認知症ケア「ユマニチュード」|介護が始まる前にできる準備
まだ介護に関わっていない人にも、今から準備できることがある
このシリーズでは、フランス生まれの認知症介護の技術「ユマニチュード」についてお伝えしてきた。シリーズの最後は、「ユマニチュード」を日本に伝える第一人者、本田美和子先生からの貴重なメッセージをお届けする。
「ユマニチュード」は介護の渦中にいる人だけでなく、すべての人間関係に活用できる技術だと本田先生は話す。今はまだ、介護の世界に足を踏み入れていない方にも、ぜひ参考にしてもらいたい。
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思い出ボックスが認知症ケアの重要な鍵になる
認知症の方を在宅介護されている方にお困りになっていらっしゃることをうかがうと、「同じことを何度も話す」とか、「同じ質問を数分おきにしてくる」という悩みをお話しになる方がいらっしゃいます。認知症の症状は、まず短期記憶に障害が出ることが多いのですが、これはごく最近の出来事についての記憶を保てなくなっている状態です。そのため、何度も同じことを口にしてしまうわけですが、これはご本人にとっては、初めて話していることなのです。それを「何度も答えているでしょ!」と叱責してしまえば、ご本人は、理不尽に怒鳴られたと感じ、その「嫌な気持ち」だけが感情の記憶に残ってしまいます。
だからといってご家族がすべてに付き合っていては、心身ともに疲弊してしまうことも、もちろん理解できます。そこでおすすめしたいのが、思い出ボックスをつくっておくことです。
●楽しかった旅行の写真、計画表、入場券など●大切な人からの贈り物
●感激した手紙
●楽しいことがあったときの写真
●賞状や感謝状
●自慢の品
こうしたものをひとつの箱に集めておくのです。小さなアルバムに厳選した写真を収めておくだけでも構いません。健康な若い方でも、部屋の片付けをしていて、こうした品物を発見したときには、懐かしい思い出に浸ってしまうもの。高齢になれば尚のこと、長く生きてきた分、良い思い出は豊富なはずです。
不安な状況から抜け出すのにも有効
認知症となっても、感情に基づいた記憶や、幼い頃の記憶はすぐに失われることはありません。ずっと昔に退職しているのに「仕事に行く」と混乱しているときには、思い出ボックスから取り出した品を見せて「この写真、北海道に行ったときにお父さんと一緒に撮ったんでしたね」といったように、興味の対象を今起きていることと少し関連のある別のものにずらし、楽しくそのときの出来事を語ることで、現在の不安な状況から抜け出すことができるようになります。実際に思い出ボックスやアルバムを活用して、数分おきに時間を聞いてくる方や、介護をする人に暴力的な行動をとりがちの方の気持ちを上手に受け止めている実例は数多くあります。最近は、昔の写真などを捨ててしまう高齢者も多いと聞きますが、断捨離をする場合には、大切な思い出の品だけは数点残しておくとよいと思います。