連載

映画「最強のふたり」が認知症の母を介護する息子の気持ちを大きく変えた理由

 介護作家として、書籍やブログ、講演会などで介護情報を発信している工藤広伸さん。日頃から「しれっと」を信条とし、自然体での介護を実践している工藤さんだが、かつて介護に向き合う気持ちを大きく変えるきっかけがあったという。

 わたしのブログやコラムの最後は必ず、「今日もしれっと、しれっと」という言葉で結ぶようにしています。「何事もなかったかのような介護生活を過ごしたい」という意味が込められていて、自分自身に言い聞かせるためにいつも書いてきました。

 そのきっかけになったのは、2011年公開(日本での公開は2012年)の『最強のふたり』というフランス映画です。なぜこの映画が、“何事もなかったかのような介護”を目指すきっかけになったのかを、今日はお話しします。

介護イベントで知った『最強のふたり』の脅威の認知度

 母の介護を始めて2年経った頃に行われた介護イベントに参加したのですが、そこでで登壇者が、

「介護されている方ならご存知かと思いますが、『最強のふたり』という映画をご覧になった方は、手を挙げてください」

 といった時、参加者の8割が手を挙げたのです。

 当時の私はこの映画を全く知らなかったですが、その認知度に驚きました。それ以来、ずっと気になっていたところ、ちょうどテレビで放送されていたのを見る機会があり、ようやく介護イベントで8割もの人がこの映画を見ていた理由が分かった気がしたのです。

 まず、映画のあらすじを簡単に記します。

 脊髄を損傷して全身麻痺になった大富豪フィリップと、スラム街出身で前科のある貧しい黒人青年ドリスの友情物語で、実話に基づいた作品です。

 ドリスは介護経験がなく、失業手当さえもらえればいいという不純な動機で、フィリップのお世話をする仕事の面接を受けます。そんなドリスを、フィリップはなぜか採用するのです。

 案の定、ドリスは入浴介助やベッドへの移乗など、介護の仕事に苦戦するのですが、1か月の試用期間をクリアし、やがてフィリップに認められるようになっていきます。

 クラシックや絵画を好むフィリップに対し、ダンスミュージックが大好きで女性に対しても積極的なドリス。価値観も生き方も社会的な立場も対照的なのに、なぜかお互いを必要とするようになるふたりの友情を描いています。

心にフィルタをかけずに相手を見る

 何よりわたしは、ドリスがフィリップを「障がいのある人」ではなく、「1人の人間」として見ているところに目からウロコが落ちました。

 電動車椅子で生活するフィリップの姿を見ていると、かわいそうと思ったり、同情したり、必要以上の配慮をしがちです。ところがドリスは、フィリップにタバコを吸わせ、スポーツカーに一緒に乗ってドライブをするなど、積極的に外へ連れ出します。車椅子なんて関係ない、対等な友達同士なんだと言わんばかりの行動です。

 フィリップにとってドリスだけがフィリップを障がい者というフィルタをかけて接していない存在だったのでしょう。だから、 ドリスを相棒と認めるようになったのだと思いました。

 そんなドリスの振る舞いを、「何事もなかったかのように、自然な介護をする人だな」と感じ、それが「しれっと介護しているな」の「しれっと」というわたしがいつも使う結び言葉へと変化したのです。

 わたしはフィリップに、認知症の祖母と母の姿を重ね合わせました。

 ドリスにはきっと、介護する側が決めてしまいがちな「限界」や「枠」がないのだと思います。

 認知症になったら料理はできないし、旅行にも行けない…。そうやって介護する側が勝手に、介護される側の限界を決めてしまいがちですが、それではいけないことをこの映画から学びました。

母にかけていたフィルタが取れた瞬間

 母は社員寮の元寮母で、大人数の料理を苦にせず作っていた人でした。

 認知症が進行した今は、2人分の料理を作るのがやっとです。味は安定しません。

 そんな母に、あるチャンスが巡ってきます。2016年3月、わたしが非常勤として在籍する、なないろのとびら診療所(岩手県盛岡市)の調理師が不在になったので、母が1日だけ調理師となり、20人のスタッフの料理を作ることになったのです。

 最初は無理だと思いました。

 わたしはこのチャンスに感謝しながらも、さすがに母は20人分の料理は作れないだろうと、心のどこかでフィルタをかけていたのかもしれません。

 ところが、母はスタッフの力を借りながら、なんとか20人分の料理を完成させたのです。キッチンに立つ母は認知症の人ではなく、完全に寮母の姿でした。

 わたしは、母の料理の力がまだまだ残っていると気づけなかったことを、猛省しました。
 
 認知症が進行しても、母の料理の力はそれほど落ちていない。落ちていると決めつけたのは、むしろ自分のほうだ。映画『最強のふたり』を、強く思い出した瞬間でもありました。

 正直、何事もなかったかように、しれっと介護を続けるのは難しいです。母に対してイラっとする日もあれば、つい声を荒げてしまうこともあります。

 それでもこの映画のおかげで、認知症の母ではなく、1人の母、1人の人間として、自然に接する介護ができたらという思いを、常に持つようになりました。

 2019年12月20日、ハリウッドリメイク版『THE UPSIDE/最強のふたり』(公式URL:http://upside-movie.jp/)が全国で公開されます。

 介護に対する向き合い方を見直すきっかけになりますし、何か大きな気づきを得られる作品だとわたしは思います。『最強のふたり』、ご覧になってみてください! 

 今日もしれっと、しれっと。

工藤広伸(くどうひろのぶ)

祖母(認知症+子宮頸がん・要介護3)と母のW遠距離介護。2013年3月に介護退職。同年11月、祖母死去。現在も東京と岩手を年間約20往復、書くことを生業にしれっと介護を続ける介護作家・ブロガー。認知症ライフパートナー2級、認知症介助士、なないろのとびら診療所(岩手県盛岡市)地域医療推進室非常勤。ブログ「40歳からの遠距離介護」運営(https://40kaigo.net/

●ひとり暮らしの認知症の母が準備した朝食が切なすぎた話

●認知症の母が切り抜いた新聞記事が切なすぎた話

● 認知症の母のラーメン調理に立ち会ってわかった衝撃の作り方【認知症介護の日常】

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