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田村正和・篠ひろ子主演『カミさんの悪口』は夫婦あるある満載で今こそ必見!【水曜だけど日曜劇場研究】

「日曜劇場」を歴史をさかのぼって紐解くシリーズ第7回は、田村正和が篠ひろ子と夫婦を演じた『カミさんの悪口』をライター・近藤正高氏が振り返る。最近の日曜劇場のイメージとなったミステリー要素や大逆転劇はない。だが、長年連れ添った夫婦の関係の追求はそれに匹敵するかもしれない。自粛生活が続くなか、おたがいの存在を見直す夫婦も多いだろう。そこにあるのっぴきならないドラマや夫婦生活「あるある」は時を経た今も色褪せないはずだ。

駆け落ち、結婚式も挙げずに入籍した夫婦の現在

 TBS系の「日曜劇場」(当時は「東芝日曜劇場」)では1993年10月から3か月間、田村正和・篠ひろ子主演の『カミさんの悪口』(全11話)が放送された。単発ドラマ枠から連続ドラマ枠に移行した「日曜劇場」では第3作にあたる。原作は直木賞作家・村松友視(視の表記は正しくは「示」に「見」)の『小説・カミさんの悪口』。ちなみに主演のひとり、篠ひろ子はこのドラマに出演する前年、1992年に直木賞を受賞した作家の伊集院静と結婚している。

 本作で篠が演じたのは専業主婦の小泉由起子。田村が演じるのはその夫の小泉肇で、工業用塗料の専門メーカー(TBSチャンネルのあらすじ紹介などでは「中堅商社」となっているが誤り)に勤務している。夫婦は、18年前に駆け落ちして、結婚式も挙げないまま入籍したという過去を持つ。子供はおらず、1匹の子猫を飼いながらの2人暮らしだ。

→田村正和はモテ男の象徴!?出演ドラマから紐解くそのスター性

妻の「あら、珍しいわね」の意味とは

 ドラマは毎回、『カミさんの悪口』というタイトルどおり、肇が入社同期の茂木(橋爪功)、片桐(角野卓造)と一緒に酒を飲んだり食事をとったりしながら、口々に妻の悪口を言い合う場面で始まる。第1回の冒頭では、茂木が妻から「あら、珍しいわね」と言われたと話すと、ほかの2人も大きくうなずき、たまに早く帰宅したり、休みに家にいると言ったときなんかにカミさんはそう言うよな、と共感する。ここから彼らは、妻の言う「あら、珍しいわね」について、《あれはだけどさ、素直にうれしいっていうのとほど遠い響きがあるだろ》、《意外だっていう驚きの表現とも違うんだよな》、《ああ、そうそう。かといって、具合でも悪いのかななんて心配してくれてるわけでもない》などと口々にぼやき合うのだった。

 同期の3人のうち、一番の出世頭は常務の茂木だが、妻のスミ江(岡本麗)は社長の娘とあって頭が上がらない。片桐は秘書課長で、調子のいいキャラクターとして描かれている。そして主人公の肇は、新たに開発された家庭用芳香剤(塗料工場から出る廃液をたまたま薄めたところ森と同じ香りがするとわかり、商品化にいたった)を大々的に売り出すべく、社運を賭けたプロジェクトを推進する本部長に抜擢、茂木からはいずれ役員になるのも夢じゃないとささやかれる。

『電波少年』の松本明子を起用

 劇中ではこの茂木が、工場のある兵庫・尼崎へ出張するうちにつき合い始めた愛人・大場咲が、上京してくるところから騒動が巻き起こる。咲を演じるのは、当時27歳だった松本明子だ。このキャスティングはこの時代の松本のポジションを思えば、なかなか意表を突くものだったと思う。何しろ、当時の彼女は、日本テレビの深夜番組である『DAISUKI!』(放送開始は1991年)や『進め!電波少年』(同1992年)など、バラエティを中心に活躍していたからだ。とりわけ『電波少年』は、松村邦洋とともにアポなしレポートに挑戦し、話題を呼んでいた。日曜の深夜バラエティの顔となっていた松本を、同じ日曜夜の老舗ドラマ枠である「日曜劇場」に起用したというのが面白い。なお、本作のプロデューサーの八木康夫はこれ以前にも、ビートたけしやダウンタウンの浜田雅功などバラエティ畑の人たちを積極的にドラマに起用しており、松本の起用もこの流れにあるといえる。

 松本明子の演じる咲という女性は、バラエティでのにぎやかなイメージとはまったく違い、おとなしくて生真面目な、愛人らしからぬタイプである。もっとも、茂木を訪ねて東京から出てきてしまうあたり、いざ思い立つと動かずにはいられない性格なのだろう。

 咲が東京に来ると知った茂木はあわてて、自分に代わって肇を迎えに行かせる。肇は待ち合わせ場所でどうにか咲を見つけると、とりあえず食事に連れていった。そこでしこたま酒を飲んで酔いつぶれた彼女を、肇は茂木に言われたとおり高級ホテルに泊めようとするのだが、ロビーで運悪く片桐と遭遇してしまう。咲のことを勘ぐる片桐に、肇はとっさに妻の姪だとウソをつき、これから家に連れて帰るところだと言い訳する。変に気が回る片桐はそれを真に受け、ホテルの玄関前へちょうどやって来たタクシーに肇たちを乗せると、家へと送り出すのだった。

 結局、咲と一緒に帰宅した肇は、今度は妻の由起子に、会社の子だとごまかして、家に泊めることになる。それからというもの咲はしばらく小泉家に滞在し、家の手伝いをするうちに由起子と親しくなっていった。第2話の終わりでは、由起子はひょんなことから咲が茂木の愛人だと知り、なぜ秘密にしていたのかと肇を問い詰め、またしてもひと波乱が起こる……。

『プリティ・ウーマン』の名シーン

 こうして物語は、咲をめぐって、肇が茂木と由起子のあいだで右往左往しながら進んでいく。この間、肇と由起子はことあるごとに言い争う。喧嘩のたびに、どっちかがラジカセの再生ボタンを押すと、Chica Boomによる主題歌「春夏秋冬・朝昼夜」が大音量で流される。筆者には当初、そうする理由がよくわからなかったのだが、しばらくして、喧嘩している声が近所に聞こえないようにするためだとわかった。細かい!

 細かいといえば、劇中では、肇や由起子がよくビデオで洋画を観ていて、その内容がときにドラマにもシンクロしてくる(このあたり、よく権利関係をクリアしたなと思うが)。第4話の終わりがけには、夫婦が一緒にリチャード・ギアとジュリア・ロバーツの『プリティ・ウーマン』を観る場面があった。それまでの回は夫婦喧嘩で終わることが多かったが、この回は『プリティ・ウーマン』の主題歌とともにロマンチックに締めくくられている。

 このドラマでは、その後の日曜劇場に見られるようなミステリーやサスペンスの要素は皆無だし、大逆転劇が描かれるということもない。それでも、観ているうちに引き込まれてしまうのは、こうしたさりげない工夫が随所にちりばめられているからだろう。先述の同期3人が口々に言う妻の悪口にしてもそうだが、長年連れ添った夫婦は、このドラマからきっとたくさんの“あるある”を見出すはずだ。

 本作の脚本を手がけた山元清多(きよかず)は、ホームドラマで多くの秀作を残した脚本家・劇作家である。山元は、劇団「黒テント」で座付作家を務める一方で、劇団仲間だった樹木希林に誘われ、彼女の出演する『時間ですよ』を皮切りにテレビドラマの脚本も手がけるようになった。『カミさんの悪口』のプロデューサーの八木康夫とも、同作以前にすでに『はいすくーる落書』や『パパとなっちゃん』などいくつかの作品でタッグを組んでいる。『カミさんの悪口』と同じ1993年には、八木と山元のコンビで、ビートたけし主演の単発ドラマ『説得』も放送された。これは実際にあった事件をもとに、家族のあり方について問いかけたきわめてシリアスな作品であった(詳しくは講談社現代新書から出ている拙著『ビートたけしと北野武』を参照されたい)。

『説得』とは対照的に、『カミさんの悪口』は基本的にコメディタッチで描かれている。本連載では前回、田村正和が80年代以降、それまでの二枚目イメージを覆して二枚目半の役を多くのドラマで演じるようになったと書いたが、本作でもそのキャラクターは存分に発揮されている。たとえば、前出の小泉夫妻が『プリティ・ウーマン』を観る場面では、肇が由起子の肩を抱こうとして、するりと交わされ、手の動きでおかしみを出していたのが見事だった。

ステレオグラムと夫婦関係

 ところで、最近のドラマでは、オープニングらしいオープニングをあまり見かけなくなったが(せいぜい朝ドラや大河ドラマぐらいか)、『カミさんの悪口』はこの時代のドラマらしく折り目正しく(?)毎回冒頭で主題歌とともにオープニングタイトルが流されていた。タイトルバックには、当時流行していたステレオグラム風の地紋から、ときおり題名が浮かび上がる。ステレオグラムとは、地紋を傾けたり遠ざけるなどして目の焦点を合わせていくと、しだいに文字や絵が立体的に見えてくるというものだ。思えば、夫婦もこれと同じで、互いを見つめ直すことで、新たな関係が浮かび上がってくるものなのかもしれない。『カミさんの悪口』を観ていると、ふとそんなことを考えさせられる。次回は、もう少しこのあたりのテーマについて掘り下げてみたい。

『カミさんの悪口』は配信サービス「Paravi」で視聴可能(有料)

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文/近藤正高 (こんどう・ まさたか)

ライター。1976年生まれ。ドラマを見ながら物語の背景などを深読みするのが大好き。著書に『タモリと戦後ニッポン』『ビートたけしと北野武』(いずれも講談社現代新書)などがある。

●ドラマ『フェイクニュース』が描くメディアと社会 今こそ問われる正しく情報を見抜く力

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