9月は《認知症月間》認知症と共に生きる新時代の「3つの視点」と向き合い方を社会福祉士が提案
「認知症は怖い、なりたくないと思っているかたは多いかもしれませんが、視点を変えることで認知症の向き合い方が変わります」と、認知症介護の経験をもつ社会福祉士の渋澤和世さん。認知症月間である9月に考える、認知症との新たな向き合い方に必要な3つの視点とは?
この記事を執筆した専門家/渋澤和世さん
在宅介護エキスパート協会代表。会社員として働きながら親の介護を10年以上経験し、社会福祉士、精神保健福祉士、宅地建物取引士、ファイナンシャルプランナーなどの資格を取得。自治体の介護サービス相談員も務め、多くのメディアで執筆。著書『入院・介護・認知症…親が倒れたら、まず読む本』(プレジデント社)、監修『親と私の老後とお金完全読本』(宝島社)などがある。
9月は認知症月間「認知症に対する考え方を改めよう」
「もし自分が認知症になったら、何も分からなくなって周囲に迷惑をかけるだけなんじゃないか」
「親が認知症になったら、これまでの関係も、穏やかな生活もすべて崩れてしまうのではないか」
認知症に関して、そんな恐怖心や絶望感を抱いたことはないでしょうか。私自身、かつては「認知症になったら終わり…」のように感じていました。
しかし、こうした強い恐怖心は「認知症という病気の本当の姿を知らないこと」にありました。
認知症に対する社会の捉え方は今、転換期を迎えています。診断を受けたからといって、その瞬間にその人らしさや人生が失われるわけではありません。正しく知り、早期に手当てをし、関わり方を変えることで、認知症になっても「その人らしく穏やかに生き続ける」ことは十分に可能なのです。
9月の認知症月間、そして9月21日の「認知症の日」を機に、認知症に対する恐怖心を希望へと変える「新しい向き合い方」についてお話しさせてください。
認知症基本法がもたらす変化「保護」から「共生」へ
2024年に施行された「認知症基本法(正式名称:共生社会の実現を推進するための認知症基本法)」は、認知症の人を「保護・管理される対象」とする従来の認知症観を覆しました。この法律の核心は、「本人の意思決定と権利を最優先する」点にあります。
認知症になっても、記憶力に不自由さがあっても、意志や感情を持ち、工夫と周囲の理解で自分らしく生きられる。本人が「できること」に目を向ける意識の転換は、当事者や家族の不安を救う鍵となります。
現在、行政や企業も「管理する・される」の分断を捨て、認知症の人を、共に暮らすパートナーとして支える街づくりやサービス開発へと大きく動き出しています。
認知症に関する知識をアップデート
認知症に対して、医療や予防に関する正しく、新しい知識をアップデートしておくことが大切です。
「認知症は一度発症したら坂道を転がり落ちるように進行する」と思われがちですが、実際には、健全な状態と認知症の中間にあたる「MCI(軽度認知障害)」と呼ばれる段階が存在します。
MCIとは、本人や家族から見て物忘れなどの変化はあるものの、日常の基本的な生活は自立して送れている状態を指します。重要なのは、MCIと診断された人のうち、適切な対策や介入を行うことで、数年後に健常な状態へ回復したり、進行を長期にわたって食い止められたりする人が一定割合存在するという事実です。
「早期発見=選択肢と回復の可能性を増やすチャンス」へと意味合いが変わっています。
日常生活で予防を心がけよう
MCI期やその前段階において、特別な高額医療や難しいトレーニングが必要なわけではありません。日々の生活習慣を見直すことこそが、最強の予防アプローチになります。
たとえば、週に数回、30分程度のウオーキングを行うこと。さらに「歩きながらしりとりをする」「計算をする」といった、身体と頭を同時に使う「デュアルタスク(二重課題)」は、脳への良い刺激になるとされています。
高血圧、糖尿病、脂質異常症などの生活習慣病は、脳血管障害のリスクを高め、認知症の発症や進行を早めるといわれています。毎日の食事や定期健診などでの自己管理が、脳の健康を守る対策につながります。
また、近年の研究では、耳からの情報入力が減る「難聴」も認知症のリスク要因といわれるようになりました。聞こえづらさを感じたら放置せず、補聴器などを適切に活用したいものです。
このように「何か特別な予防法」を探すのではなく、日々の散歩を楽しんだり、健康的な食事を心がけたりすることが、未来の自分を守る確かな投資になるのです。
認知症のかたへの接し方「本人のできることを奪わない」
認知症の予防や共生を実践する上で、最も差がつくのが「家族や周囲の関わり方」です。良かれと思ってやってしまいがちな最大の罠、それが「先回りして手出しをしすぎること(過剰介護)」です。
私の知人が、母親に物忘れの症状が出始めた際、ご家族は親を想う一心から、こう対応しました。
「包丁で手を切ったら危険だから、料理は一切しないで」
「買い物の計算で間違えると困るから、お金は全部こっちで管理するね」
家族側からすれば、安全を守るための当然の配慮でした。しかし、こうした配慮の結果、母親は次第に表情を失い、日中ずっと布団の中で過ごすようになってしまったそうです。さらに、怒りっぽくなったり(行動症状)、急激に認知機能が低下したり、認知症が一気に進行してしまったのです。
母親は長年やってきた家事や役割を突然すべて奪われたことによって、それは「あなたにはもう価値がない」と告げられたのも同然でした。深い失意と自尊心の傷つきが、かえって症状を悪化させていたのです。
認知症ケアにおいて、「感情」は最後まで残ると言われています。記憶はあいまいになったとしても、「誰かの役に立った」「感謝された」「自分でできた」という誇りや喜びの感情はしっかりと胸に残るのです。関わり方のポイントは、「手出しや制限」ではなく「サポート」に徹することです。
料理をやめてもらうのではなく、「工程を小分けにする」こと。味付けや火の管理は一緒に行い、野菜の皮むきや洗う作業など、得意な工程を任せてみてはいかがでしょうか。
このような工夫により自分の存在価値を感じられ、誇りを持って過ごせている人は、認知症に伴う不安やイライラ、暴言・徘徊といった行動症状(BPSD)を起こしにくくなることがわかっています。
本人の自尊心を守る工夫こそが、結果として介護する家族自身の負担を劇的に減らすという、お互いにとって最高の予防策になるのです。
超高齢社会における「認知症に対する3つの視点」
認知症は、特別な誰かだけがかかる珍しい病気ではありません。超高齢社会を生きる私たちにとって、自分自身や大切な家族が当事者になることは、人生のごく自然なプロセスの一部と言えます。
正しく知る: 認知症基本法が目指す「共に生きる社会」の視点を持つ
早く気づく: MCI期のサインを見逃さず、生活習慣の見直しや早期相談を行う
やさしく繋がる: 完璧さを求めず、お互いの自尊心を尊重した関わり方を意識する
この3つの視点を持つだけで、認知症に対する景色はガラリと変わります。
9月という節目の月に、まずは身近な家族との会話や、自分自身の生活習慣を見つめ直すことから、新しい一歩を踏み出してみませんか。
