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深夜の傑作『コタキ兄弟と四苦八苦』は心の離れた家族が、疑似家族として再生する奇跡のドラマ

 新型コロナ感染拡大の影響で、今シーズンのドラマが放送延期中だ。綾野剛、星野源主演のドラマ『MIU404』のレビューをお届けする予定だったこのシリーズでは、放送開始を待ちながら、脚本担当の野木亜紀子の過去作品を振り返り、あらためて見直したいドラマをご紹介する。今回は最近作の『コタキ兄弟と四苦八苦』。野木さんが深夜ドラマに!? なんてぜいたくな! とたいへんな話題になり、衝撃の結末までSNSを中心に大盛り上がりしたのも記憶に新しい。

 数々のドラマレビューを執筆する大山くまおさんもそのひとり。少し距離の生じた家族のつながりをもう一度見直すドラマは、遠く離れた両親に、子どもに、孫に思うように会えないこの時期に突き刺さってくる。

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テレビ東京の深夜ドラマという自由な空間

『コタキ兄弟と四苦八苦』は、2020年1月にテレビ東京の金曜深夜に放送されたドラマ。主演はバイプレイヤーとして活躍する古舘寛治と滝藤賢一。「古」と「滝」を合わせて「コタキ」であることからもわかるように、偶然出会った二人が「自分たちがダブル主演できるドラマを」と立ち上げられた企画であり、古舘から旧知の野木に直接脚本の依頼が行われた(依頼メールはたった3行だったとか)。

 野木亜紀子脚本作品としては、2018年に『アンナチュラル』、『獣になれない私たち』、『フェイクニュース』が続けて放送されて以来だったが、期待とともに新作が深夜ドラマで驚いたドラマファンもいるのではないだろうか(筆者は驚いた)。多忙を極めていた野木だったが、「以前からテレビ東京でドラマを書いてみたかった」とのことで「いいね!」というノリでオファーを受けたという(Will Media 1月16日)。

 監督は映画『リンダ リンダ リンダ』、ドラマ『山田孝之の東京都北区赤羽』などの山下敦弘が全話担当している。山下監督の起用は野木の指名によるもの。『山田孝之の~』をはじめとする近年のテレビ東京の深夜ドラマは、予算は潤沢ではなく、スケジュールも厳しいが、その分、自由度が高く、近年はクオリティの高い作品が多い。だからこそ古舘と滝藤の企画が成立したし、野木も「書いてみたい」と惹かれたのだろう。

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生きるのが下手な兄弟と依頼人たち

 物語は、元予備校教師で現在は無職の生真面目な兄・一路(古舘)と無職で子持ちでちゃらんぽらんな弟・二路(滝藤)がふとしたことから「レンタルおやじ」業を始めるというもの。二人が行きつけにしている喫茶「シャバダバ」の看板娘・さっちゃん(芳根京子)とともに巻き起こる小さな騒動が描かれる。

「レンタルおやじ」の依頼人は曲者揃いで、顔から血を流しながら離婚届にサインをしてほしいと頼む女性(市川実日子)、結婚披露宴に親族のふりをして出席してほしいと頼む女性(岸井ゆきの)、「あと3カ月で世界が終わる」と言い出す女性(樋口可南子)などなど。ゴミに埋もれて生きる女性(門脇麦)の安否確認をするという依頼もあったりする。

 生きるのが下手な兄弟が、生きるのが下手な依頼人たちと出会い、一緒に時間を過ごして、また元の生活に戻っていく。それだけのことなのに、じんわりと面白い。タイトルの「四苦八苦」とは仏教の言葉で、「生苦(生まれること)」「老苦(老いていくこと)」「怨憎会苦(おんぞうえく)(怨み憎んでいる者に会うこと)」「求不得苦(求める物が得られないこと)」など、もともとあった「八苦」に野木が考案したオリジナルの「四苦」を加えて全12話のテーマになっている。

「俳優が演技をしているように見えない演技」を追求

 1話40分(正味30分)のドラマなので、序盤は「えっ、これで終わり?」と思いつつ妙な味わいが残る展開が続くが、終盤に進むにつれて大きな一本のストーリーが進んでいき、さまざまな伏線も回収されていく。実に精妙な仕掛けの寄木細工のようなドラマだった。

 一路と二路は8年ぶりに再会したそりの合わない兄弟だが、終盤にかけては彼らの「家族」をめぐる物語になる。近年は血のつながりよりも、坂元裕二脚本の『カルテット』や『anone』のような、お互いを大切に思い、尊重する者同士が寄り添って生きるほうを選ぶ「疑似家族もの」が多いが、『コタキ兄弟』の場合は血のつながりのある者同士が疑似家族を作って生活することでお互いの愛情を再確認するというひねりのきいた展開になっていた。

 それにしても印象に残るのは、古舘と滝藤と芳根の軽妙なやりとりであり、彼らそれぞれが抱える苦悩(芳根演じるさっちゃんにも苦悩がしっかりある)であり、それでもしぶとく生きていこうとする姿である。これも企画の発起人である古舘と滝藤の「とにかく芝居をしたい」というオーダーを野木と山下が忠実に汲んだからに他ないからだろう。

 山下監督が「座長」と呼ぶ古舘は、ホワイトボードを使って自分の考えをスタッフ・キャスト陣と共有するとともに、入念な本読みを繰り返して“古舘メソッド”と呼ばれる「俳優が演技をしているように見えない演技」を追求していったという(スポニチアネックス 1月17日)。だから彼らは言いよどんだり、言葉が出なかったり、動いている途中で何かとぶつかったりする。不器用にミスを繰り返しながら、何かに向かっていこうとする姿がよりリアルに映し出される。古舘によると、俳優から方法論を提示できる現場は稀有なのだという。

 テレビ東京の深夜ドラマという枠とスタッフ、キャストの組み合わせが、『コタキ兄弟と四苦八苦』という自由で、豊かで、滋味あふれる奇跡の一作を作り上げたというわけだ。

『コタキ兄弟と四苦八苦』は配信サービス「Paravi」で視聴可能(有料)

文/大山くまお(おおやま・ くまお)

ライター。「QJWeb」などでドラマ評を執筆。『名言力 人生を変えるためのすごい言葉』(SB新書)、『野原ひろしの名言』(双葉社)など著書多数。名古屋出身の中日ドラゴンズファン。「文春野球ペナントレース」の中日ドラゴンズ監督を務める。

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