認知症の母がデイサービスから帰宅後に言う「あの人、大変そうね…」発言の意味を息子が考察
岩手・盛岡で暮らす認知症の母を遠距離介護している作家でブロガーの工藤広伸さん。母は日中、デイサービスに通っているのだが、帰って来ると決まって他の人のことを「あの人、大変そうね」と話すのだという。大変なのは母の方では?不思議に思った息子が母の心情を考察してみると――。
執筆/工藤広伸(くどうひろのぶ)
介護作家・ブロガー/2012年から岩手にいる認知症で難病の母(83才・要介護4)を、東京から通いで遠距離在宅介護中。途中、認知症の祖母(要介護3)や悪性リンパ腫の父(要介護5)も介護して看取る。介護の模様や工夫が、NHK「ニュース7」「おはよう日本」「あさイチ」などで取り上げられる。最新著『工藤さんが教える 遠距離介護73のヒント』。ブログ『40歳からの遠距離介護』https://40kaigo.net/ Voicyパーソナリティ『ちょっと気になる?介護のラジオ』https://voicy.jp/channel/1442
デイサービス帰宅した母の言葉の謎
母は要介護4で、障害者手帳も持っています。重度の認知症に加えて、中学生くらいの時期に発症したシャルコー・マリー・トゥース病の影響で、手足の筋肉が萎縮しており、外出時は歩行介助がないと歩けません。
わたしの目には、母はいくつもの不自由を抱えながら生きているように映ります。ところが母は自分の状態を棚に上げて、わたしによくこう言います。
「あのおばあちゃん、大変そうよね~」
母はなぜ他の人を「大変そう」と言うのでしょうか。
自分だって大変なのになぜ?
母が「大変そう」と言うおばあちゃんは、母が通うデイサービス(以降デイ)の利用者さんです。送迎車で自宅に戻ってくるまでの間、母とそのおばあちゃんはきっと、いろいろな話をしているのでしょう。
実家に帰省しているときは、でサービスの送迎に毎日立ち会います。デイのスタッフさんが母を車から降ろし、玄関まで歩行介助をしたあとは、わたしが引き継ぐのですが、最近よく母は車のほうを見ながら、「あのおばあちゃん、大変そうね」と言います。
最初は車内での会話を覚えていて、その内容から「大変そう」と言っているのかと思いました。ですが、重度の認知症の母が車中のやり取りを覚えているとは考えにくく、何を根拠に言っているのか、理由がわかりませんでした。
わたしから見れば、大変なのはむしろ母のほうです。というのも、デイで他の利用者さんと外出した時、写真に写っていた母だけが車椅子に座っていて、他の利用者さんは立っていました。
デイの中でも、母の要介護度はおそらく重いほうでしょう。だから母にかける言葉は、こうなります。
「あなたのほうが、もっと大変でしょ」
素直な気持ちを伝えただけでしたが、母はキョトンとして、息子はいったい何を言っているのだろうという顔をしていました。母は自分が認知症であることも、障がいを抱えて生きていることも自覚していないので、この反応は自然なのかもしれません。
いったい、おばあちゃんの何がそんなに大変に見えるのか。そのおばあちゃんたちを何人も観察していたところ、ある共通点に気づきました。
母が「大変そう」と感じる人はどんな人?
母が「大変そう」というデイの利用者さんは、いずれも白髪の人でした。どうやら母の中では、白髪の人は全員自分よりもはるかに年上で、身体機能が低下していて、生活するのが大変だという思い込みがあるようです。
デイのスタッフさんに、そのおばあちゃんについて尋ねてみると、年齢は母と同世代で、要介護度は母のほうが上でした。やはり大変なのは、母の方だと思うのですが…。
自分のほうが若くて健康だと思える自信は、いったいどこから来るのか。その理由を考えていたところ、原因らしきものが見えてきました。
鏡に映る自分を見るのが好きな母
鏡で自分の姿を何度も見る母。3か月に1回、訪問美容師さんが自宅に来て白髪を染めてくれるおかげで髪はいつも黒く、それで実年齢の83才よりもずいぶん若い自分をイメージしているのではないかとわたしは考えています。
おばあちゃんたちは白髪なのに自分が黒髪だからこそ、母は自分のほうが若くて元気だと思い込んでいるのかもしれません。直接尋ねてはいませんが、母はおそらく自分は60代くらいだと思っているのではないかと。
母がデイの利用者さんを見て「大変そう」というのも、これで合点がいきます。認知症のおかげで、自分の実年齢も障がいも忘れている。覚えているよりも忘れているほうが、幸せなのかもしれません。
若く元気なイメージを保ったまま日常生活を送ってもらうことに対して、8割くらい賛成できますが、2割くらいは危ういと思うこともあります。
というのも、母には主婦として料理や掃除、洗濯などを几帳面にこなしていたイメージが残っているらしく、わたしが台所に立てば「自分がやる」と言い、洗濯物を干していれば「残りは自分がやるから」と言います。たまにならいいのですが、重度の認知症になった今も変わらず言い続けています。
以前、母が居間で転倒して骨折したときも、自分には障がいがなく、支えがなくても立てると思っていたから、照明のヒモを引いた瞬間にバランスを崩してひっくり返ってしまったことがありました。
実年齢よりはるかに若く健康だと思い込んでいる母のイメージが膨らみすぎないよう、わたしはたまに本当の年齢を伝えるようにしています。
「今ね、83才だから」
「え、ほんと? いやだわ~」
83才が高齢であるイメージは、しっかりあるようです。すべてわたしの推測なので、正直なところ本当の答えはわかりません。それでも約14年母を近くで見てきましたし、これまでの推測もだいたい当たってきたので、今回も正しいと思っています。
母は元々いい人で、優しいと思っていました。重度の認知症になっても、年上の人をいたわる気持ちを忘れていないところは、素直にすごいなと思います。認知症が進行しても、性格の芯の部分がしっかり残っていてよかったです。
今日もしれっと、しれっと。
