためだ。当の由起子は咲の応援もあってCM出演にどんどん乗り気になっていくのだが、それでも肇は頑なに反対し、ついには離婚を切り出してしまう。一方、咲は咲で、茂木ときっぱり別れることを決意し、本人に告げるのだが、茂木は未練を断ち切れず、別れないと宣言する。

 肇の離婚宣言と、茂木の咲と別れないという宣言は、いずれも第9話のラストシーンで飛び出した。本来なら別々の文脈に属するものを、同じ場面に持ってくるというのは、下手にやれば視聴者を混乱させかねない。それをこのシーンでは、4人(肇・由起子・咲・茂木)のやりとりのなかで自然に見せているのがすごい。脚本も演出(鴨下信一や清弘誠などといったベテランディレクターが参加している)も、そして俳優にも、かなりの力量がなければできないことだろう。前回筆者は、このドラマには大逆転劇も、ミステリーやサスペンスの要素もないにもかかわらず、つい引き込まれてしまうと書いた。それもこうした、つくり手や演じ手のたしかな技量に裏づけられたものであることは間違いない。先の夫婦が同じ店で密会する場面も、設定的には都合がよすぎるし、よりによってなぜ同じ店を選ぶのか(肇の場合、すでに一度失敗しているのだから店を変える選択肢もあったのに)とも思ったが、夫婦の絶妙なやりとりを見るうち、そんなツッコミも引っ込んでしまった。

 コメディタッチで描かれてきた『カミさんの悪口』は、ドラマの終盤、第10話で咲が、肇と由起子に理想の夫婦像を見出したと置手紙を残して家を去り、ハートウォーミングな面も見せる。最終回の第11話では、18年前に駆け落ちして入籍したまま結婚式をやっていなかった肇と由起子が、せめて写真だけでもと、式場でそれぞれ羽織袴と文金高島田を身にまとい記念撮影にのぞんだ。このとき茂木の発案で会社の同僚などが集まり、シャッターが押された瞬間、みんなで祝福するつもりが、夫婦が喧嘩を始めてしまったため、グズグズの状況でのサプライズになってしまう。ラストはみんなで記念撮影をしたところで、田村正和の「亭主がカミさんの悪口を言うのは、カミさんを愛している証拠です」とのセリフでドラマは締めくくられた。

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中年男からターゲットは主婦層へ

 この連載で筆者は、「日曜劇場」は1993年4月より連続ドラマ枠に移行するにあたって、中高年の男性を視聴者層に取り込もうとしたのではないかと指摘した。移行第1作の『丘の上の向日葵』もその意向に合わせてだろう、中年サラリーマンが昔一晩だけすごした女性と再会し、葛藤の末についに男女の関係を持つにいたる「中年男のファンタジー」ともいうべき作品だった。『カミさんの悪口』もまた、そのタイトルどおり毎回冒頭で夫たちが口々に妻への悪口を言うところといい、若い女性への浮気がモチーフに使われているところといい、この路線を引き継いでいるといえる。ただ、浮気した常務は、最終的に夫人にバレ、徹底的にやりこめられてしまう。全編を通して見ても、夫たちはそれぞれの妻に徹底的に茶にされ、尻に敷かれることが多かった。したがって、このドラマのターゲットはむしろ主婦層にあったのではないか。

 ここでふと気になるのは、主人公の肇と由起子の年齢だ。このドラマの放送された1993年当時、田村正和は50歳、篠ひろ子は45歳だったが、篠はともかく田村と肇のあいだには若干の年齢差があるような気がしてならない。それというのも、肇夫婦が駆け落ちしたのが18年前という設定からすると、当時の田村の実年齢である32歳は、すでに分別盛りに差しかかっていて駆け落ちするとはちょっと思えないからだ。駆け落ちするなら、せめてもう少し下、20代終わりぐらいがギリギリといったところではないか。とすれば、肇の1993年当時の年齢は、46〜47歳あたりが妥当だろう。生年でいうなら1946〜47年生まれ。終戦直後のベビーブームに生まれた団塊の世代ということになる。60年代末の大学紛争で主力を担い、70年代以降はニューファミリーと呼ばれる友達のような夫婦・親子関係を志向した世代だ。この世代なら、肇が駆け落ちしたという設定もごく自然に受け入れられる。もっとも、この年齢設定からすると、橋爪功(放送当時52歳)演じる同期の茂木がちょっとトウが立ちすぎではないかという疑問もわいてくるのだが……。

 団塊の世代は、女性の場合、専業主婦の割合がもっとも多い世代ともいわれる。同世代の篠ひろ子演じる由起子もまさに専業主婦だった。『カミさんの悪口』はこの層を中心に支持を集めたのだろう、1995年にはパート2も放送された。さらに1998年には、登場人物の設定こそ変わったものの、田村と橋爪功・角野卓造の3人が再結集して『カミさんなんかこわくない』というドラマもつくられている(このときには篠ひろ子がほぼ引退していため、パート3とはならなかったのだろう)。なお、『カミさんの悪口』でプロデューサー補を務めた磯山晶は、パート2では八木康夫と並んでプロデューサーとなっている。磯山はその後、脚本家の宮藤官九郎とのコンビで『池袋ウエストゲートパーク』(2000年)や『タイガー&ドラゴン』(2005年)などのヒット作を生むことになる。

 田村正和はその後2000年代に入っても、「日曜劇場」で八木康夫プロデューサーと組み、脚本に新たに遊川和彦を迎えて4作で主演している。そこでは90年代のコメディ路線とはまた違った役柄を演じることになる。次回以降は、その変化について見てみたい。

『カミさんの悪口』は配信サービス「Paravi」で視聴可能(有料)

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文/近藤正高 (こんどう・ まさたか)

ライター。1976年生まれ。ドラマを見ながら物語の背景などを深読みするのが大好き。著書に『タモリと戦後ニッポン』『ビートたけしと北野武』(いずれも講談社現代新書)などがある。

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