認知症ケア「ユマニチュード」|介護が始まる前にできる準備
「ユマニチュード」の技術を本質から学んで正しく実践するためには、正規のトレーニングを受けた指導者から学ぶ必要があります。現在、東京医療センターでは、介護施設の職員の方や看護師さんや医師を対象にした研修を定期的に開催しています。在宅介護をなさっているご家族向けの講習も、年に数回ですが始めています。
ケアを学ぶ時には、自分がやっているケアの内容を指導者に評価してもらうことが上達の近道なのですが、実際に指導者がいる研修に参加することが難しい方々もいらっしゃいます。この問題を解決するために、わたしたちは遠隔地から情報技術を使った指導を行なうシステムを開発しました。これは、ケアの様子をビデオで撮影、録画し、インターネットを通じて遠くにいる指導者が細やかな技術指導を行うというもので、タブレット上で映像を再生しながら、同時に指導内容を記録できるシステムです。また、その次の段階として、指導者の技術指導データを蓄積させることで、人工知能を用いた指導の自動化の試みも始めています。自動化することによって、より多くの方にご自分のケアについて評価を受けていただくことが可能になります。
一生懸命介護をしているのに、どうして上手くいかないのか、と感じていらっしゃる方々に、それは心意気や優しさが足りないのではなく、適切な技術が適切な手順で行なわれていないことが原因であることを、情報技術を用いてお示しすることができれば、その問題点を着実に解決することによって、穏やかな介護を実現できるようになり、これからの超高齢化社会を支える大きな力になっていくと思います。
「ユマニチュード」はすべての人間関係に活用できるテクニック
「ユマニチュード」は認知症ケアとして紹介されることが多いのですが、これは正確な表現ではありません。実は、すべての人間関係において活用することができます。
たとえば、お子さんをどこかに連れて行こうとするときに、ギュッと手首を上からつかむことはないでしょうか。これは、親はそう思っていなくても「あなたに対して強制的なことをしている」「わたしに服従しなさい」という非言語的メッセージを、子どもに伝えています。
同じように、夫婦、上司と部下、友人同士など、あらゆる人間関係で良好な関係を相手と結びたいと思う状況において「ユマニチュード」の「見る」「話す」「触れる」の技術を使うことができます。
「ユマニチュード」を考案したイヴ・ジネストとロゼット・マスコッティは、もともと体育学の教師でした。医療施設で働くスタッフの腰痛予防対策の教育と、患者のケアへの支援を依頼されたことがきっかけで、介護の世界に携わるようになりました。体育学という学問のベースがある彼らは「人間は死ぬまで立ち、生きることができる」ことを提唱してきたのです。
認知機能が低下しても、最期の日まで尊厳を持って生きるために
彼等が現場の数多くの経験を通じて構築した「ユマニチュード」の技法は、ヨーロッパを中心に、さまざまな国で介護や看護の世界に採用され、認知機能の低下した人であっても、最期の日まで尊厳を持って生きられるように活かされています。
今、介護に関わっている方も、これから介護に関わることになりそうな方にも「ユマニチュード」は大きな変革をもたらすことができるのではないかと、考えています。できるだけ多くの方に「ユマニチュード」の本質を理解し実践していただけるよう、そして介護にお役立ていただけるように努めていきたいと思います。
【この記事のバックナンバーを読む】
●在宅介護に活かす認知症ケア「ユマニチュード」<1>
●在宅介護に活かす認知症ケア「ユマニチュード」<2>
●在宅介護に活かす認知症ケア「ユマニチュード」<3>
●在宅介護に活かす認知症ケア「ユマニチュード」<4>
本田美和子(ほんだみわこ)
国立病院機構東京医療センター 総合内科医長。
筑波大学医学専門学群卒業後、国立東京第二病院(現・国立病院機構東京医療センター)、亀田総合病院、国立国際医療センターに勤務。米国のトマス・ジェファソン大学にて内科レジデント、コーネル大学病院老年医学科フェローを経て、2011年11月より現職。著書にイヴ・ジネスト氏、ロゼット・マレスコッッティ氏との共著の『ユマニチュード入門』(医学書院)や『エイズ感染爆発とSAFE SEXについて話します』(朝日出版社)などがある。
イラスト/中島慶子 取材・文/鹿住真弓
【このシリーズの記事を読む】
注目の認知症ケア「ユマニチュード」とは?<1>在宅介護に生かす技術
注目の認知症ケア「ユマニチュード」とは?<2>4つの柱「見る」「話す」編
注目の認知症ケア「ユマニチュード」とは?<3>4つの柱「触れる」「立つ」編