実録|認知症の母が自宅で訪問美容を体験!美容室さながらの本格設備の中笑顔の母を見て「定期的なヘアケアの大切さを実感」費用や行程を紹介
岩手・盛岡に暮らす認知症の母を東京から通いで介護している作家でブロガーの工藤広伸さん。認知症が進行する前は、化粧や白髪染めを欠かさなかった母だが、すっかり美容院から足が遠のいてしまった。母のために初めて訪問美容を利用したエピソード。
執筆/工藤広伸(くどうひろのぶ)
介護作家・ブロガー/2012年から岩手にいる認知症で難病の母(81才・要介護4)を、東京から通いで遠距離在宅介護中。途中、認知症の祖母(要介護3)や悪性リンパ腫の父(要介護5)も介護して看取る。介護の模様や工夫が、NHK「ニュース7」「おはよう日本」「あさイチ」などで取り上げられる。著書『親の見守り・介護をラクにする道具・アイデア・考えること』『親が認知症!?離れて暮らす親の介護・見守り・お金のこと』(翔泳社)『老いた親の様子に「アレ?」と思ったら』(PHP研究所)など。ブログ『40歳からの遠距離介護』https://40kaigo.net/、Voicyパーソナリティ『ちょっと気になる?介護のラジオ』https://voicy.jp/channel/1442
認知症の母の「美容室」問題
遠距離介護が始まった2012年から2019年まで、母は自宅の近くの美容室で髪を切ったり染めたりしてもらっていました。わたしが帰省したときに母を美容室までタクシーで連れて行っていました。認知症で同じ話を繰り返したり、手足が不自由でシャンプー台への移動に介助が必要になったりした母を、快く受け入れてくれた美容室には本当に感謝しかありません。
その後、ある事がきっかけで美容室通いを止め、自宅や介護施設、病院などに美容師が出向いてくれる訪問美容を利用することになったのです。
美容室に行けなくなった理由
2020年、新型コロナウイルスの感染拡大により、高齢の母は外出を控えるようになりました。その影響で美容室も自然と遠のいてしまったのですが、そんなとき意外な人物が「母の髪を切りたい、染めたい」と名乗り出ました。それはわたしの妹です。
妹による整髪は、外部との接触が抑えられるので、コロナの感染対策になるメリットがありました。一方で妹は素人なので、母の白髪は数週間で目立ち始め、髪の長さも均一ではなかったのですが、感染対策を優先せざるを得ない状況でした。
コロナが5類に移行したあとも妹にお願いしていたのですが、2024年になって、母の髪の毛を台所で洗っていた妹が急に、こんなことを言い始めたのです。
妹:「お母さんの髪を洗うのが怖いんだよね。台所で立ったまま、前かがみの姿勢で長時間洗っていると、お母さんの頭に血が上って、呼吸が苦しくなるんじゃないかと心配で…」
そこで思い出したのが、母が通うデイサービスに来ている訪問美容師さんでした。10年以上通っているデイサービスが推薦する訪問美容師さんなら安心だろうと考え、すぐに電話をして、実家へ来てもらうようお願いしました。
初めて「訪問美容」を活用してみたら…
わたしが想像していた訪問美容は、美容師さんがハサミひとつで家に来てカットをして、カラーやシャンプーは自宅のお風呂場などで洗い流す、そんなイメージでした。
しかし実家に訪れた訪問美容師さんは、車からシャンプー台や専用の椅子を次々と運び入れ、実家の台所が本格的な美容室のように様変わりしたのです。
頂いた名刺には、認定福祉美容師の資格に加え、介護職員初任者研修(旧ホームヘルパー2級)の資格も記載されていて、介護が必要な高齢者への施術経験が豊富なかたと分かり、より安心しました。
わたしは美容室に通っていた頃の母の写真を見せながら、こう伝えました。
わたし:「昔は髪の毛を真っ黒に染めて、すっきりしたショートカットにしていたんです」
本当は認知症の母に判断を委ねたいところでしたが、それも難しいので、美容師さんとわたしが相談の上、今回はブラウン系のカラーを選びました。
台所に施術にちょうどいい姿見があったので、そこを起点に床にピンクの布を敷き、カラー液が床についたり、カットした髪の毛が散らばったりしないよう対策もバッチリ。母は普段使っている家の椅子に座り、カラー液が衣服につかないようクロスを羽織ったのです。
このとき、パンツ型の紙おむつを使っている母の尿漏れが不安で、美容師さんが持ち込んだ椅子を汚してしまうかもしれないと思っていたのですが、家の椅子で安心しました。
カラーリングが終わったあとのシャンプーのときは、母を美容師さんが持ち込んだリクライニングの椅子に移動。美容室さながらにシャンプー台に母の頭を乗せられる環境に変化しました。
持ち込んだシャンプー台の下には、2つのタンクがセットされています。
1つは家で準備したお湯が入っていて、タンクのお湯をポンプでくみ上げてシャワーとして使う仕組みで、もう1つは髪を洗い流した水をためる排水用のタンクでした。
美容室と変わらない環境で、髪の毛を洗ってもらい「気持ちいい」と言って喜ぶ母。長時間トイレに行ってなかったので、母の尿漏れを心配しましたが、幸い問題なく施術は進み、最後にカットをして終了。
価格はカット、カラー、簡単な顔そりを2時間ほど行って、交通費込みで1万1000円(税込)。この料金は、実家近くの美容室を利用していたときの価格に交通費を加えたときよりも、若干安い価格でした。
美容師さんの言葉
81才になり、認知症も重度まで進行した母。わたしの中では、「もう白髪のままでいいのでは」という思いもありました。しかし、白髪という言葉を思い出せずに、「ここ、白い」と鏡を見て何度も同じ話をする母の姿に、身だしなみへの関心は失われていないことだけは分かりました。
美容師さんによると、年齢に関係なく、いくつになっても髪を染め続ける人はいるとのこと。
「母が身だしなみへの意識があるうちは、髪の毛を染め続けよう!」そんな気持ちにさせられる、美容師さんの言葉でした。
明るいブラウンの髪色になった母は、笑顔で満足している様子でした。
亡くなった認知症の祖母は、病院内で髪を切ってもらったときには男性のような短髪になっていましたが、それでも喜んでいたことを思い出しました。定期的なヘアケアは生きていくうえで欠かせない、大切なものなんだと思います。
今日もしれっと、しれっと。