認知症グループホームで本格コーヒーレクを実施!高齢者はやっぱりインスタントコーヒーの方が好き?【体験ルポ】
介護ジャーナリストを勝手に名乗っている私は、現在東京都の某認知症グループホームにて隔週でのボランティア活動を行っている。
2015年から3年間、両親を自宅で介護し、2017年には介護職員初任者研修(旧ヘルパー2級)の資格を取得したので、介護の何たるかは一応知っているつもりでいる。もちろんその道のプロの方々から言わせれば私の経験や知識は、とっても浅い。それはよく分かっている。
しかしそんな私であるからこそ、この世界のことを少しでも知りたいと思い、定期的にボランティア活動を行っているのだ。
認知症グループホームとは
私がボランティアに通っているのは、「認知症グループホーム」だ。
認知症グループホームとは認知症を患う方々が身の回りのことをできるだけ自分でやりながら家庭的な生活をするという趣旨の施設である。1ユニット9人をひとつの単位として、共同生活を営む。比較的小規模な事業所が多い。私がお世話になっているのは東京都板橋区にある2ニット、定員18人の施設だ。
隔週の日曜日、私は10時から15時までこの場所で過ごす。
最初はスタッフのお手伝いをするだけだったが、少しずつ慣れてきて、利用者さん方の顔と名前が一致するようになった頃に、ひとつの挑戦を試みた。
それは毎回のボランティアの中にレクリエーションの要素を加えるというものだ。
記者唯一の憩い「淹れ立てのコーヒー」を味わってもらいたい
私はコーヒーが大好きである。豆は専門店で買い求め、その場でローストしてもらう。これを手挽きのコーヒーミルで粉にし、ペーパーフィルターで淹れる。タバコも酒もやらない私の唯一の憩いだ。
グラインダーを回して豆を挽いているとえも言われぬ芳香が立ちのぼる。ローストしたての豆はまた格別だ。沸かしたお湯に水温計を突っ込み、適温の80℃前後になるまで待ってからゆっくりと注ぐ。挽いたときに立ちのぼるのとはまた別の芳香が部屋の中に広がっていく。コーヒー好きの至福のときだ。
ある日、突然のように思いついた。
──この至福を独り占めするのはもったいない。グループホームの利用者さんにも味わってもらいたい。
ということで、施設の管理者に許可をとり、月に2回のコーヒーレクリエーションが始まったのであった。
まずは下準備
ボランティアは無償のため経費は少しでも安く仕上げたい、必要な道具はすべて100円ショップで揃えることにした。
ペーパーフィルターやドリッパー、抽出したコーヒーを溜めるサーバーや細口のドリップポット、豆の量を量るスプーンや卓上スケールなどは自宅で使っているものを流用すればいい。当面はコーヒー豆についてもこちらで用意することにし、新たに購入するものをリストアップした。
『1.紙コップ』『2.砂糖』『3.粉ミルク』『4.使い捨てのマドラー』『5.ペーパーソーサー』『6.A4のコピー用紙』『7.色鉛筆』『8.ホチキス』『9.ホチキスの針』『10.エプロン』『11.蝶ネクタイ』
1〜5まではコーヒーそのものに必要なものである。それ以下はよりレクリエーション度を高めるための仕掛けだ。
これら11の品がすべて100円ショップで揃うのか心配だったが、いかにもバリスタが使いそうなデザインのエプロン、蝶ネクタイまで販売していた。残念ながらエプロンだけは300円だったが、しめて1300円+税で事足りた。昨今の100円ショップの品揃えの豊富さに改めて舌を巻いたのであった。
コーヒーレクリエーションの全貌
コンセプトは「出張カフェ」である。
蝶ネクタイとエプロンできめたバリスタが香り高いコーヒーをサーブする。すべてをこちらが用意するのではなく、卓上スケールを使って豆の量を量ってもらったり手挽きのコーヒーミルを回してもらったり、フィルターにお湯を注いでもらったり。できることは皆さんにやっていただくのがレクの醍醐味だ。
さらに先ほど示した6〜9の文房具を使って、紙コップのホルダーを作ってもらうという目論見もある。
グループホームの利用者さんは認知症を患っているとはいえ、その程度は様々で、こちらのお願いを理解して積極的に参加してくれる人もいる。
どなたがどの程度の症状なのか、スタッフの皆さんの助言を得ながら進めるのだが、このとき、ある女性スタッフが次のような不穏なセリフを囁いた。
「お年寄りは“コーヒーといえばインスタント”っていう人が多いので、本格的なドリップコーヒーは“美味しくない”っておっしゃるかもしれないけど、気にしないでくださいね」
やってみて分かったこと
お昼ごはんが終わり、ひといきついたところでコーヒーレクが始まった。
事前に用意し、キャリーケースに詰め込んだコーヒーサーバー、卓上メジャー、細口のポット、手挽きのコーヒーミルなどを取り出し、テーブルの上に並べる。
「何が始まるんだい」
興味を示してくれる利用者もいれば、こちらのことなどまったく無関心、テレビの天気予報に見入ったままの方もいる。
そんな中、スタッフの男性が口火を切ってくれた。
「皆さん、今日はボランティアの方が本格的なコーヒーを淹れてくれます。とっても美味しいから楽しんでくださいねぇ」
さぁ、パフォーマンススタートである……が、やってみて分かったのだけど、なにはともあれまずは「恥ずかしい」のである。
「ではこれから豆を挽いてもらいまーす」なんて言ってみても、言葉だけが上滑りして利用者さんの心に響いてくれない。つまり、こちらに注目してもらえないのだ。
滴り落ちる汗をぬぐいながらスタートしたが…
私は緊張したときは顔に汗をかくという特異体質を持っている。顔面が火照ってメガネが曇る。こめかみから大粒の汗が滴り落ちる。
そんな私のことを見かねたスタッフさんが「これで気分を盛り上げましょう」と言いながらタブレットをささっと操作して、YouTubeにアップされた『カフェミュージック特集』を流してくれた。
“コーヒールンバ”などの懐かしいBGMを耳にした利用者さんたちが、「どれどれ、そろそろ相手をしてやろうか」といった調子でこちらを向く。
私は曇ったメガネをティッシュペーパーで拭きながら、「まずはコーヒー豆の分量を秤(はかり)を使って計ります」言いながら卓上のデジタルスケールを取り出す。そして「袋の中からこのスプーンを使って、20グラムだけ取り分けてください。スプーン一杯が8グラムだから2杯とちょっとくらですね」
比較的介護度の軽い女性の利用者さん(A美さん83歳)に“お手伝い”をお願いする。
A美さんは、キレのいい江戸言葉を操るちゃきちゃきのおばちゃんだ。普通に会話のキャッチボールが可能な方なので、大丈夫だと踏んでお願いしたのだが、20グラムと20粒を取り違えたようで、テーブルの上に豆をぶちまけ、そこから「ひとつ、ふたつ……」とやっている。
しかし、私だってそのくらいは想定内だ。
「A美さん、その方法でもいいけど、時間がかかりすぎるから、スプーンを使って、この秤の上に載せてください」と再度お願いしてみる。
すると「ああ、そうだね、最初っからそういいなよ」など、悪態をつきながら、それでも指示通りにやってくれる。
数字を指定するより、具体的な作業をお願いしたほうがスムーズに事が運ぶことがわかった。
豆を挽く
気を取り直して、別の方(B子さん80歳)に手挽きのコーヒーミルを渡す。
「このハンドルをぐるぐる回して豆のコーヒーを粉にしていただきたいのです」
「これを回せばいいのね」
「豆が全部粉になったらハンドルが軽くなるので、そこまで頑張ってみてください」
「はいはい」
B子さんはお願いした通りに、やってくれるのだが、なんだか変だ。よく観察すると、コーヒーミルのハンドルを反対方向に回している。
もちろん完全に私のミスだ。ミルのハンドルは時計回りに回す。毎日のようにやっている作業なので、なんら意識せずにお願いしたのだが、B子さんはハンドルを時計と反対回りに回していたのだった。
「ごめんなさいB子さん」私はB子さんの手を握って時計回りにハンドルを回しながら「こっちがわに回してください」
「そうよね、手応えが全然ないから変だと思ってたの」
B子さんはすぐにハンドルを正しい側に回し始めたのだが、すぐに手を離してしまった。
「どうしました?」
「回らないの」
これは予想していた。手挽きのコーヒーミルで20グラムのコーヒー豆をすべて粉にするのには、けっこうな力がいる。80代の女性には重労働だ。
「では、お隣のC子さんお願いします」
C子さんは若い頃踊りのお師匠さんをやっていたという方で、食器洗いやリビングのテーブル拭きなど、積極的にやってくれる方だ。体力もけっこうある。そのかわりひっこみじあんで、「私には無理よ……」と両方の肩に首をひっこめるような仕草をする。かわいらしい人だ。
いよいよ試飲
ところがミルを手にとって回し始めると、「あら、けっこう簡単ね」と最後までやり遂げてくれた。
豆を挽いたことで芳香が立ちのぼる。
「ほら、この香り、いいでしょう。インスタントにはない魅力ですよ」と言ってみるのだが、この時点で完全に飽きている人もいる。
しかし、めげている場合ではない。粉は挽きあがり、お湯は湯気を出して沸いている。
ヤカンをIHレンジから下ろし、水温計を突っ込んで適温の80℃になるのを待つ。その間にやるのが “カップホルダー”作りだ。
A4の紙を折りたたんで、紙コップに巻き、ホチキスで止めてイラストを描く。一連の作業をまずは皆さんの目の前でやってみせた。
「いかがですか、こうやれば誰が作ったものか一目瞭然です。さらにこれを紙コップに付けて持つと熱くありません。さぁ、皆さんも作ってみてください」
工作とイラスト描き、さらに実用的でもあるカップホルダー作り。
──これならお年寄りたちにも絶対にウケる!
と意気込んで準備したのだが、そんなのは相手からすると単なる押しつけであることが一瞬のうちに分かった。
「えー、それは、面倒だねぇ」という反応なのである。
私は「ですよねぇ、面倒ですよね、こんなの」なんて言いながら、どうすべきか考える。そんな様子を不憫に思ったのか、A美さんが「どれどれ貸してごらん」と用紙を引き寄せて、カップホルダー作りを始めてくれた。
A美さんのおかげで、B子さんもその気になってくれ、ふたりは私の作った通りに、カップホルダーを完成させたのだった。
あとは挽きあがった粉にお湯を注いで飲むだけ。熱湯を使うので、ここは私がやることにした。
まずは少しだけ注いで、立ちのぼる芳香を楽しむ。
お湯を注ぐと、粉はペーパーフィルターの上でこんもりと盛り上がる。新鮮な豆を使えばこその光景だ。
しばらく蒸らしたのち、今度はポットの細口から糸のようにお湯を注ぎ入れる。
「全体に行き渡るように、小さく円を描くようにするのがコツなんですよ」など、ウンチクを垂れながら、皆さんの気を引く。
「なるほど、いい香りだねぇ。美味しそうだよ」
反応も上々だ。
山盛りの砂糖とクリーム
淹れたてのコーヒーを紙コップに注ぎ分ける。カップを持ち上げ、香りを楽しんでくれる方もいる。
「ああ、いい匂いだ。砂糖ちょうだい」
もちろん、これも予想していた。コーヒーにはクリームと砂糖を入れるのがインスタントコーヒー世代の常識なのである。と私は勝手に思っている。
「本当はブラックでコーヒーの味そのものを楽しんでいただきたいのですが」と一応前置きし、用意した砂糖瓶のフタを開け、スプーンを突っ込む。
「では、お好みの分量を皆さんでどうぞ」
A美さんは小さじに大盛りの砂糖を3杯入れ、スティック型のクリームも1本まるまる投入した。
お年寄りたちは、恐る恐るカップに口をつけ、その味を堪能する。
「やっぱりコーヒーは淹れたてが一番だね」と素直に喜んでくれる方も中にはいる。
「うちの旦那も大好きでね、今でも一日に3杯はコーヒーを飲むのよ」と数年前に亡くなったはずの夫のことを語りだす方もいる。
紆余曲折はあった。改善の余地はたくさんある。でもまぁ初めてとしては成功と言える……だろう。私はさらなる高みを目指すことを心に誓い、その日のコーヒーレクを終了したのであった。
撮影・取材・文/末並俊司
介護ジャーナリスト。『週刊ポスト』を中心に活動する。2015年に母、16年に父が要介護状態となり、姉夫婦と協力して両親を自宅にて介護。また平行して16年後半に介護職員初任者研修(旧ヘルパー2級)を修了。その後17年に母、18年に父を自宅にて看取る。現在は東京都板橋区にあるグループホームにて月に2回のボランティア活動を行っている。
●つちやかおり認知症の母と向き合う葛藤と『認知症ケア指導管理士』資格取得を告白